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4 初戦(その2)

 

 レイノルドだ。

 ラウルの従兄弟。


「な――、え? 何? 何で君が。え? ここどこ?」

「借りを返しただけだ」


 レイノルドはふい、と顔を逸らして憎々しげに答えたが、それよりもラウルにはここが何処だったっけ、ということが気になった。


 夜。

 霧の中。

 山の中。

 きりふり山。


 ――レイノルド?


「えっ。借り? 借りって、決闘の」

「決闘は違うだろう! あれは俺がお前に貸したようなもんじゃないか!」


 ムッとしてレイノルドはラウルを睨んだ。

 ややあってぼそりと口を開く。


「前に……」

「? 前?」


 ラウルはまだ地面に両手両膝をついたまま、考え込んだ。

 肩にオルビーィスが降りる。

 レイノルドの声に更に険が篭った。


「ずっと前、狼に襲われただろうっ。あの時俺を、庇ったから、お……お前が怪我を」


 眉を寄せ瞬きし、あっと目を見開く。


「えっ。もしかしてあの、十四、五年前の?」

「決まってる」


 駄目だ。

 頭がかなり混乱している。

 文脈はわかるが状況がわからない。

 オルビーィスがラウルの背中の上で、自分の尻尾を追いかけてくるくる回っている。かわいい。


 仁王立ちのレイノルドとしゃがんだままのラウルという奇妙な構図の二人へ、グイドが歩み寄った。


「おい。何だコイツは。誰か後ろについてきてると思ったら、ラウルの知り合――」


 目を細める。「ああ? 誰かと思えば領主の」


「え、グイドさん知ってたんですか?」


 ラウルは驚いてグイドを見上げた。

 ついてきてたの知ってた?


『俺も知ってたー』


 ヴァースがのんびり声を上げる。

 彼を拾おうとしていたのだと思い出し、ラウルはヴァースを拾い上げて土を払った。


「知ってたなら何で言わないの?」

『どうすんだろうなって思ったからー』


 思ったからー、じゃない。

 驚いたしこの霧の中で一人でいたら危険が生じていたかもしれないし、知っていたならもっと早く合流を


(えーと)


 ラウルはレイノルドへ、しゃがんだまままっすぐ身体を向けた。


 改めて。

 何故いるのだろう。


「気付かれていたのか」


 レイノルドは決まり悪そうにグイドと、セレスティと双子を代わる代わる見る。


「いえ。私は気付いておりませんでした」

「あたしもー。こんな霧の中で気付くのおじさんくらいでしょ。でもそっか、貴方がレイノルドなんだ」


 ずい、とリズリーアがラウルの横を抜けてレイノルドに近寄る。

 レイノルドが一歩引く。

 リズリーアはもう一歩近寄った。


 リズリーアの繊細な面に揶揄うような笑みが広がった。


「借りって、何だ、もしかしてー、レイが剣を学んだのってラウルを助けたかったから?」

「なっ、何で知ってるんだ!?」


 ぎょっとしてレイノルドはリズリーアから身を引いた。


「やっぱり?」


 慌てふためいて首を振る。


「いやっ、違う、そういう意味じゃなくって、その時のことを……大体レイってなんだ」

「ラウルが話してくれたよ。子供の頃仲良しだったんでしょ。今もラウルは仲良くしたいみたいだし、話の中でレイ、レイって言ってたし」

「仲良く……レイって……」


 レイノルドの顔が一回ゆるみ、無理やり引き締まる。


「き、気安く呼ぶな、ラウル! もう子供の頃と同じじゃないんだからな」


 リズリーアはヴィルリーアへ頭を傾けた。


「……分かりやすくない?」

「うん……」


 えへへ、とヴィルリーアが微笑む。「ラウルさんのこと、好きなんだねぇ」


「違う!」

「ちゃんとラウルとレイ、話した方がいいよ」

「だからレイって呼ぶな! 話すって――」

「行き違いがあったみたいだし?」


 ラウルはレイノルドと顔を見合わせた。


「ところでラウル、そろそろ立ったら? その姿勢苦しくない?」


 言われてラウルは未だに両膝をついて前かがみになっていたことに気付き、ようやく立ち上がった。

背中で尻尾を追いかけ回っていたオルビーィスがつつっと滑り、服の裾にぶら下がる。

 半ば無意識にオルビーィスを抱き上げ、肩に乗せる。


「ええと」


 レイノルドだ。

 確かにちゃんと、話すべきかもしれないが……


(どうしよう――)


「何だこりゃ」


 グイドの驚きと呆れが入り混じった声が耳を捉え、声の方を振り返った。

 いつの間にかグイドとセレスティは少し離れたところにいて、二人とも道の先を眺めている。


「セレスティの()()()か。おい、ラウル、こりゃすごいぞ」


 呼ばれたのをいいことに、ラウルは「ええと、ちょっと待ってね」と、いったんこの場から退却した。


「私も驚きました。このノウム、とても切れ味が良い剣です」


 セレスティが感慨深そうに頷き、ノウムを身体の前に持ち上げている。


「ノウムが、何か」


 二人の視線を辿り、ラウルは驚いて目を見開いた。


「えっ……」


 狼の死骸が、一体。

 左前脚から背にかけて、一刀のもと、すぱりと断たれていた。その様はセレスティの腕の確かさを物語っているようだ。

 ただ驚いたのはそのことだけではない。


「剣を振る際非常に軽く感じられますし、何より鋭い。鋭すぎる面もありますが――」


 道に筋が走り、更に木の枝がいくつも、道の上にばらばらと落ちていた。

 切り口は鋭利で刃物で断たれたものだとわかる。


「え、これ、ノウムで断ったんですか?」

「はい」


 セレスティは頷いた。


「ラウルは自分に剣を打つ才能がないと言っていましたが、とんでもない。これは素晴らしい剣だと思います」

「ラウルが――ラウルが打った剣」


 いつの間にかすぐ横に立っていたレイノルドが、セレスティの腰の剣とラウルを見比べている。


「この跡が?」

「そうです。驚異的だと思いませんか。これほどの剣は世にそうそうありません」

「え、あ、ああ」


 セレスティがごく自然にレイノルドに話かけ、レイノルドは少し狼狽えている。

 ええと。


『おれ様が名剣宝剣国宝剣だからなー! ノウムもおれ様には及ばないが、いい線いってるんだぜー』

「――え?」


 レイノルドの目が限界まで見開かれ、ラウルが手にしているヴァースに落ちた。


「ねぇねぇ、剣もいいんだけど、誰も怪我した人いない? ようやくあたしの出番だと思うんだけど」


 リズリーアがひょいと顔を出す。


『幸い誰もいねーみてーだなー。こりゃなかなかどうして頼もしい顔触れじゃねーかー』

「えーっ。あたしまだ一回も使ってないっつまんないっ」

『杖に灯りぴかーって灯してただろー』

「あれじゃ使ったうちに入んないっ」

『いいじゃねーか、明日にとっとけよー』

「一日の詠唱回数、限られてるの。今日唱えなくても明日唱える体力が増えるわけじゃないの」

『そういうもんなのかー?』

「そういうもんなの。術式は精神力すごく使うから何回も唱えたらすごく疲れるの。ちゃんと寝て回復するのが大事なの」


 レイノルドはじっと黙ったままリズリーアとヴァースのやり取りを見ていたが、ゆっくり、ラウルへと首を巡らせた。

 目が瞬きしていない。


「――おい。ラウル。剣が喋ってるぞ……。何だ、これは」


 ああ、うん。

 そこからだよね、うん。


 慣れきっている自分と状況把握が必要なことと、加えてレイノルドへ一からあれこれ説明する労力を思い、ラウルは淡い笑みを零した。




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