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1 一人目/戦士は御前試合に出たい




章タイトルはオマージュです



 


「セレスティ・ヨハン・バルシュミーデと申します」


 青年はそう名乗り、剣を打って欲しい、と告げた。






 念の為、ヴァースを鍛冶小屋に、他の剣達と一緒に壁に掛けた。


「ヴァース、オルビーィスをここに呼んで、隠れてるよう言っておいて」


 小声で頼み小屋を出て、ラウルは外で待っていたセレスティを母屋の居間に案内した。待っている間も背筋をピンと張って姿勢が良い。


 暖炉に火を入れセレスティにその前の椅子を勧める。セレスティはかっちりした動作で腰掛けた。鎧は脱いで戸口のそばに置いてある。


 お茶を淹れて戻ると、セレスティは暖炉の火をじっと見つめていた。やはり背筋は整然と伸び、首だけ傾けている。

 軍人みたいだな、と思った。

 ただ軍服でもないし、鎧もちぐはぐだが。


 お茶を勧め、ラウルも椅子に腰掛けた。


「改めて、私はラウル・オーランドと申します」

「先触れもなくの訪問となり、失礼いたしました」


 とまたセレスティが上体を伏せる。

 顔を上げるのを待って、ラウルは問いかけた。


「あの、バルシュミーデというと確か、フェン・ロー地方の伯爵家の?」

「はい。決して広大とは言えませんが、北ゴーズ一帯を預からせて頂いております。家は昨年、兄が継ぎました。私は四男のいわゆる穀潰し、他に兄が二人、姉が一人、弟が一人おりまして、さほど広くない館に居場所もなく。故に一念発起して半年前に家を出た次第です」


 以来旅をしているのだ、と言う。

 セレスティの言うことはラウルにも馴染みがある。貴族の次男坊以下は長男と扱いが異なるのが一般的だ。


「一念発起、というのは」

「はい」


 セレスティは整った、凛とした面をまっすぐ持ち上げた。

 何歳くらいだろうか。

 ラウルと同じ二十四歳くらいかもう少し上――同い年ならばなんとなく嬉しいな、と、その面差しと所作を見る。


「王都に出て、御前試合で我が身の価値を測りたいと愚考致しました」

「御前試合――来年の?」


 そう言えば、そんなことを聞いたような、と首を傾げる。

 セレスティは頷いた。


「おお。ご承知の通りです。さすがは名鍛治師殿。まさに来年の四月に、久方振りに王都で行われるそれを目指しております。なにせ前回の開催より十年近く過ぎておりますので」


 多くの志願者がいるだろう、と。


「私はその為にまず武芸を研鑽し備えたいと、場を求めて旅をしていたところ、我が家も世話になっていたキルセンの竜舎のボードガード殿より、貴殿のことをお聞きしました。なさりたいことがおありとか」


 話が、見えてきた。

 ラウルは脈拍が高まるのを感じた。


 きりふり山に登るための――


(親方、ありがとうございます)


 伝手(つて)を探すと言ってくれて、さっそく声をかけてくれたのだ。

 心強い助け手が現れた。


「共にきりふり山に登る者を探しておられると」


 セレスティはラウルを見つめ、にこりと微笑んだ。

 凛々しい面に少し幼い印象が加わり、好ましい。


「どうか私に、道中を共にさせて頂きたい。まだまだ研鑽中の身ではありますが、剣は手に馴染んでおります。貴殿の目的を果たされたのち、私がお役に立ったとお認め頂けるのであれば、剣を打って頂ければ」


 とても有り難い申し出だった。


 ただ、一つ。

 大きな問題が。


「あの」


 ラウルは姿勢を正した。


「ご協力のお申し出は大変有り難いですし、是非にもお願いしたいのですが」

「はい、是非」


 にっこり。

 屈託なく笑う。

 何という好青年。


「私の方が、バルシュミーデ殿のお役に立てるかどうか」

「と、申されますと」

「ボードガード親方の言うとおり剣を打ってはいるのですが、伝説の、と言うのがちょっと……だいぶというか、完全に誇張というか」


 セレスティの生真面目な瞳がラウルの説明を待っている。


「すみません」


 とラウルは深々と頭を下げた。


「伝説の、というなら多分、先代のことでしょう。王都からも依頼が来たと聞いています。ですが先代は昨夏、亡くなりました。晩年は数を打たず、その手の作も全て手放し、ここにはお譲りできるものが残っておりません」


 いや、実のところ一振りだけ、残っている。

 けれどそれは、ラウルの手本として大切な一振りだった。

 手本と、それから――


「私はこの工房を引き継ぎましたが、駆け出しで、まだろくにまともな剣を打ち上げたことがありません」

「なるほど……」


 この好青年の期待に添えないこと、落胆されることはとても残念な気持ちになる。


 セレスティは自分の右手を見つめてほんの少し考えていたが、視線をラウルへ戻した。


「先ほどの小屋は、鍛治小屋でしょうか。剣を納めておられた。無礼を承知で申し上げますが、貴方が打たれた剣を見せては頂けまいか」

「えっ、あっ、いや、はい」


 挙動不審になりかけるところを極力抑える。

 ヴァースを小屋にしまったところはセレスティも見ているから、剣がないとは言えない。


 大丈夫だろうか。

 不安しかないが。


「あの、では、外へ」


 案内して鍛治小屋の扉を入ると、セレスティは戸口でまず足を止め「おお」と唸った。


 壁に立てかけられた大剣、その横に掛けられた十振りの剣。

 それらが美しい剣身を見せて並んでいる様は見栄え良く、目を引くものがある。

 見栄えだけだが。


「近寄っても?」

「うっ、はい」


 セレスティは近寄って剣を一振り一振り眺め、ややあって息を吐き、ラウルを振り返った。


「いずれも素晴らしい作品ではありませんか。これでもご自身は満足されていないということでしょうか」

「いや、そうでは」

「ぴぃ!」

「あっ」


 そうだった。オルビーィスがここにいたのだった。


 失敗したと思う前に、もうオルビーィスはセレスティの目の前でラウルの肩に降り立っていた。

 やや警戒気味に、頭越しからセレスティを覗いている。


 セレスティが目を丸くする。


「飛竜――? いえ、違いますね」

「あ、あの……」


 この状況、何度目だろう、と、ラウルは数日前からのことを頭の中で数えた。







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