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11 6と1と3とプラス1と1(その1)

 

「ところでねぇ」


 何故か女は立ち去らず、ラウル達の間にさも始めからこの一行にいたかのように立っている。

 グイドが鋭い目でジロリと睨んだが、気にする様子はない。


「この先、助け手が必要だよねぇ? 違うかい?」


 微笑みは柔らかく、圧がある。


「え――いや、まあ、それはそうですが」


 この蛇怪一つ取っても、ラウル達には命懸けの戦いになった。

 きりふり山が危険な場所だと理解していたつもりだったが、これほど恐ろしい魔物がいるとは思っていはいなかった。


 霧も抜けていない中腹でこれだ。山頂を目指して登っていけば、この先にどんな恐ろしい魔物が待ち構えていることか、想像もつかない。


「おい、ラウル。こんな怪しい奴の話を聞くのか」


 レイノルドが声を尖らせる。


「いきなり現れて、怪しすぎるだろう」


 いきなり現れたのは君もだけどね、と、ラウルは思ったが口に出すのはやめておいた。


「私も一緒に行きたいんだけどねぇ」

「却下だな」


 グイドがにべもなく言い切る。


「えー、この人強そうだし、綺麗だし、あたしは嬉しいけど」


 リズリーアの言葉に女はたおやかな身体を揺らし、両手を合わせた。


「嬉しい言葉だ、可愛いお嬢さん。何、あの蛇怪程度、幾らでも喰らってあげるよ。腹ごなしにもならないけどねぇ」


 あれ、これはどこまで比喩だろうな? と、ラウルは思ったが口に出すのはやめておいた。


「ラウル」


 グイドは女をまるきり無視してラウルへと向き直った。


「改めて言っておくことがある。矢が無いのは問題だ」

「――はい」


 蛇怪を追うことまでは、グイドも賛成してくれた。

 けれどこの先を考えれば、状況は更に困難さを増すのは確実だ。

 グイドは蛇怪を追っている時に、蛇怪が霧の中から出ないように動いていると指摘した。

 上へ――山頂の方へは向かわず。


 だから霧から出た、もっと高い場所には、蛇怪すら恐れる何かがいるのだろうと。


(それが、オルビーィスの親なら)


 それならばいいが。


(いや――いいか?)


 オルビーィスの親だとしても、ラウル達を暖かく迎えてくれるとは限らない。


(でも、それは最初からだし)


 けれど、ヴィルリーアが蛇怪に攫われて、その脅威を身をもって知った。

 ラウルの考えは甘かった。

 現実、実情を目の当たりにした中で――、最も頼るグイドの矢がない。


「矢が無ければお前達の護衛はできない。急所を狙って仕留められるならともかく、今回のアレじゃ自信をなくすぜ」


 グイドは頬の傷を歪め、肩をすくめた。


「残る有効な手段は毒くらいだが、混戦になると使いたくねぇし、そもそも矢が無いとな。さすがに()()()()では、引き返すべきと思うが」


 グイドもそう言って、ラウルと、そして他の顔ぶれに投げかけるように視線を向けた。


「――グイド殿の言うとおりですね」


 セレスティの言葉を、女の笑み含みの声が遮った。


「おや、これはお前の矢だろう?」

「――えっ」


 まさか、矢を拾ってくれたとか――

 と、ちょっと抜けたことを考えたラウルは、女の様子に目を瞬かせた。


 女は片手を伸ばして手のひらを下に向け、そこにある見えないものをなぞるように、左から右へと水平に動かした。


 ばらり、と。


 数本の矢が地面へ落ちた。

 場が静まる。


 ラウルはぽかんと口を開けた。


「――え。矢?」


 落ちた矢は七本。

 何もない空間からこぼれたようにしか見えなかった。


「うそ。何で何で? 空間転位??」

「そ、創造、えと、物質創造とか……」

「そんなことできるのか。法術士か?」

「グイド殿、これは」


 グイドは黙って片膝をつき矢を一本一本調べていたが、そう長い間では無く、一本を手に取ると女へと突き出した。


「いいや。俺の矢じゃない」


 微笑みが返る。


「お前のだよ」

「確かに見た目は俺の矢と瓜二つだが、そもそもあんな風に空中から落ちてくるはずがない。怪し過ぎだ」


 女はどこ吹く風で、さらりと笑った。


「お前が一番に手に取った。もうお前のものだ」


 グイドが一歩、足を退く。


「クソヤバいこと言うな。恐ぇ」


 笑ってやがるのも恐ぇ、と続ける。


「いらん」


 女は美しい瞳で、じいっとグイドを見つめた。


「壊れず、曲がらず、矢尻も欠けない」

「そんな矢普通にねぇだろ。ますます俺のと違うな」


 この話は終わりだと、グイドは背を向け女の前を離れかけた。


「ラウル。とにかく今回、これ以上は進めないと、判断すべき――」

「戻ってくる」

「あ?」


 視線だけが女へ戻る。

 険の強いその目にも、女は握手でも求められたかのようににこやかだ。


「戻ってくるよ、その矢は」


 と言った。


「――」


 射れば矢は当然、失われていく。

 かといって百本もの矢を担いで歩くわけにもいかない。

 それが狩人にとって、一番の悩みどころだっただろう。

 現時点でも。


「――」


 グイドは地面に放置したままの矢へ、視線を落とした。


「必ずお前の元に、お前が欲する限り戻る」

「――」


 くるりと向きを変え、グイドは矢の前に片膝を落とすと、七本まとめて丁寧に揃え立ち上がった。


「無駄にしちゃ悪い、有難く頂こう」

「えぇ」


 ラウルは思わず間の抜けた声を洩らした。




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