5 四人目/狩人、そして案内人(その1)
リズリーアとヴィルリーアが訪ねて来た翌日。お昼に差し掛かった頃だった。
煮炊きの煙が煙突から薄らと、樹々の枝葉を越え、雲の多い空へと上がっていく。
その煙を目印に、男が一人、ラウルの小屋へと続く森の中の道を軽々とした足取りで歩いている。
膝丈の短い外套とその下の上下の服。なめし革の靴と服の上に重ねている年季の入った革鎧に至るまで、全て薄茶色で統一され、樹々の中に溶け込みそうだ。
肩に負っているのは四尺(約120cm)ほどの短弓と矢筒。腰の背中側には使い込んだ短刀を一振り帯びている。
五十歳近いだろう陽に焼けた面は、左頬から左耳にかけて切り傷を刻み、とっくに癒えているそれがほんの少し引き攣れている。こめかみから下を剃り上げた灰色の髪は、頭頂部だけ長く伸ばして後ろで括っていた。
太い眉の下の灰色の瞳が、樹々の合間に目指す家――ラウル・オーランドの住まいを見つけ、男は首を一つ、回した。
ほどなく辿り着くと、男は三段の階段を二歩で登って張り出した庇の下に立ち、丸太を組み合わせた玄関扉を拳で叩いた。
「ラウル殿はいるか」
張りのある声が家の周りの空地に流れる。
扉の向こうで人が近づく気配。
扉が開く前に男はもう一度声を張った。
「グイド・グレスコーだ。今回の件、アーセンの奴から頼まれた」
扉が開くのと驚いた声が返るのとが同時だった。
「――グレスコー……さん?!」
迎え出たのは家の主人であるラウルで、取っ手を掴んだまま身を乗り出し、グレスコーという名にまじまじと目を見張った。
グレスコーの言ったアーセンとは竜舎のボードガードの名前だ。アーセン・ボードガード。
そのボードガードから頼まれたというグイド・グレスコーのことを、ラウルは直接の面識はなかったが、人づてに何度も聞いて良く知っていた。
ボードガードが飛竜の卵を採取に行く際、必ず伴う狩人で、弓の名手。
六年前、戦乱で国が荒れた。治安が乱れ、この辺りでも魔獣が跋扈しキルセン村にも被害が出たが、グレスコーはその際キルセン村周辺の魔獣討伐に参加し、一年で百頭以上の魔獣を狩った。
その後、王都で新王から勲章を授与されている。
長弓で百間(約300m)先の的を射抜いた逸話や、弓に矢を三本番え同時に三羽の鳥を撃ち落とした逸話は有名だ。
アーセン・ボードガードと並ぶ村の名士であり、英雄でもある。
「えっ……、ボードガード親方が、今回のために、貴方を?」
まだ驚きが抑えられないまま、とにかくラウルはこの名狩人を室内に招き入れた。
グレスコーは外套を脱いで室内に入りつつ、ラウルの問いに頷く。
「きりふり山に登る無謀な奴がいるから、手伝ってやってくれってな。先に何人か来てるはずだが」
台所から顔を覗かせたセレスティを見て頷き、それから暖炉の前の絨毯の上に座っていたリズリーアとヴィルリーアの二人へ視線を移した。
若い二人がいることにほんの少し訝しそうな顔をしつつ、「全員は揃ってないか」と独りごちる。
ラウルはまだ状況が呑み込みきれず、やや下にあるグレスコーの顔を見た。
「貴方が手伝ってくださるんですか? 本当に?」
グイド・グレスコーが。
「ああ」
とグレスコーはことも無げに答えたが、今回の冒険にこれほどの人物が加わってくれると思っていなかったラウルは驚きと興奮が抑えきれない。
「すごい……あ、ちょっと待っててください、今お茶を! どうぞ、あの、暖炉の前に……! お昼を召し上がりますか?!」
「気を使わなくていい。ちょうど昼時に来ちまって悪かったな。弓をここに置いていいか?」
扉の脇を指すグレスコーに何度も頷く。
「いえ、なんにも、全然です。お昼、ぜひ! セレスティが作ってくれてるのもあってとても美味しいです! 人数分以上ありますんで! お代わりもありますんで!」
何といってもオルビーィスの分がある。
グレスコー一人が加わっても何ら問題はない。
「下にも置かない扱いってこのことね」
暖炉の前にぺたりと座ったままリズは呆れた様子だ。
ヴィリは感心したように
「それだけ凄い人なんだねぇ。リズちゃんは知ってる?」
とのんびり言った。
リズリーアが目を剥く。
「え、ヴィリ、聞いたことないの? あの時イル・ノーでもしょっちゅう名前聞いたじゃない。軍の話とか、ちょっと気にかけてれば耳に入ってきたよ」
「そ、そうなの……?」
「まったくぅ。ヴィリったらいっつもぼーっとしてるんだから」
「ぼーっとなんてしてないよう」
「してるもんね」
「してないよう」
むうっとヴィルリーアが頬を膨らませる。
リズリーアはその頬をつついた。
猫がじゃれるような会話に微笑みながら、セレスティが前掛けを外してグレスコーへ近寄り、姿勢を正して片手を差し伸べた。