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8 帰宅



 その後、兵隊長の前で色々と質問され、ラウルはことの経緯――川で流されてきた飛竜の卵を拾ったこと、家に連れて帰ったその夜に襲われたこと、取り戻しにきたことをひとしきり説明した。


 兵隊長が「妙な光を見た」と言った時はヒヤリとしたが、幸いヴァースも静か、フルゴルも光るのをやめていたおかげで、密猟者がなにか持っていたのではないかとか何とか、誤魔化すことができた。素人が危険なことをするなと叱られたものの、奇異な目で見られることがなかったのが幸いだ。


 それでもラウルが解放されたのは、現場の検分が済んだ明け方だった。

 樹上に白々と明ける始めた空が広がっている。

 澄んだ空気が森に満ち、早くも小鳥たちが囀りを交わしている。


 兵士が家まで送ってくれ――ることもなく、兵達が回収した飛竜の檻を個々に背負い森を抜けて行くのを横目で見送りつつ、ラウルも家へと歩き出した。痛み疲れ果てた身体で両手に重い剣を二本抱え、帰りの足取りは重度の酔っ払いのようにふらついた。


 ヴァースがずっと『もう一歩! もう一歩!』とラウルが足を踏み出せるよう応援してくれている。


(嬉しいけど、剣二本は重い……)


 戦いの時のように、勝手に動けるなら歩いてくれないかな、と思ったがそれはさすがにできないようだ。

 もう一歩も歩きたくない。体力の限界。気力の限界。限界ぎりぎりのところで、懐かしの我が家が見えた。

 つま先で地面に引きずる跡を残し、鍛治小屋へ差し掛かる。


「……そうだ、いちおう、帰ったって……」


 剣達に。


『律儀だなーご主人』


 鍛治小屋の扉を開く。

 ラウルは扉の枠に捕まりながら、小屋の中を見まわした。


「えと、み――みんな?」


 剣達ー?


「ぶじ、帰ったから――」


 声をかけたとたん、壁に掛けていた九振りの剣が身を揺すり、次から次に地面に落ちた。


 どさどさがしゃん、ずしん!

 最後のずしんは立てかけていた大剣が地面に倒れた音だ。


「ええ……」

『みんな喜んでるぞー』

「えぇ……ほんとぉ? うれしいぃ……」


 立てかけ直してやらなくてはいけないではないか。

 特に綺麗好きな剣(リトスリトス)をこのままにしておけない。


(文句言われちゃ、かなわないしね……)


 ラウルは半苦笑を浮かべ、鍛治小屋によろめき入った。

 と。


「ぴい!」

「え?」


 ばさりと、翼の音と共に白い影がラウルの肩に降りる。

 白い透き通るような鱗、まんまるな青い瞳。


「――君!」


 もうそれで、ラウルの体力は尽きた。

 剣達が重なり合っている前に、どさりと座り込む。そのまま仰向けに倒れた。ヴァースとフルゴルも一緒だ。

 フルゴルがギラギラと輝きを放ち、小屋の中を真昼のように明るく照らし出す。


 ラウルは覗き込んでくる子飛竜の、青い目を見つめた。光に照らされると空色に澄みわたる。


「君――、ここに戻ってたの……?」


 ぴい、ぴい、と幼い声が応える。尾っぽが合わせてぱたぱたと地面を叩いた。

 躯は子犬よりも大きいのだが、そんな仕草はまだまだ生まれたての赤ちゃんだなあ、とラウルは微笑んだ。


「そうか――無事でよかったよ」


 ぴい、と顎先が頬にすり寄る。ひんやりとした鱗が気持ちいい。


「そうか――」


 寝て。

 起きて。

 今日の出来事をちょっと、整理して。

 それからこの子に餌をあげなくては。お腹がだいぶ空いているだろう。

 ちょっとだけ、寝てから……


 視界がぼやける。このままここで寝てしまおう。

 もう最高に眠い。

 このまま寝たらどんなにか気持ちいいかと


 

 ――ごはん!


 

 顎先から、強い意志が伝わってきた。


「――」


 瞼が落ちかけた途中、ラウルは半目になった。


「……ごはん……うん……」


 ――ごはん!


 根性で目を開けた先、子飛竜は丸く青い瞳をラウルへ向けている。

 その目が如実に物語っている。

 僕はがんばったのだから、とてもおなかがすいたのだ、と。


「――んぎぎぎぎ……!」


 ラウルは渾身の力で身を起こした。


「食べざかり……食べざかりだもんね、きみは……」


 親は飲まず食わずで卵を温め、生まれたら休みなく餌を持ってくる。

 そうしなければ雛は育たない。


「待って――」


 剣達を壁に掛け直し、特に大剣にはもう倒れてはいけないと固く言い含めて、ラウルはふらふらと家へ向かった。

 子飛竜がふよんふよんと上下に羽ばたきながらついてくる。


 まだ拙い飛び方が微笑ましく、とにかく今は食べさせてあげなくては、とそれだけを思い、家に入った。


 

 

 

 

 その後、夕方まで爆睡した。

 目覚めた時はもう、傾いた陽射しが柔らかく窓から差し入っていた。

 大体夕方の五刻頃だろうか。

 明け方までのごたごたが嘘のように、室内は穏やかだ。


 深夜に荒らされた台所をひと通り片付け、割られた窓には板を張って当座をしのぐこととして、ラウルは居間に行くとよっこらせと暖炉の前の長椅子に腰掛けた。

 まだ眠い。

 ラウルが座る足元に、窓から暖かな陽射しが差している。


 子飛竜がふよふよと、ラウルの膝の上に降りる。

 そこを居場所と決めたのか、翼の下に首を突っ込むようにして丸まった。

 ヴァースは鍛治小屋に置かず、ラウルが座る椅子の横に立てかけている。何となく。お守り代わりというか。


 ラウルはあくびを一つ、それから長椅子の上で伸びをした。

 ふう。

 落ち着く。昨日は本当に頑張った。


『お疲れー』


 のんびりした声がかかる。

 この声に随分助けられた。


「ありがとう、ヴァース。頑張ったね、俺達。思い返すとほんと良くやったよ。ほとんど君とフルゴルががんばったんだけど」


 子飛竜が翼の下から顔を覗かせた。今の瞳の色はやや濃い空色だ。

 顎を開き、くぁあ、とあくびする。


「にしてもよく食べるなぁ、君は」


 おととい、弟達が持ってきてくれたものも含め、食糧庫にはもう残り少ない。

 ラウルの夕飯と朝食分を取り分けて、明日の朝までに子飛竜の胃袋に全て入ってしまう。


「うふふ」


 震える。

 痺れる。

 飛竜が高い理由が良くわかる。


「明日、村に買い出しに行かなきゃな。その時君を竜舎に連れて行ってあげるよ」


 ぱちり、と目が瞬いた。

 首が持ち上がり、ラウルを見上げる。


「あれ、竜舎ってわかる?」


 首を傾げる。


「さすがにわからないか。竜舎にはね、君みたいな飛竜の子がいっぱいいるんだよ。ボードガード親方の竜舎に行けば大切に扱ってもらえるし、身体の特徴から巣がわかるかもしれない。そしたら連れて行ってもらえるよ。君はお母さんに会いたいよね」


 ぴぃ。

 一瞬、この子の親が無事でいるかどうか、ラウルの心の中に不安がよぎる。


『巣なんてもうねぇよ』


 あの密猟者達が、この子の巣を襲ったのだとしたら――

 ぴぃ。


「あっ、違うよ、君の親は――」


 子飛竜はラウルのお腹に頭をぐりぐりと、甘えるように押し付けた。


 ――ここにいる!


 声がそう流れ込む。

 ラウルは目を見開いた。


「う……嬉しいけど、ここにいちゃ、お母さんと会えないよ。俺はきちんとした世話の仕方も知らないし」


 ――ここがいい!


 ぱちりと瞬く丸く青い瞳が愛らしい。

 もう一度、頭をぐりぐりと押し付ける。

 ラウルは思わずうふふ、と笑み崩れた。


「困ったなぁ」


 とまんざらでもないデレた口調で呟く。


 ラウルに巣が探せるだろうか。

 樹々に聞いて歩けば何とか分かるかもしれないが。

 問題はその先だ。


「場所がわかっても、飛竜の巣は俺なんかじゃ辿り着ける気しないしなぁ」


 ぐりぐり。

 うふふ。


「やっぱりボードガード親方に頼んで、誰か一緒に行ってもらって」


 すりすり。

 えへへ。


 かみかみ。

 にはは。


『微笑ましいとこ悪いけどご主人、こいつは飛竜じゃないぞ』


 長椅子の横に立てかけていたヴァースがしれっと告げた。


『竜の仔だ』

「竜――?」


 ラウルはヴァースの言葉の意味がしばらく掴めず、あどけなく見つめてくる子飛竜を見下ろした。

 子飛竜――ではなく。


「――えっ、竜? えっ、竜?!」


 思考が一瞬停止した。


 じっと見つめてくる小さな姿は、長い首と広い翼と、長い尾――

 言われてみれば、飛竜の体付きよりも胴体ががっちりしているかもしれない。それに爪もなんだか鋭いような。


 白く澄んだ鱗も、生まれたてだとやや薄いのだとは聞いたことがあるが、飛竜の鱗の色としては確かに聞かない。緑、赤、黒、銀。飛竜の鱗は基本この四色だ。


「――竜って……」


 どうしよう。

 どうすればいいか、すべきことが咄嗟に思い浮かばなかった。


 竜となると、竜舎は対応してくれるだろうか。


(無理かな……竜舎は当然飛竜第一だから……)


 他の飛竜に影響があることは受け入れ難いかもしれない。

 竜舎で引き受けてもらえない場合、この子を巣に帰す為にはどうしたらいいのだろう。


 そもそも竜の巣がどこにあるのか、竜舎でも知っているかどうか。

 滅多やたらに存在する相手ではない。


「――あれ、ん?」


 ラウルはふと、一年中霧をまとって聳える山を思い出した。


「いや――、もしかして……」


 きりふり山の、(ぬし)


 周辺の魔物さえ近付くのを恐れるという主は、ひょっとしたら竜なのかもしれない。

 この子を拾ったのはきりよせ川だったのだし。


「君は、主のとこの子かな……」


 子竜はラウルの問いかけが分かっているのかいないのか、首をちょこっと傾げた。


「どうだろう。でももしそうなると、俺はきりふり山を登ることになるのか……」


 無理だ。

 標高一里(約3Km)を超える急斜面の山なのだ。

 それに霧がかかる中腹辺りは樹々が生い茂り、迷いやすい。


 子飛竜――、ではなく、子竜がぴい、と鳴いてラウルの手に頭を擦りつける。

 どうしたら良かろうかと思案に暮れていたラウルは、その仕草についつい微笑んだ。


「まあ、どうにか君のお母さんを探すよ。安心して。それまではうちにいる?」


 ぴい。

 首を縦に振ったかと思うと、膝の上でくるくると回る。

 喜んでくれている様子にじわりと愛おしさが膨らんでくる。


 その内子竜は自分の尾を追いかけ始め、ひとしきりぐるぐる回ってぱたりと倒れた。目が回ってしまったようだ。


「あらあら」


 へへへ。

 めちゃくちゃ愛くるしい。

 このままここで育てたいという思いが湧き上がる。

 けれど竜ならばなおさら、巣に帰さなくては。


(方法を探そう)


 でもそれまでは、この子は食べなくてはいけない。

 一人きりのこの生活は気に入っているが、しばらくの間小さなお客さんをもてなすと思うと気持ちが弾んだ。


「君――」


 ラウルはひっくり返っている子竜を見つめた。


「君とだけ呼び続けるのもね。名前がいるよね。お母さんが付ける本当の名前があるだろうけど、君が家に帰るまでは、名前がないと。俺が考える名前で呼んでいいかな」


 子竜が身体を起こして首を持ち上げ、こくりと縦に振る。

 印象的な瞳が上下した。

 それだ。


 最初に見た時から、思っていた。


「オルビーィスにしよう。君の目は綺麗な宝珠みたいだから」


 宝珠に喩えた双眸が、嬉しそうにぱちりと瞬いた。






 

 

 


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