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11 出発(その1)

 

 翌朝は鳥の囀りが始まる前に起き出し、ラウルは井戸で顔を洗うと、朝食用の水を素焼きの壺に汲んだ。

 顔を上げた空はまだ星を瞬かせている。

 あと半刻もすれば、あの星の光もすっかり太陽の輝きに隠れてしまうだろう。今日もよく晴れそうだ。


 ラウルの肩でオルビーィスが翼を広げて軽く風を扇ぎ、ラウルの顔の横で首を空に伸ばす。


「飛びたいのかな? 良い天気になりそうだもんね」

「ぴぃ!」


 いつでも出発できると言うように胸を張る。


「オルビーィスは準備万端だね」


 微笑んで、それからふと一抹の寂しさが込み上げた。

 順調に行けば明日には、オルビーィスとはお別れだ。

 十日も一緒にいただろうか。


 ほんの短い間なのに、オルビーィスの真っ白な鱗や空色の青い瞳が常に傍にあったような気がする。

 目頭がじわりと熱くなり、ラウルは慌てて目元に手を


「痛ぁ! オルビーィス、髪の毛、髪の毛を引っ張っちゃダメ!」


 ラウルの髪の毛の端を咥えぐいぐいと引っ張っている。


「抜けちゃうから!」

「朝から元気だな」


 オルビーィスの口を開けさせようと四苦八苦しているところへ、グレスコーの声がかかった。

 ちょうど玄関から出てきたところだ。


「ラウルを困らせてやるなよ」


 子供にでも声をかける口調でそう言い、ラウルと同じように井戸で水を汲み上げ、顔を洗う。


「へへへ。やんちゃで。その時その時、一つ一つ教えないとです」


 ようやく髪を離したオルビーィスを目の前に持ち上げ、「髪の毛を引っ張っちゃいけないよ、痛いしね」と言い聞かせていると、鍛治小屋の扉が開きセレスティが出てきた。

 ラウルよりも早く起き出し、鍛治小屋に籠っていたようだ。


 グレスコーが「おはよう」と声を掛け、


「決まったか?」


 と問うと、セレスティは頷いた。


「はい」


 剣が。


「決まったんですか? どの剣に?」


 ラウルも身を乗り出す。


 セレスティは八本の剣の内、この旅にどれを持っていくか、ずっと検討を重ねていた。

 何度となく大剣シュディアールを手に取ろうとしては重さ故に断念するを繰り返し、ラウルはハラハラしていた。


「はい。この剣をお借り致します」


 セレスティはラウルへ、剣を両手で捧げるように示した。

 剣を見て目を見張る。


「ノウム」


 打つ時に、「君の好きなように打てばいい」と言ってくれていた両手剣だ。

 今いる剣達の中では、一番セレスティに相応しいかもしれない。きっとセレスティの役に立ってくれるだろう。


「ノウムを選んでくれて、ありがとうございます。よろしくお願いします」


 我が子を認められたような気分だ。

 ラウルは深々と頭を下げた。


 家に戻るとラウルは暖炉に残っていた炭で湯を沸かし、この春摘んだばかりの香りの良い茶葉でお茶を淹れた。


(あとは、双子――)


 寝室を双子に譲ってラウル達男三人は居間でごろ寝をしていたから、まだ二人が起き出していないのは分かる。

 今日は朝の七刻に発とうと決めていたが、そろそろ六刻になる。


「うーん」


 扉の前に立ち、ラウルはどうしようか、一度唸った。

 旅の仲間が揃ったことに一度は浮かれたものの、いざ出発となると、()()()()がやはり問題だと思えてきたのだ。


「起こさねぇって手もあるよなぁ」


 と言いつつグレスコーが後ろを通り抜ける。


「はい。うーん」

「起こしてあげましょう」


 朝食の用意をしながらセレスティがやんわりと笑う。


「十六歳はもう大人です。でもまだ純粋な」

「はいはい。俺は擦れた大人だよ」

「ふふ」


 おどけるグレスコーに「それが頼もしいのです」と返す。


 十九歳のセレスティがラウルよりも歳上のように思える。

 肩に乗ったオルビーィスの尻尾が背中を叩く。


 ラウルは頷き、寝室の扉を叩いた。





「いよいよ出発だね!」


 リズリーアは元気一杯に朝食をたいらげ、水色の瞳を輝かせた。


「昨日、法術の準備、念入りにしちゃった。特にあたしに期待されてるのは治癒だよね。必要になったらすぐ言って。一日一人、そうね、一回ずつくらいなら完璧に治してあげる。切り傷程度ならだけど」


 うきうき。

 きらきら。

 ごそごそ、と足元に置いた肩掛け鞄から巻物を取り出す。


「これ。中級の治癒とか覚えたいから巻物持ってくんだ。あっ、中級は骨折とか対応できるんだけどあたしはものは試しにって感じだから、治らなかったらごめんね。努力するけど。あと、内臓系とかは上級にならないと無理だから、内臓傷付けないように注意してね」

「おお。骨折の対応は有り難い。上級ならば内臓も治癒できるとは……」


 セレスティが関心しきりに頷いている。


「そんな術士はここらにゃいねぇ。ちゃんと内臓系は守れよ。骨折もこいつに直せる保証はないんだぞ」

「母様は治せるよ! だから私もやればできるもん」


 得意満面だ。

 うん。


 ラウルはリズリーアとヴィルリーアに向き直った。


「リズ。ヴィリ」


「な、何?」


 ラウルの表情に、リズリーアはやや顎を引いた。耳の下までの黒髪が警戒気味に揺れる。


「もう一度確認するけど、君たち、本当にボードガード親方から依頼された?」




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