9 その光る(その2)
「ヴィリ!」
ぐったりとしていたヴィルリーアが微かに呻く。
何度か瞬きを繰り返し、重い頭を上げる。
ぼんやりとした瞳が一点を捉えた。
「――リ、リズちゃ……」
「ヴィリ! ヴィ」
尾が更にヴィルリーアの身体を持ち上げる。
巻きつく力が増し、ヴィルリーアは苦しげに呻いた。鱗が擦れ合い、軋む。
「やめてよ! やめてよやめてやめて! 嫌だ、ヴィリ――!」
女の顔が笑っている。
嬉々として。
リズリーアの泣き叫ぶ声に酔いしれている。
(――駄目だ、これ――)
許せない。
自分の奥底からふつふつと沸く怒り、それが全身を激しく巡る。
「そ――っ」
ラウルは左右の手に握った柄に力を込めた。
「そんな、ことで――」
言葉がうまく出てこない。
鼓動は破裂しそうなほど胸を叩く。
ヴァースが――
フルゴルが、ノウムが、剣身に白く淡い光を纏った。
「お前の思い通りになったりしない!」
後から思い出して自分でも驚くほどの声だった。
リズリーアの瞳が、まず上がった。
直後、ラウルはヴァースを肩の上へ持ち上げ、渾身の力で、鋭く投擲した。
淡く光を纏ったまま、ヴァースの切先が霧を割き、剣身が放つ高い音が霧を震わせる。
耳を劈く音に蛇怪は硬直し、その腹にヴァースが突き立った。
「ヴィリを――、ヴィリを返して!」
リズリーアが駆け出す。
その横を矢が走り、残る蛇怪の手首を二本、同時に貫いた。直後に残る三つの手首に矢が突き立つ。
蛇怪が上体を反らし喉から苦鳴を搾り出す。
「貸せ!」
レイノルドはラウルからフルゴルを引ったくり、蛇怪へと踏み込んだ。
黒く連なる鱗へ剣を薙ぐ。反対からセレスティの剣。
フルゴルもノウムも、淡く光を纏っている。
二つの剣が、蛇体へ、深々と食い込んだ。
ヴィルリーアを捕らえる尾が断たれ、地面に落ちる。
「ヴィリ!」
駆け寄ったリズリーアはヴィルリーアに抱きつき、まだ絡む尾からその身体を引っ張り出した。
「ヴィリ、ヴィリっ、大丈夫? 生きてる、ああ……っ怪我なんて、あたしがぜんぶ、治してあげるから……っ」
「リズ、早くこちらへ!」
セレスティが駆けてくる。
リズリーアは涙を乱暴に拭うと歯を食いしばり、力のないヴィルリーアの身体を肩に担いだ。
よろめきながら、一歩一歩足を踏み出して歩く。
そこへ、蛇怪の尾が断たれた断面の血を撒き散らしながら迫った。
「リズ――!」
間に入ったセレスティが、剣を振るう間もなく弾かれる。
尾はそのまま地面を掻いて流れ、レイノルドを鞭の如く弾く。
レイノルドは地面に身体を強く打ち、転がった。
セレスティも木の幹に叩きつけられ、次いで地面に落ちる。
「レイ! セレスティ!」
「だ――大丈夫です」
セレスティは片手をつき身を起こし、口の中に入った土を吐き出した。その中に血の塊が混じっている。
「二人を」
ラウルは踵を返し、双子へと走った。リズリーアはヴィルリーアを庇って抱え込み、蹲っている。
蛇怪の腹に突き立ったままのヴァースを取り戻すべきか、視線を動かしたラウルは混乱して瞬きを繰り返した。
蛇怪の姿が無い。
「どこに――」
「ラウル!」
頭上に影が差した。
身体ががくんと止まる。
腕――両腕を、後ろから逆さまに伸びた手が掴んでいる。
もう二本の腕が、頭を掴んだ。
背筋が凍る。
「ラウル!」
掴んだ手が、頭に――頭蓋に伝える力。
これから、潰されるのだと。
ヒュッと息を呑んだその瞬間、グイドの矢が蛇怪の右目、右脇腹に突き立った。
頭を掴む手の力はほんの一瞬弛んだが、安堵する間もなくその力が増す。
杭でも押し付けられているような、信じがたい痛み。更に強くなる。割れそうだ。
「ラウル!」
呼ぶ声が遠い。
レイノルドが剣を振り下ろし、頭を掴む腕を一本断つのが見えた。
空いていたもう一本の手がレイノルドの喉を掴む。
「レ――」
逃げろ。
ラウル自身の目が霞む。
グイドが短剣を蛇怪の脇腹に突き立て、裂く。矢筒は空だ。
(グイド、さん、もう、矢が――)
朦朧とする意識の中で、蛇怪の腹に刺さったままのヴァースの柄が見えた。
取れれば。
(ヴァー……ス)
だが、手を伸ばしたくとも両腕を掴まれ、木に逆さまにぶら下がった蛇怪の腹は高い位置にあり、届かない。
腕を掴むのは片手でも力は篭り続ける。
血が目に入った。
痛くて――
ヤバい。
これは、死ぬ。