1 さわやかな森の不穏な一行(その2)
太陽は次第に高く上がり、樹々の間から差し込む陽射しが増えると、冷えていた空気も少しずつ温まり始めた。
森の中は何の問題もなく、一行はただの散策と変わらない空気の中を進んだ。
誰かこの森で行き合わせたとしたら、一行の組み合わせと物々しい装備を何事かと思っただろう。
拍子抜けする思いもあったが、今までの自分の生活を考えてみれば当然だ。
「この辺りでぽんぽんと何か出てたら、そもそも俺が暮らしていけないし」
もうとっくに喰われている。
腕を組んで頷くと、『それでもご主人はこれまで運が良かったと思うぞー』とヴァースが遠慮なく声を上げる。
『あんなへっぽこで良く今まで森で無事に暮らしてきたよなー』
「ぴい!」
何やらオルビーィスが抗議の声を上げる。
『そんなことないって? いやいやオルー』
「ぴいぴい!」
『おれ様はご主人のへっぽこぶりをがっつり見たしー』
「ぴいぴいぴい」
『お前もあの夜の、戦いっぷり見ただろー? 戦いっぷりっていうか戦えてなかったっぷりっていうかさー』
「ぴ! ぴぴー!」
『うんうん、わかったわかった、良く分かったってー』
オルビーィスは胸を反らせ、ラウルの首に長い尾をくるんと巻き付けた。
「ぴぃ!」
『オルーがご主人を守るってさー』
くわあ、と顎を開く。まだ小さな牙がそれでも鋭く存在感を放っている。
『とっておきがあるから任せろってさー』
なんだかじわっと涙が出てきた。
「ありがとうね、オルビーィス。でも俺は自分の身は自分で守るから、オルビーィスはまず自分の命を大切にするんだよ」
青い瞳をぱちり、と瞬かせ、首を伸ばして頬をラウルの頬へ擦り付ける。ひんやりとした鱗が心地よい。
「えへへ……」
「お前それ、手放せるのか?」
グイドに言われ、何度も同じことを考えていたラウルはうっと口篭った。
「まあ帰すしかねえけどな」
歩きながらグイドは、時折視線を樹々の間へと動かしている。
「何かいますか」
気付いたセレスティがグイドと同じように辺りを見回した。
「――いや。この辺りは至って平穏なもんだ」
双子が顔を見合わせたのをみれば、ラウルだけではなく二人――特にリズリーアもほっとした様子だ。
明るく話していて分かりにくかったが、やはり不安はあったのだろう。
(このまま、山頂まで行ければいいんだけど)
ただ――
目指しているのは、あのきりふり山の山頂なのだ。
普段は立ち入る者もなく、深く霧が立ち込め、危険な獣、魔獣が棲む。
そして、遥か千三百間もの高みに悠然と存在する、きりふり山の主――
そこに踏み込んで、無事で済むはずがなかった。
二刻ほども歩いただろうか。
ラウル達は目指すきりふり山の麓に着いた。
麓と言ってもラウルが鉱石を掘る坑道よりも高いところの、形ばかり『登山口』と呼ばれている場所だ。
「高ぁい」
リズリーアが首を逸らし、更に背中を反らして樹々の合間から覗くきりふり山の姿を見上げる。
「全然近づいた感じしないし」
「すごいねぇ。首が痛くなるねぇ、リズちゃん」
「見上げてるとひっくり返りそうだよねー」
標高およそ千三百四十間(約4,000m)。その山頂に辿り着いた者の話を、ラウルは身近で聞いたことがない。祖父でさえ登ったことがあるとは言っていなかった。
麓は森が覆い、その上 七百間(約2,100m)までは森から上がる霧が常に山体を取り巻いている。
まだこの辺りは霧もないが、心なしか、森の中を緩く登っていく登山道は今いる場所でさえ薄暗く思えた。
「ここから先は斜面がきつくなる。足元も霧で濡れてて滑るぞ。気をつけろ」
グレスコーが言い、
「私が先に」
とセレスティがまず細い登山道へ踏み込んだ。
「次あたし!」
と進みかけたリズリーアの外套をグイドが掴む。
「まてまて」
「俺が先に行くよ」
ラウルがセレスティに続く。リズリーアは不満そうだがグイドは頷いた。
「隊列はセレスティ、ラウル、双子、それから俺だ」
一行がいよいよ登山道に踏み込んだ、ほんの少し後――
足元の草と落ちた小枝を微かに鳴らし、一行を追いかけるように登山道に踏み込む影があった。