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2 霧の中(その2)

 

「ついて……?」


 きゃあっとヴィルリーアが小さく悲鳴を上げ、元々目深に被っていた真っ白な頭巾を両手で一生懸命引き下げている。

 リズリーアはその背中をさすった。


「大丈夫だってば、ね、ヴィリ。ちょっとヴァース、ヴィリを脅かさないでよ」

『事実だしー』

「ヴァース、何が付いてきてるんだ?」

『そこまで分かんねーなー。おっさんはー?』


 グイドは首を傾けた。


「俺もそこまで分からん。けど、それなりの数だな」

「それなり……?!」


 何それ不穏。

 それについてくるとか聞いてない。


(じゃない)


 セレスティが剣を引き抜いたのを見て、ラウルは本格的に背筋が冷たくなった。


「こっ」


 これは――本当に、本当の、冒険だ。

 怪我だってするかもしれない。


「ど、どうしましょう」

「どうって、進むしかない。戻ったって目的果たせねぇんだから」

「そうですがっ」


 自分が彼等を連れて来たのだ。

 怪我などしてほしくないし、そうならないようにする責務がラウルにはある。


「あの、我々に対処できる範囲ですか?」

「まあ」


 グイドは黙った。

 ラウルはじっと見つめた。

 グイドの目がセレスティ、双子、ヴァース、オルビーィス


「――」


 それからラウルへと移る。


「まあな」


 もしかし――なくても俺が一番不安要素ですねー?!

 と、ラウルは心の中で鎮痛な叫びを上げた。


『気にすんなってー。ご主人がへっぽこなのははじめからだしー』

「心読まないでー!」

「どうする? なんなら一旦引き返すか? この先危険しかねぇが」


 グイドの声はラウルの臆病を軽んじている様子もない。


「まあかと言って、この霧が晴れるってことはそうそう無いけどな」


 淡々と。

 このまま進めば当然起こり得ることへ向かって、進むかどうかを尋ねているだけだ。


 ラウルはセレスティや双子の視線を捉え、それから肩のオルビーィスを見た。

 オルビーィスを帰すことが目的だ。


 ここで引き返しても、グイドの言う通りきりふり山から霧が消えることはなく、霧が消えたとしてもこの森が危険の無い場所になる訳ではない。


 オルビーィスはいずれ大きくなる。このままラウルの小屋にいれば、オルビーィスが何もしなかったとしても、いつか軍が討伐に出動する事態にならないとも限らない。

 臆病風に吹かれてばかりいられない。


「――すいません、すぐに怖気付いて」

「初めは誰でもそんなもんだ。気にするな」

「も、目的はオルビーィスを帰すことですから」


 痛い。

 抗議の甘噛みがそれなりに痛い。

 思い切り顎を広げてラウルの後頭部をがじがじしているオルビーィスを抱き上げ『頭を噛んではいけないよ』と諭しながら、ラウルは


「進みます」


 と声に力を込めた。


「セレスティ。前の警戒をよろしくお願いします。リズとヴィリは、法術はすぐ使える?」

「風切りなら、詠唱にゆっくりふた呼吸欲しいです……」


 杖が補助してくれますが、と白い杖を見上げる。


「あたしのはもうちょっと長いかな。でもそもそも戦闘後だから役に立つの」

「それくらいの時間なら俺とセレスティで作れるな」

「お任せください」


 最後にセレスティが頷く。

 ラウルも頷き返した。


「グイドさん、後方と全体を、お願いします」

「任せとけ。刺激したくねぇし矢も温存したいから基本様子見だがな。ただ射つときゃ射つ。なるべく声をかけてから射つが」


 緊急時は射つのが先になる、と続ける。


「はい。ヴァース、警戒よろしく」

『おれ様に任せとけー』


 気を取り直し、ラウルはいつ何が起きてもいいように身構え――たつもりに本人的にはなり――ながら、霧の中の道を進んだ。





 それら――その群れは、森の樹々の枝を、さざなみの音に似た静かさで渡っていた。


 追っていたもの――彼等の()()は立ち止まり、警戒しているのかしばらくの間動かなかったが、また緩い斜面を登り出した。


 乳白色の霧が常に漂うこの森は、棲息する生物も通常より聴覚と嗅覚が鋭敏だ。

 滅多に入り込まない『人』の匂いは異質で、すぐに分かった。


 何より――彼等の中に微かにある、芳醇な香り。


 それはある時急速に、その香りを高めた。

 群れの一頭が、樹々を渡る動作を止め、顔をもたげて流れる霧を嗅ぐ。

 群れ全体が動きを止める。


 周囲はつかの間、ゆるい風が枝葉を揺らす、樹々の騒めきだけになった。



 数呼吸後。


 唐突に、そして一斉に、群れは枝を鳴らして駆け出した。







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