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9 その光る(その3)

 


 目に浮かんだのはオルビーィスの白く輝く姿だ。


(オルー……)


 ここに来たのはオルビーィスを帰す為だった。

 結局また、約束を果たせない――



『決闘を――明日、朝六刻に』

『ヴァルビリーの枯れ園で』


 ごめん。

 ほんとごめん。

 レイノルドとの決闘を、受け入れたくなかった。

 決定的に終わると、そう思った。

 だからラウルは、()()を利用したのだ。

 行けない理由にした。


『お前が――』


『お前が自ら、名誉の回復を放棄したんだ』


 ごめん、レイ。

 ごめんな、エーリック、アデラード。何にも言わずに出てきてしまった。

 ごめんなさい母上。

 父上――貴方の名誉を回復できなくて、ごめんなさい。


「ラウル――!」


 潰れかけた声。

 レイノルドの。

 ごめんな――


「簡単に諦めてばかりで、ふざけるな!」




「――ぴい!」


 突風が吹いた。



 叩きつけるその風のあまりの冷たさに、薄れかけていたラウルの意識が急速に戻る。

 木からぶら下がり逆さまになった蛇怪の、怒りと愉悦の混じり合った笑み。

 その向こうに、真っ白な塊が見えた。


 光る――輝くような鱗。


(オルー……)


 ラウルの頭を掴んでいた蛇怪の腕が、凍り付いて砕ける。

 締め付ける力がふっと消え、体は地面に落ちた。


 呻いたラウルの横を、黒い鱗に包まれた蛇体がすり抜けて動く。


「いけ、ない……」


 蛇怪の向かう先にはリズリーアとヴィルリーアがいる。

 ラウルが咄嗟に掴んだのは、腹に刺さったままのヴァースの柄だ。


「ヴァー……」


 力が入り切らず、ヴァースだけが蛇怪の腹から抜けて手の中に残った。

 蛇怪は八本あった腕を残り三本にまで失いあちこちから血を撒き散らしながら尚も、それだけは何としてでも喰らおうと、蹲る獲物へ腕を伸ばした。


 オルビーィスがラウルの頭上で、大きく顎を開き、息を吸い込んだ。喉の奥が白く光る。

 けれどその前に。


「リズちゃんに、触るな!」


 上半身を起こしたヴィルリーアが、腕を振り上げ、宙に紋様を描いた。


 シャン。


 杖が鳴らす、澄んだ音。

 描いた紋様は宙に円形の光を刻み、煌々と輝いた。

 それも一瞬――


 円陣から風が吹き出す。

 一陣というよりは無数の刃。

 『風切り』という法術だ。

 詠唱は無く、法陣円を描き出すことにより、その法陣円を反映した風の刃を打ち出す。


 円の直径が大きければ大きいほど刃の威力は上がるのだと、そう言っていたのはラウルの小屋にいた時、リズリーアだったか――


 ヴィルリーアが作り上げた法陣円は、直径一間(約3m)。

 風の刃は蛇怪を包んで無数の裂傷を刻んだ。蛇怪の身体から吹き出した血が、霧を赤く染める。


 威力が衰えないまま、蛇怪の後方頭上にいたオルビーィスへも走った。


「避けて、オルー!」


 避ける代わりにオルビーィスは、喉の奥に溜めていた空気を、体全体を使うように吐き出した。

 光に似て白く、息が迸る。

 さほど大きくはなく、広がりもせず、だが正面に迫った風の刃を霧ごと凍り付かせ、吹き散らした。


 蛇怪が血を撒き散らし、蛇体をうねらせて霧の向こうに消える。


「待て――」


 追いかけようとしたラウルの膝は地面に落ちた。

 疲労と、それから頭を割られる恐怖からの解放と――腰が抜けたような状態だ。


「お、追いかけ、なくちゃ……」


 膝がガクガクと笑っていて情けない。

 四つん這いになって、ラウルはとにかく腕を伸ばした。


「ぴい!」


 幼い鳴き声と共に、オルビーィスがラウルの肩に降りる。


「オルー……オルビーィス――」


 丸く青い、澄んだ瞳がラウルを見つめる。

 ラウルは力つき、べしゃりとその場に倒れ伏した。


「良かった。良かったぁ……」


 頭はまだ混乱気味だが、それでもヴィルリーアも、オルビーィスも無事だった。

 喜びと、それから驚きと。


「うう、身体が、力入らない……」


 でも助かった。

 最後に現れたオルビーィスが、喉の奥から、吹きつけた――


(吹雪――?)


 あれが蛇怪の腕を凍らせ、砕いてくれたおかげで。


「オルー」

「ぴい?」

「君、さっきの、あれ」

「氷、吹雪ってのか?」


 そう言いながらグイドが横に立つ。


「まさか竜の息とはなぁ。こんなに小せえのに」


 心なしかオルビーィスは誇らしげに、長い首を持ち上げている。


「竜の、息――」


 ラウルも物語を読んで知っている。いや、三百年前に起きた大戦でも、それから五年前の戦乱でも、その脅威を聞いた。

 ただでさえ強大な竜の最大の武器だ。それは炎や風、酸、雷――そう、吹雪も。


「オルーは、すごいねぇ……」


 ラウルは微笑み、それから周囲を見回した。


「ヴィリは」

「無事です。怪我はあるようですが、リズが今、治癒を」


 剣を鞘に収め、セレスティはリズリーア達を指差した。

 リズリーアは抱きつくようにして、ものすごい早口で何やら術式を唱えている。ヴィルリーアの身体が温かな水色の光に包まれているのがラウルからも見えた。


 教えてくれたセレスティはあちこちあざを作って血を滲ませ土埃にまみれている。


(レイは)


 首を巡らせ、自分の斜め後ろで座り込んでいるレイノルドを見つけて、ほっと息を吐いた。

 レイノルドもあちこち血を滲ませているが、無事だ。

 それぞれの様子に、たった今までの戦いの困難さと激しさが現れているようで――


「んん??」


 ラウルは顔を戻しじっとセレスティを見て、目を剥いた。

 ひぃっ。


「セ――、セレ、セレス、セレスティっ」

「はい」

「かっ、か肩、肩、左肩――!」


 セレスティの左腕は、だらりとぶら下がっていた。





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