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12 霧は晴れ(その2)

 


 変化は唐突だった。


 野営地を発って半刻ほど登り続けただろうか。

 強い風が吹いた。

 先頭を歩くセレスティが「おお」と声を上げる。


 冷たい風だと、そう思った次の一歩目で、ラウルは目の前の景色が急速に変わって行くのを見た。


「霧が、晴れる――」


 陽光を含みつつも白く視界を遮っていた霧が、風に吹き散らされ急速に薄れて行く。

 この二日間、ラウル達を取り巻いていた霧が。

 永遠に晴れることはないのでは無いかと思っていた、霧が――


 風が肌に冷たい。霧の中は暖かかったのだと、そう思った。

 霧に慣れ親しんでいた目に陽光が眩しい。キラキラと陽光に舞っているのは、何だろう。


 それまで周囲を濃く取り囲んでいた樹々は、背後の霧に飲み込まれるように後退した。

 左右、そして視線の先は山肌が剥き出しになり、大小様々な岩だけが転がり連なっている。


 世界が一変したような。


「ここからが、中腹――」


 麓に広がるくらがり森から、およそ七百間(約2100m)辺りで霧を抜けるだろうとグイドは言っていた。

 ゆっくりとではあるが確実に、この高所まで登ってきたのだ。


 ラウルの肩にいたオルビーィスがすうっと空へ、吸い込まれるように上がる。


「オルー……!」


 一瞬、そのまま青い空に溶けていきそうに思え、ラウルは手を伸ばした。


 すぐにオルビーィスはくるりと旋回し、ラウルの伸ばした腕に戻った。

 その重み。


 オルビーィスが肩に乗り、首を自分の背に巡らせてかりかり齧っている。


「痒いの? 掻いてあげよう」


 背中を掻いてやるとオルビーィスは気持ちよさそうだ。


 リズリーアがオルビーィスの動きを追った瞳を空に残し、水色のそれを見開いた。


「ねえ、雪が空に舞ってる。降ってないのに」

風花かざばなだな。積もった雪が風で吹き散らされてるんだ」


 リズリーアはキラキラと光を舞わせている空から、横を抜けて歩くグイドへと顔を移した。


「風花――」


 また瞳を空へ戻す。


「すごくキレイ。ねえヴィリ」

「うん――」


 見張った空色の瞳を見て、グイドは軽く笑った。


「ここらは雪が溶けてるが、もう少し登りゃあ足元は雪で覆われてる。山頂近くは凍ってるだろうな」


 遥かな山頂を背に振り返る。


「さて、ここらで七百間(約2,100m)だ、ラウル」

「七百間――」


 ラウルは自分の目を輝いているのを感じた。

 七百間。

 歩いてなら半刻しかかからない距離だが、ここまで来るのが長かった。


「みんな――中腹まできた――霧を抜けたんだ」


 色んなことがあったが、抜けてきた――

 その実感が


「あと半分?」


 リズリーアがちょっと情け無い声を上げ、ラウルは現実に引き戻され小さく呻いた。


「そ、そうだった……標高千四百間だっけ……」


 山頂、ヴィルリーア曰く千三百七十三間(約4,120m)の、いまだ半ば過ぎでしかないのだ。

 竜――きりふり山のぬしが住んでいると言われるのは山頂だ。

 今は空が青く澄んで晴れ、目指すその山頂を目視でもくっきりと見ることができた。


 ごつごつとした岩肌の斜面は、あと三百間(約900m)ほどは比較的緩やかで、その先は斧で薪を割ったかのように鋭く切り立って見える。


「うわあ。登れるかな……」

「行くしかないよねっ」


 リズリーアが右手の杖をしゃらんと鳴らす。

 細い首筋に風に煽られた黒髪が舞う。左手はしっかり、ヴィルリーアの右手を握っている。

 ヴィルリーアもこくりと頷いた。


「行こう、リズちゃん」


 ラウルは二人を眩しく眺め、それから一度、今抜けてきた背後へ視線を移した。

 背後には誘うように霧が広がっている。その濃厚な乳白色。

 戻れば飲み込まれて溶けてしまいそうに思えた。


 肩によじ登ったオルビーィスの頬を指の背で撫でる。白い鱗は硬質でひんやりしている。


 そう言えば、とラウルはオルビーィスを見つめた。

 きりよせ川に卵のままで浮かんでいたということは、オルビーィスはこの斜面を山頂の巣から卵で転がり落ちてきたのだろう。


(きっとすごい勢いで転がったから、目が回っただろうなぁ)


 オルビーィスは首の辺りをカリカリ掻いていて、のんびりした様が微笑ましい。


「――」


 いや。

 こんな斜面をずっと転がり落ちたらいくら何でも殻が途中で砕けると思う。えらく硬かったとは言えラウルののみでラウルの力で割ることができたくらいだ。


(何かに卵ごと攫われて、運ばれたのかも)


 そう思うと、必ず、オルビーィスを返そうと想いを新たにする。


「行きましょう。きっと今日で、山頂に届きます」








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