襲撃(その2)
後頭部への強烈な痛みに呻き、支えるものもなく床へ倒れる。
床で動かなくなったラウルを見て、男の一人に掴みかかっていた子飛竜はもう一つ高く鳴き、まだ小さな顎を男達へと開いた。
そこへ、空気を呼び込んでいる。
ラウルを殴り倒した男が何かを投げる。夜の中で広がったそれは、四隅に重石を付けた捕獲用の網だ。
網は子飛竜の翼に絡まり、そのまま床へと絡め取り落とした。
力が入らず起き上がろうにも身体が動かないまま、ラウルは男達が網ごと子飛竜を掴み上げるのを目で追った。
「ま……」
掠れた声も、喉から出て行かない。後頭部がずきずきと鈍痛を訴えている。
「捕まえたぞ、行こう」
「こいつは」
「念の為に殺しとけ」
右手にいた男の靴先が、ラウルの目の前の床を踏む。
(殺される――)
身体が起こせない。頭を打ったからというより、純粋に怖い。
殺される。
どうにか剣を握った。思うように力の入らないその手が剣ごと震えている。
――唐突に。
ラウルの手の中で剣は硝子を掻くような、耳をつん裂く音を上げた。
高く、長く。
「何だ!?」
室内を圧してどこまでも続く。
家の外で、どん! と大きな音がした。
続いて金属が打ち合うような音。
がしゃん!
「誰かいるぞ!」
「くそ、いい、引き上げろ! 獲物は手に入れた! 急げ!」
足音がどかどかと床を踏み鳴らし、侵入した窓から外へ、移っていく。
剣が鳴らす音に追われるように窓の外の松明が遠ざかる。
下草を踏み荒らす足音が消え、束の間、室内は塗り潰したような夜の闇と静寂に満ちた。
いくつ呼吸をした後か――
静寂に梟の鳴き声が響き、ラウルはびくりと身を縮め、我に返った。
息を吸って、吐く。
指先に力を入れると、どうにか動いた。
椅子と食卓に捕まって身を起こし、まだ震えている右手を同じく震えている左手で掴む。
剣を見る。
視線が返った気がした。
『大丈夫かー? 奴等逃げてくれて良かったなぁ。心配したぞ、あんた全然剣をつかえないしさー』
のんびりとした声が、今起こったことが夢だったかのように思わせる。
けれど現実だ。
ラウルは立ち上がった。
「今すぐ追わなきゃ」
『ええ、何でよ』
「あの子を連れて行かれてしまった」
『あの竜かー? ありゃ仕方な』
「あの子に助けられた。このままじゃどっか良くない竜舎に売られて、酷使される。あの密猟者達だって捕まえないと」
盛大に呆れた声が返る。
『あんた、自分を解ってねぇなぁー! あんたにそれは無理だよ。あいつら三人だけじゃねぇぞー? もっといるだろ、一人でどうすんだよー』
ラウルはぐっと詰まった。
「でも」
何がでも、だと我ながら思うが。
「本当は、俺の方が助けてあげなきゃいけなかったのに」
やや呆れた、けれどどこか温かい溜息の気配。
剣なのに。
「今、追えば、せめて行き先だけでも分かる。それを村に知らせて、ロッソの警備兵を呼ぶ」
ラウルの名前では警備兵を出さないかもしれない。
けれど竜舎が呼べば必ず出すだろう。
それか、徒歩で三日は距離が離れてはいるが、エル・ノーの駐屯兵か。
剣はもう一度、人とまるで変わらない溜め息を吐いた。人の姿だったら肩でも竦めているのだろう。
『どうやって追うつもりだよー。言っとくけどおれは奴らの行き先まではわからないぞー』
一緒に行ってくれるつもりかと、ラウルはちょっと笑った。
心強い。
「森の樹とかに聞きながら行く。得意技だ」
彼等の声を聞く。
時間が経つ前なら、迷わず追える。
『まあ、その特技のおかげでおれが喋れるんだけどさ、鍛治師なんだからちょっとくらい剣使えるようにしとけよー』
「ずいぶん前に習ったは習ったんだけど、急には、ちょっと……だいたい鍛治師が剣を使えるとも限らないし」
そもそも自分は鍛治師とも主張できない気がする。
『今度から勝手に動いていいかー?』
「え? う、うん」
勝手に……?
いやまあ考えてみれば、ラウルの意志があっても変わらないというか、かえって足手まといというか。
けれど。
ラウルはゆっくりと、改めて、息を吐いた。
「ありがとう、助けてくれて。君がいてくれて良かった」
そう言うと、剣は不思議なことを言った。
『おれだけじゃないぞ。あいつらもだよ』
「あいつら――?」
母家から一間(約3m)ほど離れた場所に建つ鍛治小屋に入り、ラウルは驚いた。
手に掲げた角灯の投げる灯の中、壁に飾っていた八振りの剣が全て、土の地面に重なり合って倒れている。
先程密猟者達を驚かせた音はこれかと、ラウルは何度も目を瞬かせた。
一番初めのどすんという音は、立て掛けていた大剣が倒れたものだろう。
次に響いた派手な音は他の剣達が重なり合って落ちた音。
眩しいのは重なり合う剣の二番目くらいで光っている剣で、あれは打ち上げた瞬間からぎらぎら光り始めたやつだ。
『あ、まずはリトを早く戻してやれよー』
「リト?」
『名前だよ』
「なま、え……?」
戸惑うラウルに構わず、剣の切先が勝手に動き、重なり合う剣の一番上の一振りを示した。
ラウルが打った中でも一番優美な剣身をしている。
鉱石を掘り出した時から誰よりも美しく打ってくれと訴え続けていた。
『リトスリトス。あいつめっちゃ綺麗好きで自分一番で誰より大切に扱われないと怒って手がつけられないらしいぞ』
「――そうなんだ……」
『おれがリトって雑に呼んだから今怒ってる』
「ええ……」
ラウルは首を振った。
ちょっと言っていることがすぐには飲み込み難いが、とにかく今は先ほどの男達を追いかけるのが先決だ。
地面に倒れた剣を手早く壁に戻し――リトスリトスは思わず恭しく扱った――、最後にやや苦労して大剣を立てかける。
それからもう一度、壁の剣達を眺めた。
男達に対抗するには。
よし、と気合を入れて頷き、大剣に手を伸ばす。
「じゃあ、この剣を持っていって」
『馬鹿なの?』
「ひどい」
切れ味鋭い。
『おれを満足に使えないあんたにこいつが振れる訳ないだろー』
「うう」
『今回はおれと、そうだなー』
喋る剣はつつ、とまた切先を動かした。
ギラギラと光りを放っている剣を示す。
素材の時に"誰よりも輝きたい"と主張した剣だ。
『フルゴルだ』
名前だな、とすぐ分かった。
煌めくとかそういう意味だ。
『こいつを連れて行こう。森は暗いから』
「あ、うん」
分かる。