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15 何なの

 

 ヴァースが振動した。


 剣身が高い、空気を立つような音を放つ。

 その音に打たれ、覆い被さっていた影達は一斉に身を引いた。

 身体を縛っていた圧が薄まる。


 ラウルは瞬間、跳ねるように立ちあがろうとして、そのまま後ろに転がった。背中が木の根っこにぶつかる。


「いてっ」


 目に眩しさを感じ、風にざわめく梢を見上げる。

 その梢の向こうから、空を切り裂く音と共に白い光が視界に迫る。

 陽光を弾く白い鱗。


「オルー……!」


 同時に木立の間から、笛に似た音とともに二本の矢が突き立った。

 ラウルと影との間だ。


「グイドさーん!」


 矢を追って飛び出した姿はレイノルド。


「レイー!」


 良かったぁー!

 良かったぁー!

 助かったぁー!


 レイノルドは右手に掴んだ剣――リトスリトス――を、影の一つへ向けて薙いだ。

 影は揺れ――


 次の瞬間には、木立の陰の中にいた。四体ともだ。


 レイノルドは消えた影を追って視線を巡らせ、木立にいる四体と再び向き合う。


 オルビーィスがラウルの前に降り立って翼を広げる。


 ラウルは尻もちをついたまま、木立の間に揺れる四体の影を見つめた。


 相手もこちらを窺っている。

 四体の影と睨み合った、ひと呼吸後、一本の矢が木立を縫うように走り、影の頭に突き立った。


「やった――」


 喜びも束の間、影は忽然と消えていた。

 矢が突き立ったのはその後ろの樹の幹だ。

 残るのは樹々が作る緑陰のみ。

 風が梢を揺らしている。


「――何だったんだ、今のは」


 レイノルドが低い声を出す。


「ラウル」

「えっ?」


 ラウルはレイノルドを改めて見上げた。


「あれは何だ」

「えっ、俺? いや、知らないけど」

「知らないで襲われてたのか」


 いや、そんな事を言われましても。

 呆れたように見下ろされましても。


「チッ」


 し、舌打ちされても!


「うう、俺のせいじゃないもん……襲われた理由なんて俺が知りようないもん……」

「ピイ! ピイピイ!」


 オルーが首を伸ばしレイノルドに抗議してくれいてる。


「オルゥ……」


 ラウルはオルビーィスの長い首にしっかりしがみついた。


 と同時に、ラウルの頭の中に『声』が流れ込む。

 


 ――こんなもの……ッ

 


「え?」


 ラウルはオルビーィスを見た。

 オルビーィスはきょとんとして、青い綺麗は瞳をラウルへ向けている。

 かわいい。


 ではなく。

 今の声はオルビーィスではない。


「ヴァース?」

『俺様じゃないぞー』


 ヴァースでもない。

 澄んだ少女の声だった。憤りを抑えているような響き。


「レイノルド?」

「何だ。どうかしたのか?」

「いや、ええと――」


 となると。

 レイノルドを見る。

 その、手元。


 細身の優美な剣。

 小刻みに震えている。


 リトスリトス?

 もしかしてこれは、リトスリトスの声なのか。


「“こんなもの”って、リト」


 ――斬りたくないッ!


「“斬りたくない”……?」


 まさかリトスリトス、実はすごく平和主義者な


 ――こんなもの斬りたくなーいッ!


「リトスリトス?」


 ――もっと!


 ――もっと美しくて私に相応しいものが斬りたいのー!!


「リトスリトス!」


 ラウルは危機を察知した。

 今。

 ここにある危機。


「レイノルド、褒めて!」

「え、はい?」


 レイノルドはぽかんとしてラウルを見た。

 気持ちはわかる。


「お前に褒めるところはない」


 許さないぞ。

 ではなく。


「リトスリトスを見て! 褒めて! 今、今褒めて!


 美人かわいい優美で最高! ほら!」


『褒めろー』


 ラウルの剣幕に押され、レイノルドは訳もわからないままおずおずと復唱した。


「び、美人かわいい優美で最高……?!」

「もっと!」

『もっとー』


「美人かわいい優美で最高!」

「もっと高らかに! 全力で!」

『全力出せー』


 レイノルドが破れかぶれに叫ぶ。


「美人かわいい優美で最高っ!」


 ラウルはレイノルドの手元を見た。


 ――てへ


 ご機嫌になった。良かった。


「ヴァース、どう?」


 リトスリトスは。


『いい気なもんだなー』

「ふう――間に合った」

「お前の剣はなんなんだ」


 レイノルドの細い目の気持ちは分からなくもない。


「ありがとうね。何かできれば斬った後は毎回褒めてあげてね」

「何なんだ」


「何やってんだお前達」

「グイドさん!」


 木立の間から歩み寄ってきたグイドに、ラウルはほっと肩を落とした。


 リズリーアとヴィルリーアが二人、杖の鈴を揺らしながらグイドの後を歩いて来る。

 良かった、二人とも何ともなさそうだ。


「良くわからないものが出たんですー」

「良くわからんのはお前達二人の遣り取りだろう」


 で、何なんだ、ともう一度問われ、どっちを答えようかなと束の間迷ってから、ラウルはグイドに向かい合った。


「変な影が、あれは魔物みたいなものですかね、きりふり山で見た。四体くらいいましたけどそれが急に出てきて、それで急に消えました。剣も矢も効いてないみたいで。それで斬ったリトスリトスが、もっと綺麗なものを切りたいって拗ねかけたので俺とレイノルドとで宥めていたところというか」


 グイドは肩に弓を掛け直し、何やら複雑そうに目を細めた。


「――整理したい」





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