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19 雷撃

 

 咆哮はラウル達の周囲を壁の如く取り巻き、響いた。

 霧の中から影が躍り出る。大岩が転がり出たかのようだ。

 グイドが矢を放つ。呼吸を置かず四方へ五連続、五矢。

 一の矢が正面の人面獣の右目に突き立った。


 人面獣はよろめき――だがまだ動く。空気ごと押して突進し、前脚を振り下ろした。

 セレスティが踏み出し、ノウムを下方から振り上げる。ノウムの刃が右の前脚を断ち、肘から先を失った脚が地面を叩く。


 ノウムを肩口に構え更に踏み込んだセレスティは、人面獣へ横薙ぎを入れる直前で、左脚に弾かれた。

 金板の銅鎧が音を立てて凹む。

 人面獣が翼を震わせ飛ぶ。

 セレスティの目の前にあるのは後脚の爪と、蛇の尾。



 レイノルドの前には二頭、矢が胸と喉を貫いている。

 フルゴルを縦に構え、「光れ」

 告げて二頭へと突っ込んだ。フルゴルの光が背後に長い影を落とす。


 レイノルドは二頭の間に踏み込み、右の一頭へ剣を斜めに斬り下ろした。左足で地面を蹴って反転し、もう一頭を斬り上げる。フルゴルの刃が左肩口の肉を裂く。

 硬い感触は分厚い体毛と筋肉の鎧で覆われているからだとわかる。

 刃を受けながらレイノルドに据えられた二頭の顔――男と女、それぞれの顔が笑った。




光よ 矢となれ(フォス エ ヴェロス)


 短い詠唱に続き、ヴィルリーアが空中に描いた法陣円が五本の光の矢を次々と射出する。

 光の矢は白い軌跡を残しながら敵へと疾った。


 五体の人面獣をそれぞれ捉え、三間もの距離を後方へ弾く。


「やったぁ!」


 リズリーアが跳ねる。

 第一段階で習得する『光の矢』が生み出す矢は通常三本、だがヴィルリーアが生み出す矢は五本だ。


 声を弾ませたリズリーアは背中に触れた重みに、さっと腕を伸ばした。よろめいたヴィルリーアの身体を両腕で支える。


「ヴィリ、大丈夫?!」


 細い肩が抑えがちに、けれど大きく揺れている。

 連続で法術を行使して、疲労が溜まっている。


 それにもう、ヴィルリーアが使える法術は、おそらく今の光の矢を二回か、風切りを一回か。


「ヴィリ、休んで。今治癒を」


 はっと顔を上げる。

 たった今光の矢が撃った五頭を飲み込んだ霧の奥から、雷鳴に似た唸りと共に新たな個体がぬうっと現れる。三体。影はまだ続いている。


「っ」


 リズリーアは杖を立てた。

 自分に使える法術。

 治癒光球浄化障壁眠り寄せ――


「『障壁』を――」


 唱えかけた唇をきゅっと結ぶ。

 第一段階で覚える、初歩でありながら強固な結界術だが、物理攻撃を遮断できる一方、自らも同様でただそこに止まるしかない。

 その上持続時間は今のリズリーアでは半刻にも満たない。


「ダメ、意味がない――」




 腕の骨が折れるかと思うほどの衝撃があった。

 ヴァースの刃が振り下ろされた魔獣の爪を捉え、ラウルの頭上で止めている。

 鋭く長い鉤爪がすぐそこにある。


(鎌みたいだ)


 それが三つ。

 突っ張った腕が震える。

 少しでも力を抜けば、身体が四つに裂かれるだろう。


「っ」

『ご主人、前に三歩踏み込め』


 前に?


「む……」


 無理だ。

 力を抜いた瞬間、死ぬ。


『いいから。おれ様にまかせろ。踏み込んで剣を背中に流せ、今!』


 畳み掛ける声に押され、ラウルは蹌踉めきながらどうにか踏み込んだ。

 頭上で辛うじて均衡を保っていた剣が揺らぎ、落ちる鉤爪が自分の頭を割るのを覚悟する。


 だが、そうなる前にヴァースは独りでに動き、鉤爪を滑らせ斜め後ろへ流した。

 目の前に魔獣の腹部がある。


『左に回転!』


 引っ張られかつ半ば強引に、ラウルは身を捻った。

 鉤爪から外れた剣が、人面獣の腹へ流れ、裂く。

 苦鳴の籠った咆哮が耳を突く。


 闇雲に振り回される鉤爪をヴァースの剣身が流し、躱していく。掻い潜って斬り裂く。


(すごい)


 自分の身体ながら、もはや他人ごとのようだ。

 気付けば人面獣はラウルの前の地面に倒れていた。


(すごい、ヴァース)


 ヴァースがいればここを抜けられるかもしれない。


(セレスティか、レイノルドに、ヴァースを)


 もっと使い慣れた者が持てば


「セレスティ! レイ!」


 リズリーアの悲鳴に近い声に、ラウルは我に帰った。

 途端に足がもつれ、ごつごつした地面に転がる。


「いっ」


 とにかく飛び起き、剣を構え、辺りを見回す。

 数頭の人面獣の間に、セレスティとレイノルドが見えた。


 セレスティは蹲り、レイノルドは仰向けに倒れている。

 意識があるのかどうか。


「えっ、え――」


 血の気が急速に引いた。

 二人は。


「ラウル!」


 グイドの姿が見えた。

 安堵しかけ、再び血を凍らせる。

 グイドは弓を持っていない。手にしているのは短剣だ。


「グイドさん!」


 まさか、弓が折れて――


「ラウル、無事で」


 セレスティがどうにか立ち上がる。

 ノウムを左手に構え、右手はだらりと垂れていた。血が滴っている。


 倒れたままのレイノルドへ、人面獣が近づく。二頭。

 セレスティの前に二頭。その向こうに一頭。


 背後で石を踏む足音がする。おそらく二頭以上。


「――」


 レイノルドは倒れたまま動かない。人面獣の牙がレイノルドを裂こうと喉元に降りていく。

 その動きがわざとらしいほどにゆっくりに見えた。


「レイ――」


 杖が鳴る。

 ヴィルリーアだ。蹲りかけていた身体を起こし、指先で宙に法陣円を描いた。

 風が湧き起こる。

 『風切り』の、風の刃。


 無数に吹き出した刃がレイノルドの前の二頭を取り巻き、裂いた。

 致命傷にはならず、だが人面の獣は顔を歪ませ後退した。


「ヴィリ!」


 リズリーアが倒れかけたヴィルリーアを抱き止める。


「ヴィ……」


『雷よ――』


「えっ」


 驚いたのはリズリーアだ。抱えたヴィルリーアを見つめる。

 杖を立て、顔を上げて魔獣を睨んでいる蒼白な顔を。


 もう、限界のはずだ。これ以上。

 それにヴィルリーアは、それを習得していなかった――


雷よ(ラヴノス) 撃て(エ フリグマ)――』


 雷撃。


「うそ――」




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