表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
65/105

12 霧は晴れ(その1)

 



 リズリーアとヴィルリーアの悲鳴二重奏で、きりふり山での三日目は始まった。


 あの魔猿の首でもう一つギョッとしたのは、オルビーィスが嬉々として首にかじりつこうとしたことだ。

 思わず止めてしまったが――


(本来オルビーィスの食性ってあそこらへんも含むんだろうし、止めなくても良かったかな。お腹空くもんね、食い尽くし系だもんね。食べたかったなら食べさせて――いやいや、お腹を壊しちゃうかもしれない)


 オルビーィスには昨日途中で獲った兎で我慢してもらったが、大猿の首に未練があったのかきょろきょろし、その後は脚でやたらあちこちを掻いていた。



 朝食を済ませた一行は霧が流れる道を、少しずつ登っていく。


「ああいうのホント、いいから! 持ってこなくていいから!」

「そうかい? 私が仕事したことが分かりやすいと思ったんけどねぇ」

「分かりやすいとかいいから!」


 リズリーアが懸命に抗議している。

 ラウルも心から同意していた。


(やめてほしい)


 心臓に悪いから。


「ははは」


 先頭を歩くセレスティが朗らかに笑う。

 顔が良いので爽やかさが二割り増しだ、が。


「そう言えば私の生家で飼っていた猫が、よく鼠や小鳥を取っていました。朝、起こされると枕元に置かれているんですよ。褒めろと、こう言うんですね。懐かしい」

「鼠じゃないし! そもそも猫は可愛いし!」

「私は可愛くないかい?」

「ゲネ姉様は可愛いとかじゃ――」


 リズリーアはふと口を閉ざして眉を寄せ、女をそっと見上げた。


「――えっともしかして、褒めて欲しいとか……?」

「リ、リズちゃん」

「おや、褒めてくれるのかい? それは嬉しいねぇ」


 微笑みは一瞬、無邪気さを滲ませた。


「もう二、三匹、持ってくれば良かったかね」

「ぎゃっ、不要だし!」


 リズリーアは黒髪を力一杯振った。


「魔獣を退治してくれたのは嬉しいけどっ、ほんとにほんとにほんとに、持ってこなくていいからっ!」

「ところで」


 改まり、セレスティはリズリーアに微笑んで、女に並んだ。

 ラウルはセレスティの動きを目で追った。


(あー)


「ゲネロースウルム殿、一つ、お尋ねしてもよろしいでしょうか」

「構わないよ。私に答えられることならねぇ」

「はい。そのお手元の」


 と、セレスティは女が手にしている大剣を指差した。


(やっぱりー)


「貴方がラウルの工房の中から、その剣を選んだ理由を、お聞きしたいのです」

「ああ、この剣かい?」


 ひょい、と危うげもなく、大剣をセレスティとの間に持ち上げる。


 なお歩いている時は左手に、杖でも下げるように提げている。切先を後ろへ向ければ後続のラウル達が危険なので、刃は前に。

 前に重心があると持ちにくいと思うのだが、気にしていなさそうだ。そもそもシュディアールの重量も。


「他の剣も悪くはないんだが、私には頼りなさ過ぎてね」


 と笑って言う。


「その点これはいい塩梅だ」


(いいんだー)


 新鮮な評価だ。

 自分の仕事を認めらるのはどこかくすぐったい。


(あれでいいんだー)


「撫で斬るにはもう少し重量が欲しいところだが」


(ええー)


 もっと重くていいんだー


「ラウル。頭を人の基準に戻しとけ」


 グイドが後ろからボソリと突っ込む。


(はっ)


 セレスティは頷いた。


「他の剣達も素晴らしい出来ですよ。このノウムも切れ味が他に類を見ません。しかし貴女がシュディアールを選ばれたお気持ち、よくわかります」


 熱く語り始めた。


「大剣を自在に振るうことは剣を扱う者として、一度ならずと憧れを抱くものです」


 そうなんだー


「大剣が空を切り裂き敵を撫で斬る様は、想像するだに心が踊ります。昨日の貴方の所作はまさに常日頃私が憧れていた姿でした。私もシュディアールを扱いたいと手にしましたが、まだ私には扱いきれず、己の未熟さをつくづく思い知らされた次第です」


 未熟云々の問題だろうかー


「恥ずかしながら持ち上げることさえ叶わず……しかしいずれは! 私も心身を鍛え上げ、自らの力でシュディアールを扱ってみせるつもりです」


 まだ諦めてなかったのですかー

 ていうか貴方の目的は王の御前試合でしょー


「そうか。ではお前に私の腕をやろうかね?」


 なるほど腕をー


 ……



 ――何て?


 女はにこりと笑った。



 腕を……

 ――――っこっ


 こッッわ!

 えっ、腕ってもしかしてこの人切ってもまた生えてくる派とかなの? 生えてくる派というより生えてくる属?

 ――いやこっわ!!!


「だめだめ、何かだめ!」


 リズリーアがセレスティの腕を引く。


「腕なんかもらっちゃだめだからね! セレスティ! 絶対ダメだから!」

「そうかい? セレスティの意志次第だがねぇ」

「ダメなの!」


 セレスティを庇うように前に出て、精一杯両腕を広げる。

 そのリズリーアの前に出たのはヴィルリーアだ。両腕を広げた。


「ヴィリ」


 オルビーィスが二人の真似をして、ラウルの顔の前で翼を広げる。「あ、ちょっと見えないからね、オルー」と、ラウルはオルビーィスの翼の下に手を入れ、前に抱えた。


(あれ、なんか、感触)


 ごわっとした。


「あ、あの、お気持ちは……でも、ぼ、僕も、そういうのは、ちょっと、良くないって、思……」


 ヴィルリーアは大きな水色の瞳に涙を滲ませながらも、懸命に頭ひとつ高い位置にある女の顔を見上げている。


「そうかい」


 気を悪くした様子もなく、三度そう言い

「じゃあ次はしないよ」


 ゲネロースウルムは艶やかな笑みを零した。


「怖ぇ」


 ラウルの後ろでグイドが呟いた。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ