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5 5と1と3とプラス1(その2)



「――おい」



『ラウル、貴方の打った剣はとても素晴らしい!』


 セレスティの双眸に興奮と信頼が見える。


「いやぁ、そんな……そうかな。そうですか?」


 ラウルは剣を打つ夢を見ていた。

 幾振りもの剣をどんどん打つ。一日一振りどころではない。どんどんどんどん。かんかんかんかん。

 ラウルの打った剣は評判が良く、キルセンの村やロッソの街からだけではなく、イル・ノーや遠く王都からも一振りだけでいいからと、求める者が引きも切らなかった。


 ――兄さん、すごいよ。今度の注文、誰からだと思う?


 エーリックとアデラードが両腕に剣をたくさん抱えてはしゃいでいる。

 アデラードは子栗鼠のように飛び跳ねた。


 ――兄様、私が教えて差し上げるわ。その方、国王陛下の、衛士でいらっしゃる――


 すごい、とラウルも気持ちが跳ねた。

 彼には剣など不要なはずなのに。

 それだけラウルの打つ剣が認められたのだ。


 ずっと、一心不乱に鍛治の腕を研鑽し続けた甲斐があったのだ。

 師匠、俺、がんばりました――!

 母アンナが笑う。


 ――当然ですよ。ラウル。あなたの打つ剣は、とても素晴らしい剣だもの――

 ――家なんてもういいの。あなたはあなたの才能を活かしなさい


 ありがとう、母上。貴女に認められて、とても嬉しい。

 それにしても、俺って。

 俺って、もしかして


 名工――?





「おい、起きろ」


 乱暴に揺さぶられ、ラウルは夢から引き上げられた。

 憎い。

 じゃない。


 そう、夢だった。

 と言うか夢だと最初からわかっていた。

 うん。


「おはよう……」


 眠い目をこすり、起き上がる。

 おはようという時間ではない。まだそう、寝てから三刻ほどしか経っていないだろう。

 午後の十一刻頃か。


「交替だ」

「うん。ありがとう」


 いや。違和感すごいな。

 何故レイノルドと見張り番を交替しているのか。


「何事もなかった。だがこの霧だ、視界が切れる先のことまでは判らないが。霧の中に何が潜んでいるか」

「うう、怖いこと言わないでくれよ。俺今から見張りなのに」


 見回しても周りは変わらず闇の中に霧が漂っている。焚き火の炎も霧を追い払うには至らず、ともすれば飲み込まれてしまいそうだ。


「うわ。ほんとに怖くなってきた……」

「相変わらずだな」


 八、いや、九割呆れを含んでいる。


「情け無い。一人で見張りになるのか」


 そんなトゲトゲ言うなら起きててくれていいんだぞ、と言いたかったがそこは抑えて、ラウルは視線を下ろした。

 オルビーィス……はすやすやと寝ている。

 ヴァースを手に取った。


「大丈夫。ヴァースが一緒にいてくれるしね。な、ヴァース」

『――』

「な、ヴァース」

『――』

「ヴァース……?」

『――』


 寝ている。


 え? 剣て寝るの?

 いやそもそも喋ったりするのもアレなんだけど寝るの?


「起きてくれー」

「ラウル」

「ちょっと待って、今ヴァースを起こして」

「ラウル。その剣光ってるぞ」

「ん?」


 レイノルドが指差した先で、フルゴルがじわじわと光り始めている。

 ラウルはフルゴルに手を伸ばしてしっかりと抱き締めた。


「フルゴル〜! ありがとうフルゴル〜! これで心細くないよー」


 フルゴルが明滅して応えてくれている。

 優しいなぁ、フルゴルは。俺が心細いの分かったのかな。

 ていうか結構お茶目なんだよね。


「ラウル」


 次は何だろう。ノウム――はセレスティが抱えて寝ているし。


「ラウル」


 もう一度、やや語気を強め、レイノルドはラウルの名前を呼んだ。

 どうやら話があるようだ、と、ラウルは渋々レイノルドに向き直った。


「お前の――、いや、まずその剣を下ろしてくれ。眩しい」

「あ、ごめんごめん」


 言われたとおり、フルゴルを膝の上に下ろす。ついでに「少し眩しいから光を落としてね」と頼むと、フルゴルの光は蝋燭よりやや強いくらいの灯りになった。

 ラウルの顔が下から照らされる。


「それで、話は」


 ラウルの面に濃い陰影が揺れる。

 不穏な感じだな、とレイノルドは呟いてから、胡座をかいた。


「何から聞けばいいのか――とにかくまず、そのお前の剣。光ったり、ええと、喋ったり、それから切れ味が何だか良くわからない……」


 ノウムのあの切れ味は俺にも良くわからない。

 けしてヴァースが喋ることを良く理解しているわけでもフルゴルの光る原理を理解しているわけでもないが。

 残してきた剣達、大人しくしてるかな、とふと思った。


「それは、お前が打ったのか?」

「ええと――」


 レイノルドの眉根が寄っている。


「うん。まあ、そうなるね」

「そうなるねって――今まで、そんなこと一言も、俺に」

「いやいや、だって俺も知ったのつい最近だし。そりゃ素材は色々言ってたけど、ヴァースが喋って初めて、ちょっと他と違ってるかなって」

「ちょっと?」


 語気を強めないでほしい。


「だいぶ」


 とつい言い直してしまった。


「師匠は何か言ってなかったのか」

「何も――まあ、亡くなったのは俺がまともな剣を打ち上げる前だったし」


 師匠であるフェムルトは八十九歳で急逝した。

 ただもし今も生きていて、ラウルの打った剣達を見たらフェムルトが何と言ったか、それはとても気になる。


「まあ師匠は珍妙な剣を打つ前に、ごく一般的な剣を打てと仰っただろうけどな」


 言い返せない。


「俺もそう思うよ。そう言えば、レイのその剣、師匠のだよね」


 むすっとしたままレイノルドは、肯定代わりに柄を握った。

 両手持ちの、澄んだ剣身を持つ素晴らしい剣だ。

 レイノルドは剣の腕を磨き続けてフェムルトから認められ、その剣を譲られた。


『まだまだ未熟だが――、まあいい』


 気乗りしなさそうな口振りと裏腹に、フェムルトが誇らしそうだったのをラウルは良く覚えている。

 レイノルドの剣の腕は確かで、先ほども狼の首をひと薙ぎで断ってみせた。使い手の腕と剣の性能とが見事に融合した結果だ。

 質実剛健。素晴らしい打ち手だった。


 先ほどのラウルの浮かれた夢ではないが、フェムルトの剣は王都からも買い求められ、高位の法術士が求めることもあったと聞いている。


(ああ、そうだ)


 フェムルトが打った最後の剣。

 様々な客から高値で買いたいと請われたが、ラウルはその剣を手放さなかった。


(もし、レイが――)


「まあ剣のことはひとまず置いておこう。それよりも」


 うっ、とラウルは肩を引いた。


「お前がこの山に登る理由がその竜を帰すためだと、それはさっき聞いて分かったが、そんな状況だったら何で一言言わなかった」

「何でって」


 レイノルドの眉根に更に皺が寄っている。

 もうここ数年、会う度にその顔だ。

 あんまり眉を寄せすぎると眉間に溝ができてしまうよ。常に皺が寄っているような顔になっちゃうんだよ。

 それはともかく。


「レイには言わないよ」


 あれ以上迷惑はかけられない。

 それにうっかりセルゲイ叔父に知られたら、討伐隊を出されてしまうかもしれない。


「――」


 レイノルドは胡座をかいた膝の上で、拳を握り締めている。


「結構繊細な状況だったんだよ。あんまり沢山の人に知られないよう気をつけなきゃいけなかったし、とにかく最小限の人にだけ話したんだ。特にきりふり山に帰すことは、ほんとうに広まっちゃ困ると思ってね」


 もしきりふり山に竜がいると広まったら、オルビーィスは穏やかに暮らすことができなくなる。


 たがらラウルから話したのはボードガードにだけ。

 あとはボードガードが信頼のおける人物に、声をかけてもらった。


「だけど、無事返した後に、レイにも――」


 レイノルドは俯き、低い声を押し出した。


「もし誰にも言わずにここでお前に何かあって、エーリックやアデル、アンナ伯母様がどれほど心配して、どれほど悲しむか、考えなかったのか」




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