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13 きりふり山の山中で(その2)

 


「――でかい」


 レイノルドが唸る。


 姿を現した蜘蛛は、脚を含めれば全長八尺(240㎝)はあった。

 まるまると膨らんだ腹は茶と黒と赤のまだら。刃のように鋭い顎と、その上に連なる八つの赤い目。


 ざわり。

 ざわり。

 ざわり。


 糸が揺れ、振動し、その都度光る赤い目が増す。

 はじめの数匹は数えられたが、蜘蛛の数はあっという間に十を超えた。


「――こ、これは、ちょっと」


 気配を感じて振り仰げば、左右の岩の上に黒々とした影が落ちている。

 背後の岩の上も。

 空にも。


「すっかり、囲まれてしまいました」


 セレスティがノウムを手に囁く。

 その言葉どおり、ラウル達はほんの僅かな時間で大蜘蛛の群れにぐるりと囲まれていた。


「双子を中に守れ」


 グイドの声にラウルは二人の右に立った。前にセレスティ、左にレイノルド、後ろにグイド。自然と定着した陣形だ。

 セレスティがノウムを斜め下に構える。


 正面中央の一匹が、体をゆすった。

 振動が張り巡らされた糸を伝っていく。

 ビィィィ……ン


 糸が揺れる。揺れる。


 ビィィィン


 揺れる。


 ビィィン


 ひときわ――


(まずい)


 大きく。


 ビィン


 次の瞬間――


 無数の蜘蛛は、一斉に糸を吐いた。

 真っ白に、蜘蛛の群れを覆い隠すほどの厚い糸の層。頭上から膜を広げたように降り注いでくる。


 セレスティが剣を振り上げかけ、その刃を細い手が止めた。

 ゲネロースウルムだ。


「危な――素手で――」


 途端に蒼白になったセレスティに頓着せず、ノウムを後ろ手で押しやり、ゲネロースウルムが前へ出る。

 岩に狭められた頭上から降り注ぐ糸へ、シュディアールの一閃が走った。

 切先が弧を描き、細い道を斜めに走る。


 糸を絶たれ、蜘蛛の重い躯が岩壁を滑り落ちた。


「ぎゃー!!」


 リズリーアが悲鳴を上げた。

 どすんと、ゲネロースウルムはシュディアールを身体の正面に盾のごとく立てた。正面から近づく蜘蛛の動きが止まる。


「ここで試すといい」


 女の赤い唇が微笑みながら言葉を綴る。

 誰に言ったのか、ラウルは無意識に後ろを見た。

 同時に視界を矢が疾る。


 糸を失った蜘蛛の群れへ、グイドが放った三本の矢が、空を切り裂き、貫き、突き立った。合わせて六匹。


「いいね――」


 女が微笑む。

 ラウルはグイドが不満げに眉を顰めたのを見た。


(グイドさん――?)


 グイドは第二射をつがえている。三本。右手の小指にもう一本を挟んでいる。

 次に放たれた矢はこれまで通り正確な射線で、三匹の蜘蛛に突き立った。

 そのまま貫く。

 後方にいた一匹、その奥の一匹、更にもう二匹。


 ラウルをはじめ全員が、矢の行方を目で追う。

 合計六本の矢はそれぞれ四、五匹を貫くと、勢いを殺さないまま、方向を変えた。急上昇し、鋭利な放物線を描いて、グイドの足元の岩場に突き立つ。


 既にグイドは七本目を放ち、足元に戻っていた三本の矢を躊躇なく抜くと、流れるような動作で放った。


 二度、それを繰り返した時には、岩場の上の蜘蛛はほとんどが倒れ伏し、僅かに残った数匹は姿を消していた。

 時間にしてほんの数呼吸ほどでしかない。


 あれだけいた蜘蛛が、ラウル達の至近に一匹も近付くことなく。


「何という――」


 剣を振るう間もなかったセレスティが、抜くだけ抜いていたノウムを鞘に戻し、青い目を見張った。


「たった七本の矢で、三十近い相手を、全て」


 矢が放たれ戻り、そして放たれる。

 一瞬の停滞もない動きだった。


「素晴らしい威力です。それだけではなく、能力、というべきでしょうか」

「――確かにな」


 グイドは弓を握っていた左手を、何度か握り、開いた。


「グイド殿の技術と、その矢。貴殿の名声がますます」


 そこまで言って首を傾げる。


「どうかされましたか。問題が」

「グイドさん」


 グイドが眉を顰めたのを見ていたラウルもグイドへ近寄る。


「もしかして、弓が、矢についていかないのでは」

「さすがに鍛治師の視点だ。見た通り矢に弓が負けてる。イチイ主体のを持ってくりゃ良かったな」

「幾つかあるんですか」


 ラウルに頷く。


「もうちょい強度と弾力が上がる。今回は森で取り回しがききやすいのを持って来たんだが。いくら矢が戻っても、早い段階でこっちがイカれるかもしれねぇ」


 なかなか深刻な問題だ。

 無限に射ることができる矢を手にしても、それを打ち出す弓が壊れてしまっては。


「グイド殿の弓は我々の生命線ですからね……」


 口元に手を当て唸るセレスティの背中から、ヴィルリーアが顔を覗かせる。


「あ、あの……」


 両手に杖を握りしめ、おずおずとグイドを見た。


「僕、『鋼鉄』を習得してます」

「鋼鉄?」


 ラウルがヴィルリーアへ首を傾けると、ヴィルリーアは頬を赤くして、首をすくめた。


「あの、ええと、鋼鉄というのは、その……」

「強化だよ。ね、ヴィリ」


 リズリーアがヴィルリーアに並んで代わりに胸を張る。頭巾を目深に被り、周囲に転がっている蜘蛛の死骸は目に入れまいと首を不自然に逸らしている。


「ヴィリは武器とか鎧の強化ができるの。使えるってすごいんだよ。褒めて褒めて」

「すごいな、ヴィリは」


 そう言うとリズリーアの方が嬉しそうな顔をした。


「でしょでしょ」

「素晴らしい。この剣がますます切れ味を増すと言うことですか。ぜひその術をノウムに」


 セレスティが瞳を輝かせ、レイノルドはやや言いにくそうに


「武具が心許なかった」


 と言った。

 そりゃあ後から来た君は軽装だもんね。何が目的かちゃんと把握しないでくるから。


「若いのに、ラウルよりもずっと役に立つな」


 一言多いんだよ君は。


『ご主人の能力は偏ってるからー』


 君も一言多いよ。


「ぴい!」


 あ、オルビーィス起きた。


「ぴぃぴぃ!」


 ありがとう、オルビーィス。元気でる。





 ヴィルリーアによると武器強化の法術は、掛けてから半刻しか保たないらしい。

 加えて一回の詠唱につき、対象になるのは一つの武器か鎧だけ。

 今のヴィルリーアでは、一日に最大五回しか使えない。五回は他の法術を使わなかった場合の回数だ。


「鋼鉄もいい術だが、お前さん達のどちらか、風は扱えないのかい?」


 ゲネロースウルムはリズリーアとヴィルリーアへ、首を傾けた。銀髪が今は陽光を含んで輝き、一層その姿を人とは違うものに見せている。


「風切り! ヴィリが使えるよ」


 リズリーアが得意そうに胸を張る。

 ゲネロースウルムが双眸を細めた。


「それもいいが私のお勧めは、颶風ぐふうほどの風さ。一帯全てを吹き払う」

「そ、それは、上位の術式です……僕には、まだまだ、ぜんぜん」

「これをあげるよ」


 ラウルはまたゲネロースウルムが何もないところから何かを取り出すのかと思ったが、取り出したのは長い袖の中からだった。


(え、いや、あそこも物が入るところじゃないのでは?)


 細い巻物だ。

 差し出されたそれをヴィルリーアはおずおずと受け取った。


「あの」

「颶風、或いは山嵐。好きに名付ければいいが、お前さんが使っておくれ」

「あ、ありがとうございます。きっと、もっと、この旅で経験を積んで――」

「なに、すぐに使えるさ」


 そう言い、ゲネロースウルムは「え、えっ」と狼狽えているヴィルリーアに、にこりと微笑んだ。




 ラウル達は狭い岩場をくねりながら進み、ようやくそこを抜けた。







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