5 5と1と3とプラス1(その3)
「いやぁ……だってほら、帰すだけだか、ら……」
ひいぃ。
すっごい睨んでる。すっごい睨んでる。
眉間がそのまま固まるぞ?
「レイ、あの、ちょっと……?」
レイノルドは握った拳ごとぶるぶると腕を震わせていたが、ややあって静かに、長く、息を吐き出した。
(そんな長い溜息つく……?)
「もういい。お前はいつもそうだ」
「いつもって」
そうなんだろうか。
レイノルドの眉間に皺を刻ませてるのは俺ってことになる?
いやまあ確かに一部は確実に。
ラウルは居住まいを正した。
そう言えば、まだ肝心なことを尋ねていない。
「レイは何でここに来たんだ」
尋ねられたレイノルドはしばらくラウルの目を睨んでいたが、ふい、と視線を逸らせた。
「――寝る」
「はい?」
「お前が見張り番だろ。俺を付き合わせるな」
「はいい?」
いやいや、話があるって言ったのはレイのほうだからね?
そう思ったが口にする前にレイノルドは立ち上がり、焚き火の向こうへ行くとごろりと横になった。
「木の根が痛いから、毛布使えよ」
どうせ「いらない」と答えると分かっていたので、ラウルは立ち上がって否応なしに毛布を押し付け、また焚き火のそばに戻った。
これから三刻、グイドに番を繋ぐまで、真面目に周囲の警戒をしなくては。
気を引き締めていこう。
見ればオルビーィスが翼の下に頭を突っ込んで気持ち良さそうに眠っている。
ヴァースも――眠って――いる。
(ほんとかー)
フルゴルは剣身を柔らかに明滅させてくれた。
リズリーアとヴィルリーアは本当に同じ間隔で胸が上下していて、その様子にくすりと笑みが零れる。
セレスティの呼吸は起きている時のように規則正しく、グイドはほとんど気配がない。
辺りは深い霧に包まれ、森は時折、梟の声を木立の間に響かせた。
風もない。
深い、深い静寂――
――
――
(――こ、こわい……)
レイノルドが眉間に皺を寄せて睨んでいてくれた方が百倍有難い。
ラウルはヴァースとフルゴルをしっかりと抱え、とにかく四六時中首を巡らせて異常がないかを確認した。
暗くて確認できるものではないけれど、とにかく確認した。
幸い――
三刻後、グイドと交替するまで、森は至って静かなまま。
梟が鳴くたびにぎょっと身体を震え上がらせつつも、何事もなく夜は更けていった。
ラウルが次に目を覚ましたのは、高く軋る音のせいだった。
金属を擦り合わせるような――。
寝ぼけた頭が、それが何かに気づいた瞬間、明瞭になった。
(ヴァースの)
警告音。
オルビーィスが唸る。初めて聞くその響き。
同時に何かが空を切る、鋭い音。
寝転がったまま目を見開いたラウルの視界に、霧に打ち込まれた矢羽が見えた。
グイドの矢だ。
慌てて飛び起きる。
セレスティとレイノルド、二人とも剣を抜いている。
駆け寄ろうとしたラウルの足元に、霧の中――樹上から、何かの塊がどさりと落ちた。
「また、猿――」
それを目にした瞬間、全身が凍りつき、吐き気を覚えた。
猿だ。確かに、それは昨日の猿だった。
ただ、死骸として。
猿は首から上が喰い千切られ、腸が出ていた。
「――な、」
喉が喘ぐ。もう眠気など微塵もない。
「何ですか、これは……」
グイドは上を――霧がなければそこにあるだろう樹上を、矢を番え弓を半分浮かせたまま睨んでいたが、数呼吸して弓を下ろした。
「グイド殿」
セレスティもレイノルドも、抜き身の剣を下げたままだ。
グイドが首を振る。
「もういない」
続けて、こう言った。
「昨日、何回か気配があった奴だ。ヴァース、お前も感じてただろう」
ええ……
『いたなー。ずっと遠巻きだったけど、慣れたのか、近付いて来やがった』
もう一度、グイドが頭上を見上げる。
「何がいたかまでは良くわからないが――このまま追ってこられたくはないな」
太陽が昇り始めても霧を照らすことはできず、手早く朝食を済ませ、ラウル達は野営地を発った。
双子が起きる前に猿の死骸は片付けたが、あったことは伝え、何より不穏な雰囲気を感じ取っているのかリズリーアは口元を固く引き結び、青ざめているヴィルリーアの手をしっかりと握っている。
並び順は昨日と同じくセレスティ、ラウル、リズリーアとヴィルリーア。
昨日と異なるのはグイドの後ろにレイノルドが続いていることだ。
昨夜までは帰ったほうがいいのではないかと、そう言おうと思ってもいたが、今はそれも危険に思え、レイノルドが共に行くと言ったことに安堵を覚えた。
グイドは朝食後、何もしないよりはマシだと、焚き火に何やら懐から取り出した丸薬を投じて、ややつんと刺激臭がするその煙を全員に浴びさせた。
オルビーィスは嫌がって煙を浴びず、歩き出した後もラウルの肩に降りようと近寄っては離れるを繰り返した。
(何がいたんだ、あの時――)
猿を貪り食っていたものが、存在したはずだ。
姿は全く見えず、音も聞こえなかった。
ラウルはいつでも気付けるようヴァースの柄をしっかり握っていたが、朝以来ヴァースは警告を発する様子もなく、一行は阻まれるものもなく、狭い登山道を登った。