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10 If Winter comes, can Spring be far behind ?

 

「それで? その後は?」


 リズリーアが膝を詰める。

 ラウルは「それで今に至るんだ」と微笑んだ。


「それで今、俺はここに引きこもって暮らしてます」


 語る間に、オルビーィスが頭を、膝に置いたラウルの手の下に突っ込んでいる。


(可愛いなぁ)


 重苦しくなっていた心がほんわりと暖かくなる。


「俺が至らなかった。それだけなんですが」


『そんなことねーよー。今どき、決闘なんてよー』


 ヴァースが声を上げる。しっかり聞いていたようだ。


(君は何歳だ?)


 ラウルはくすりと笑った。


『だいたい決闘なんてご主人に著しく不利じゃねーかよー。剣の腕なんて無いに等しいへっぽこなんだしなー』

「うう」


 こと戦闘について、ヴァースからの評価を覆すことは多分できないと思う。

 それはさておき、ラウルの剣の腕云々以前に、レイノルドの剣の腕はかなりのものなのだ。

 逃げたと思われても仕方がない。


「それっておかしいと思う! だって決闘なんて、もう他じゃほとんどやってるなんて聞かないもん!」

「ぼ、僕も、そう思います……」


 拳を固めるリズリーアの隣で、おずおずとヴィルリーアが口を開く。


「ラウルさんがそれで責任を問われて、廃嫡なんて……そんなの……」


 セレスティも引き締まった誠実な面に抗議の色を浮かべている。


「本来、上役でもあるヨルン伯爵殿が正しい判断を下すべきことだったと私は思います」

「貴族の詳しい事情なんてわかんねぇが、オーランドはしきたりを重んじる家のようだしな」


 グレスコーが言うと、セレスティは「それはそうですが」と眉を寄せた。


「爵位は当主の思惑だけでどうこうなるものではありません」


 そう言ってラウルを見る。

 その瞳は鋭い。


「長子の貴方が廃嫡となった場合、本来次男である弟君が爵位を継ぐものでしょう」


 セレスティの言う通り、それが通常だ。


「それも、考慮されての上ですか?」

「そうです。エーリックは十四歳で、まだ爵位を継ぐには幼いと判断されたんです」

「国王陛下だって、王位を継いだ時まだ御年六歳だったじゃない」

「陛下は、特別でいらっしゃるから――。それにオーランド領が豊かで落ち着いてたなら、判断も違ったんだと思う」


 セレスティが膝をつめる。


「王城まで上げれば、そのような話は再考されると思いますが」

「へ……?」


 間の抜けた返しになった。


 王城。


 ぶんぶんと首を振る。


「え、いやいや、王城なんて、まさか、うちみたいな小さいところは」


 わざわざそんなところまで上げる話ではない。

 王城は物理的にも、地位的にも遠く、それなりの祭事がない限りは行くことがない。


 もう一度セレスティが首を振る。


「爵位の高低は関係ありません。国に仕える貴族として、我々は国家、王家に資する責務がありますが、王家は我々を庇護する責務を持つのです」


 爵位が一つ上がると精神的な面での教育が異なるのか、それともセレスティならではのものか、ラウルは自分がそこまで考えたことがなかったと感心した。

 考えてきたのはオーランドの中のことばかりだった。


「正しい判断を陛下に委ねましょう」

「そうだよ! 行こう! 王都行こう!」


 リズリーアが膝を立てる。


「いやいや――」


 ラウルは止めるように両手を上げ、「いいんです」とセレスティを見た。


「お気持ちはありがたいですけど、実際、俺は今の生活に不満があるわけじゃないですし、剣を打つのも好きです。ちょっと好きと腕が釣り合わないですけど」


 父が手に負いきれなかったものを、エーリックに負わせたくなかったのもある。

 だからラウルは爵位が叔父に移るとなった時、反対しなかった――


 いや、安堵した。


「それに」


 これが一番、肝心だ。


 セルゲイは子爵位に就きオーランド領を引き継ぐと、新たな事業に着手した。

 新たな水路を農地に引くことと、農地の改良。

 水路を引く為の労働者へ賃金を出すことで農作物の不作に対応し、一年の間土を休ませたことで、今年の収穫は数年振りに豊作と言えるようだ。

 飛空挺の停車地の候補地にも手を上げている。


「セルゲイ叔父の方が、ずっと上手く領地を経営してくれています。本来俺が負うべき重責を背負ってくれているんです。だから、このオーランド領が豊かになるなら、俺はそれで良いんです」


 セレスティはそれでもしばらくの間ラウルの瞳を見つめていたが、頷いた。


「分かりました。オーランド子爵家の問題です。これ以上口を出しますまい」

「ええー、あたしは王都に行くべきだと思うけど」


 リズリーアは頬を膨らませている。


「行こうよ王都。みんなで。だいたい何で決闘に遅れたのー?」

「リズちゃん、僕たちがまず行くのはきりふり山だよ。当初の目的でしょ?」

「でもぉ」


 ラウルは場を見回した。

 必要なことは伝えられただろう。


「ええと。まあ俺の過去というか、そんなところです。頼りなくて、きりふり山に行くのに不安になったら、遠慮なく言ってください」

「俺ははなから知ってたから不安も何も無いぜ。まあ強いて言やぁきりふり山に登ることそのものだが」


 グレスコーがさらっと告げる。


「あたしも! 全然行く! だってあたし、ラウルのこと嫌いじゃないし、法術練習したいもん!」


 ん?


 今の、もう一回――

 でも実は練習台とか、建前だったり――


「ぼ、僕は、僕も、ええと」

「ヴィリはあたしよりずっと実践練習が必要でしょ。行くよ。盾役がいる機会なんて滅多いないんだから」

「うん」


 うん。

 練習台だ。


「ラウル」


 セレスティの手が、ラウルの前に差し出される。


「私も、ラウルの過去がどうであっても出会ったのは今です。ラウルと共に、この一行できりふり山に登る意思は変わりません」


 ラウルはセレスティの手を握った。


「――嬉しいです」


 やはり後ろ指を刺されてきた過去は、自分ではどうしても、他者の信頼を得られないのでは感じてしまう。

 服が何か引っ張られるな、と思って目を向けると、オルビーィスがラウルの服をよじ登っているところだった。

 肩に辿り着くと背中に尻尾を垂らし、ゆっくり揺らし始めた。


『よーし、まとまったなー。ならこの場はおれ様が締めてやろう』


 ヴァースが嬉々として声を出す。


『過去は謂わば今の素材なんだぜ。今の自分を構成するものの一つ一つだ。溶け合った今、一つだけ弾くこともできねーし分解して打ち直すこともできねー。そのまんま、付き合ってくしかねー』


 なんか哲学的だ。


『けど、ご主人がここに引きこもったおかげで、この国宝級宝剣であるおれ様が生まれたんだ。ご主人は今を誇ればいいんだよ』


 なんだ、自画自賛か。

 ヴァースがラウルを褒めるとヴァースを打ったラウルとして、何かラウル自身が自画自賛している複雑な気持ちになる。


「その通りです」


 とセレスティが力強く頷く。

 それから、


「貴殿の後悔とはまた種を異にするのだと思いますが、私も後悔していることがあるのです」


 そう言った。


「セレスティに?」


 ラウルは首を傾けた。


「六年前の戦乱――動乱とも申せましょう。まだ若く力も無かった私は、何の役にも立たぬまま新たな世を迎えました」


 六年前、セレスティは十三歳か、十四歳になったばかりだっただろう。


「この辺りの方が魔獣の流出も多く、より被害はあったかと思いますが、北ゴーズも戦地にこそならずとも、街道沿いは荒れ、獣などの被害が無い日を数える方が早かったように思います」

「でも、それはセレスティ個人の問題じゃあないでしょう。そもそも十三、四の子どもに何かできたとは言い難いです」


 それを言ったらラウルなど、当時もう十九になっていた。何事か成せる歳だ。

 けれどセレスティのように自分が戦乱の中で兵士として役に立つべきだ、と思ったことが無かった。

 戦場を恐れたというより、考えたことがなかったから。


「そうは思っても、あの時――と、時折考えてしまうのです。だからこそ、今回きりふり山に登って、オルビーィスを親元に返し、自身がこの手で何かを成せるのだと示したい」

「――」


 ラウルも、同じ想いを心の奥底に感じた。


 きりふり山に登り、主である竜の巣を――竜を見つけ、オルビーィスを返す。

 危険で途方もなく思える冒険を、自分たちの力で成し遂げることができたら。


 ゆっくり息を吐く。


「――はい。オルビーィスを必ず、親元に返しまし痛いっ」


 オルビーィスがラウルの耳たぶに噛み付いている。


「イタタ、イタタっ、オルビーィスっ」


 本気ではないが、かなり抗議の意思がこもっている。


 ――ここに居る!


「オルー!」


 周りの協力で何とかオルビーィスを引き離したラウルは、オルビーィスを膝に乗せ、人を噛んではいけない、もちろん自分の命が危ない時は別だがそれもほどほどに、と懇々と諭した。










タイトルはシェリーの詩「西風の賦」の一節です。

「冬来たりなば春遠からじ」

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