9 その光る(その4)
「それっ、肩、は、外れてませんか!?」
「今入れます」
えっ、爽やかに微笑んで言うことですか? えっ?
逆に顎が外れそうなラウルを他所に、セレスティは木の幹に外れた側の腕を当て、何やら怖い気合を入れた。
「ふんっ」
ごり。
(ヒいいいいいい!!)
「おっハマったか? 痛み止めでも飲んどけ」
「ありがとうございます」
「ちょっ、セレスティ、来て! こっち! ちゃんと直すから!」
「大丈夫ですよ。リズはヴィリを癒してあげてください」
「ぼ、僕は、もう、大丈夫です……」
レイノルドだけ何も言わないな、俺と同じで驚いているんだな、と見れば、レイノルドは腕を組んで感心しきりにセレスティを見ている。
「――俺、やっぱり心がよわいな……かよわいな……」
『――』
あれ? ヴァース、ちょっと突っ込んで?
「ぴい!」
オルビーィスが長い首をラウルの頬にすり寄せる。
どうやら懸命に同意してくれているようだ。
――守る! らうる!
うう。
本来守るのは自分の役割なのにこんなに幼い子に、とラウルは反省し、それからオルビーィスの首を撫でた。
「オルビーィス、ありがとうね。君がヴィリを守ってくれたんだね」
蛇怪の首の傷跡は、幾つも並ぶ牙が刻んだものだった。
まだ小さな。
「ぴ」
「君は怪我はない?」
翼の下に手を入れて持ち上げ、一周ぐるりと回して確認する。
感覚が気に入ったのか、オルビーィスは尾をぱたぱた振った。
どこも負傷などは無いようだ。
『息まで吐けるとか、オルーは成長が早いんじゃねーかー? すごいなー』
「ぴい!」
得意そうな様子が愛らしい。
安堵と愛おしさを覚えると、緊張がほぐれたのかようやく脚に力が戻ってきた。ラウルはよいせと立ち上がった。
途中レイノルドが腕を掴み、引き上げてくれる。
「レイも、ありがとう」
「お前に礼を言われてもな」
相変わらずとげとげしてるなぁ。
昔は可愛かったのになぁ。
あ、俺、レイに謝らなきゃいけない。決闘のことを――
「この剣返す」
レイノルドが差し出したのはフルゴルだ。
「ラウル、さっき剣が光ったが」
「うん。フルゴルだしね」
「そうじゃなく、お前の打った剣、三本ともだ。その喋るやつとこの剣と、セレスティ殿が持っている」
「へえ、そうだった?」
「へえ? そうだった?」
レイノルドの声が一段低く繰り返し、眉根に皺が寄った。
ラウルは一歩、後退りした。
「お前は、注意力が足りない」
「うう」
良くわからないが、怒られている。
ラウルが一歩退がった分、レイノルドが一歩の距離を縮める。
「いいか。お前の剣がそれぞれ同時に光った。それまで俺とセレスティ殿の剣はあの硬い鱗にほぼ弾かれていたが、剣が光った後、尾を断つことができた」
「そういえば……」
「切れ味が上がったんだ」
「そういうこともあるんだね。なるほど」
やや前傾姿勢になっていたレイノルドは、目をすがめ、身体を起こした。
「……のんびり過ぎないか」
「うん。まあ。俺も剣達のこと、正直良くわかってないしね。ヴァース、君わかる?」
『知らねー。おれ様はもともと切れ味抜群の至高の剣だからなー実力だしー』
「――話にならん」
レイノルドは盛大に――それはもう盛大に呆れ、遠慮会釈のない溜息を吐き出した。
「帰ったら原因を究明しろ。放置するな。いいな」
くるりと背を向け、もう一振りの自らの剣を布で拭って鞘にしまう。
「わかったよ。ありがとう、レイ」
心から言ったのにじろりと睨まれた。
謝る機会を逸してしまった。
(――帰ったら、話そう)
「ラウル、レイノルド」
セレスティが呼んでいる。リズリーアの法術が傷を癒したのか、打撲や擦過傷、脱臼の影響も無いようだ。
「次、レイとラウル。こっち来て」とリズリーアが手招きしている。
ラウルは素直にリズリーアの前に立った。
法術の治癒の光が暖かく身体を包む。お湯に浸かっているような心地よさだと、そう思った。続けてレイノルドも光に包まれる。ぽかんと驚いた顔、そのままわずかに緩んだのが面白い。
「リズリーアのおかげで傷は充分癒えました」
セレスティはラウルへ、それから一行へ顔を巡らせた。
「奴を追いかけましょう。あれだけ負傷すれば逃げた先で絶命しているかもしれませんが、それならばそれで確認しなくては。生きていたらまた襲ってくることも大いにあり得る。それに、これから先他の被害を抑えるためにも今、止めを刺すべきです」
流れた沈黙は、それぞれセレスティの提案を検討するものだ。
ほんの少し前の戦いは、勝ちはしたが、もう一度相対したいかと問われれば、『嫌だ』と言いたい。即答したい。
「――でも」
ラウルは瞳を上げた。
霧でわかりにくいが、太陽はまだ天頂の、やや西にある。日が暮れるまで、充分に時間があった。
「――そうですね。俺も、今倒しておくべきだと思います」
恐ろしかったからこそだ。
ヴィルリーアが攫われて、リズリーアがどれほど心の潰れる想いをしたか。
ヴィルリーアがどれほどの恐怖を味わったか。
細い手が上がる。
「賛成」
リズリーアだ。
「ヴィリみたいに、他の人が攫われて――」
リズリーアは一度言葉を探した。「――そんなの、あってほしくないし」
「ぼ、僕は――僕は、怖かったです。すごく」
肩を振るわせるヴィルリーアをリズリーアが抱き締める。ヴィルリーアは微笑み、柔らかな面をしっかりと上げた。
「他の人に、あんな想い、してほしくないです。僕も」
レイノルドも頷く。
「俺もセレスティ殿に賛成する」
今、セレスティを強調したね。俺も提案したんだけどね。そりゃ腰引け気味だったけどね。
あとは――
ラウルはグイドを見た。彼の判断が肝心だ。
思い返せばグイドの矢が、どれほど的確に蛇怪を捉えたか。
あの技を以てしてもまだ倒し切れなかったことに脅威と感嘆を覚える。
やはりここで、倒しておかなくてはならないと、その思いが強くなる。
「それはそう思うが――」
グイドは肩に背負っている矢筒を振ってみせた。
「悪いがもう矢が無い」
束の間の沈黙の後、グイド以外の全員が驚きのあまり一斉にのけ反った。
「え!?」
「うそ!」
「何と――」