9 その光る(その1)
蛇怪が地を這い突進する。
七本の腕がそれぞれバラバラに動き、蛇身がうねった。
リズリーアを囲んで立つ、ラウル達へ。
セレスティは前傾を深くし、次のひと呼吸で地面を力一杯蹴った。
三歩踏み込み、突進する蛇怪との距離――間合いを潰す。
更に一歩、ノウムを背負い気味に、蛇怪の正面へ満身の力を込めて振り下ろした。
蛇怪の二本の腕が振り下ろされたノウムを掴む。
勢いは死んだもののノウムの刃はそのまま掴んだ指を断ち、蛇怪の肩甲骨へ落ちた。剣の衝撃が地面を穿ち、蛇怪の後方の枝を数本断ち落とす。
「セレスティ! 左だ!」
レイノルドの警告より早く、蛇身の尾が左からセレスティの胴を捉え、弾いた。剣が蛇怪を捉える寸前で、セレスティの大柄な身体が軽々と浮き、樹々の間に叩き付けられる。
セレスティは両手を地面につき辛うじて身を起こしている。蛇怪は蹲るセレスティへ滑るように進んだ。
「ラウル、残れ――」
「俺が行く、レイがここに! リズとグイドさんを頼む!」
レイノルドが出る前にラウルは、ヴァースを構え駆け出した。
「こっちだ!」
蛇怪が振り向く。
腕。手指。それから頸。
刻まれ血を滴らせた傷が、走るラウルの目にも見て取れる。
(血を流してる――だから倒せる)
歌う声が聞こえる。リズリーアの。
今度こそ、術を発動させる時間を作る。
「こっちに来い!」
そのまま斜めに走る。
蛇怪は身をくねらせ、ラウルへと視線を――狙いを定めた。
蛇身が撓む。
『振れー!』
ヴァースの声。腕に加わる、自分以外の力。
視界いっぱいに蛇怪の姿が迫る。
ラウルは剣に合わせて腕を振り、白銀の刃が蛇怪へ疾った。
二本の腕が左右から掴み掛かる。
「ヴァースぅッ!」
『あいよー』
のんびり、そして鋭く。
ヴァースの刃が腕を断つ。
肉を断つ慣れない感覚に、ラウルは胃が持ち上がる思いがした。
断たれた二本腕が地面へ落ちる、その重く濡れた音。
「っ」
痛みに暴れた尾が大きく振られる。リズリーア達へ。
「いけない」
追いつけない。
首だけを巡らせた先、レイノルドが迫り来る尾へ剣を斜めに振り下ろした。
同時に、その左からセレスティが踏み込む。剣は横薙ぎに。
血を流しているが、セレスティの身体を取り巻いている淡い水色の光は、あれは傷を癒すものだろうか。
(リズの)
ならば治癒の術が発動したのだ。
(やった――!)
二人の剣が尾を捉える。金属同士が打ち合うような音。剣は鱗を裂いたが断つまでに至らず弾かれた。
地面に亀裂を刻んだノウムの剣が弾かれたことに驚きを覚える。
(どれだけ、硬いんだ)
尾はまだ動く。
ラウルは腰の後ろへ手を回し、帯びていた剣を引き抜いた。
「みんな、目を伏せて――フルゴル!」
白銀の剣身が煌々と輝く。
蛇怪は甲高い悲鳴を上げ、灼かれた両目を覆った。
「ラウル! 退がれ!」
グイドの声。
ラウルはよろめきつつも何とか、数歩下がった。
グイドの放った矢がフルゴルの光に影を落として疾る。
二本。
ほぼ同時に蛇怪の喉――初めに喉を真横から貫いた矢と垂直に交差して突き立ち、もう一本が胸の中心に突き立つ。
蛇怪は呻き、腕で喉元を掻き毟りながら上体を逸らしてよろめいた。
「行ける、次で――」
セレスティが踏み込む。
ノウムの刃が霧を裂いて蛇怪の腹へと走ったと、ほぼ同時に――
そして唐突に。
蛇怪の正面に、ヴィルリーアが現れた。
セレスティが地面を蹴り、後方へ飛ぶことで自らの剣を抑える。
「ヴィリ!」
リズリーアの悲鳴に似た叫び。
蛇怪の尾がヴィルリーアを巻き取り、その身体は蛇怪の正面に掲げられていた。
真横から頬を叩かれたように、ラウルは一瞬呆然とヴィルリーアを見た。尾に胴を捕えられたまま力なくうなだれているが、胸がゆっくり上下している。
ほっとすると同時に、理解した。
「――盾――」
その意図は、まさに盾だ。
驚きは腹の底からの憤りに変わる。
全員が立ちすくんだ前で、蛇怪は尾に捕えたヴィルリーアの身体を、勝ち誇り嘲笑うように高く掲げた。
尾が揺れ、がくん、がくんとヴィルリーアの身体を揺さぶる。
「――やめて!」
駆け出そうとするリズリーアをレイノルドが咄嗟に抱き止める。
「ヴィリ!」
両腕を懸命に伸ばし、リズリーアは悲鳴に近い声を上げた。
「ヴィリ、ヴィリ、ヴィリ!」