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  森の中の戦い(その2)


『ご主人、おれが動く、自分を捨てろー!』

「ええ……」


 どうやって、と思ったが、もう自分の意思で身体を動かすことはあちこち痛いし辛いし難しい。

 ヴァースを握った右手が勝手に動いた。

 追い縋る男の鼻先をヴァースの切先が掠め、先頭にいた男が足を滑らせて転がる。続く仲間に踏まれて上がる苦鳴。


『もいっちょー!』


 剣が腕を引っ張り、真横にぶんと夜を薙いだ。ラウルへと振り下ろされていた剣を弾く。


『右に一歩ー!』


 剣に引っ張られる形で足を踏み出す。目まぐるしくて何が何だかわからない。


「腕が痛い!」

『根性根性ー!』


 ヴァースの剣の平が縦に、突き出された剣を防ぐ。

 そのまま弾きつつ振り被り、背後に寄った一人の剣を背中で叩き落とす。ラウルからは見えていないのに寸分の狂いもない。

 ぐるりと身体が回る。


「ぐえ」


 横薙ぎ。二人の剣を同時に弾く。

 驚くべきは、ヴァースが的確に相手の剣を弾き、その勢いで転ばせ、混乱に陥れていることだ。怪我を負わせてもいない。


「すごい」


 すごい、けれど。

 ラウル自身が保たない。

 優れた剣も使い手あってのものだ。


「もう、む……」


 ぐん、と身体が剣に引っ張られた。フルゴルと子飛竜を入れた檻が手から滑り地面に転がる。


「あっ」


 檻の片側が外れ、鳴き声と翼の音が聞こえた。

 屈もうとして足がもつれ、ラウルは地面に転がった。


 目の前に男が立つ。あの首領だ。怒りに歪めた顔で、自分の持つ剣をラウルへ、突き下ろした。


「フル――」

『フルゴル!!』


 ラウルとヴァースの声が重なる。

 地面に転がっていたフルゴルが再び雷光のごとく輝いた。


 ラウルの左肩横に、首領の手から零れた剣が突き立つ。二度光に焼かれた両目を抑え、首領は低く怒りを吐き出した。


「この……、クソ野郎が……ッ」


 フルゴルの輝きの中を翼の音と共に影がよぎり、首領の後頭部に広げた小さな鉤爪が掴み掛かる。


「ぎゃッ!」


 子飛竜だ。

 子飛竜は一度羽ばたいて離れ、浮いたまま口を大きく開けた。


 ラウルの首の横に突き立っていた剣を首領が掴み、もう一度振り翳した。


 ぼひゅん!


 あまり聞かない音に続いて、どこからか冷たい風が吹き付けた。

 首領が振り上げた剣の刃が一瞬、白く曇る。


「冷っ」

「剣を捨てて、両手を上げろ!」


 不意に木立の間に響いた鋭い声は、ラウルとも、密猟者の男達とも違うものだった。ヴァースのものとも。


 顔を上げた首領の男は、森の中に揺れる幾つもの角灯の灯と、近付いてくる十数の人影を見つけ、それが何者かを悟って憎々しげに呻いた。


「くそ――」


 警備隊――いや、ラウルの目が角灯の灯りの中に捉えたのはロッソの警備隊のものとは違う、夜目に黒い軍服だ。


「軍……」


 密猟者達が次々と拘束されていく。

 どっと、体の奥底から安堵が噴き上がる。


 命拾いしたが、一体なぜ今彼らがここにいるのかと疑問が浮かび、それから昨日の弟の言葉を思い出した。

 エーリックは村の竜舎が街の領事館に相談していると、確かそう言っていた。


「もう、森に入ってたのか……」

「立て!」


 ぐいと腕を掴まれ、引き起こされた。


「へ?」


 三十代位の兵が中腰になったラウルの腕を掴み、厳しい顔で見下ろしている。


「お前もだ。エル・ノーに連行する」

「……え、いやいや俺は、その」

『おれは巻き込まれただけだー! 見りゃわかるだろまちがえんなぼけー! すっとこどっこーい!』

「わああ!」


 ヴァースの暴言にラウルは慌てて大声を被せた。

 兵士の眉根がますます寄る。


「何だって?」

「すみません、何でもありません! ええとでも、俺は、ラウル・オーランドです。キルセン村の鍛治師の」

「オーランド――キルセンの?」


 兵士はオーランドと聞いて、不味いものを含んだ時の口調になった。


「ああ――あんたがオーランドさんか」


 兵士の手が離れ、ラウルはどさりと尻餅をついた。


「いてて」

「何でこんなとこにいるんだか。まあ簡単に事情を聞かせてもらって――」


 歩き出し、ラウルが尻餅をついたままだと気付いて振り返る。


「え、立てないのか?」


 ラウルはヴァースを支えによいしょ、と立ち上がった。


「いえいえ、逃げ回ったから体力使い果たしただけで」


(あ)


 この言い方は良くない。

 兵士の視線はラウルに落ちた。


「ああ」


 もう一度。

 ()()()()()()、と。


 兵士の目が雄弁に内心を物語り、ラウルから離れた。


 “逃げる“


 ラウルは逃げたと思われている。

 二年前のあの件はロッソの街でだけではなく、エル・ノーにも伝わっている。当然に。


(仕方ない――)


 森の中は多くの兵がいて、これまでラウルが経験したこともないほど騒がしい。

 小屋がある方向から兵士達の一団が檻ごと飛竜を運んでくる。さきほどラウルに話しかけた兵は檻に近寄り、その中を検分している。


 ラウルははっと顔を上げた。


「あの子は?!」


 ラウルの周囲に白い鱗の姿は見えない。夜なら目立つと思うのだが。


「どうしよう、無事なのかな」

『ぴんぴんしてたぞー』


 ヴァースが小声でそう言った。


『飛んでった』

「――」


 ラウルは束の間、樹々の梢の隙間から覗く空を見上げた。


「――そうか」


 それなら良かった。

 解放されて、巣へ帰ったのかもしれない。

 夜だしちゃんと巣まで辿り着けるかが心配だが、自分の翼で飛んでいったのなら大丈夫なのだと思いたい。


(小さいのに二度も助けてくれて、ありがとうな)


 子飛竜の青い瞳を思い出し、心の中でそう呟いた。

 

 


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