北から
その晩は何事もなく、ラウルも夜番をこなしつつ、穏やかに過ぎた。
翌日以降の苦労を夢に見る事も無――
うなされた。
(もう走れない)
(もう走れないよう)
夢の中でラウルは同じ場所をぐるぐる回りながら走る。
オルビーィスは一緒にパタパタぐるぐる飛んでいる。
ぐるぐる回るラウルの更に周囲を四人と一振りが囲んでいる。
グイド、レイノルド、リズリーア、ヴィルリーア、ヴァース。
その向こう、燃える篝火が四人と一振りの影を縦に長く揺らし中心のラウルに差し掛ける。
(うう、捧げないでー捧げないでー)
足を止めようとするとグイドは竜に貰った矢を正確無比にラウルの踵すれすれに打ち込んでくるしレイノルドは眉間に皺をますます寄せる。
リズリーアが「走れー」と楽しそうに拳を振り上げ、ヴァースが『走れー』と唱和する。
ヴィルリーアは「さ、最近覚えたんです、ごめんなさい、ごめんなさい」と言いながら次々に火球を放った。
(わーん!)
ぐるぐる回りながら空を仰いだ時、ふ、と周りが静かになった。
何だろう、とラウルは首を巡らせた。
たった今までラウルを取り囲んでいた四人がいない。ヴァースも。
(あれ、どうしたの)
ぐるぐる回りながらラウルは首を傾げた。みんなどこへ行ってしまったのだろう。
寝てしまったかな。
(オルー、どうしたんだろうね)
ぐるぐる回りながらオルーへ首を傾げる。
ちょっと寂しい。
戻ってこないかなぁとぐるぐる回っていたら、誰かが向こうから近づいてきた。
(あ、白竜さま)
銀色の絹糸のような髪が柔らかく光を含んで目を引く。
(こんにちは! オルー頑張ってますよ)
オルビーィスは喜び、何度も空高く跳ね上がる。
高い樹木のてっぺんの、その更に上へ、ぽーんぽーんと高く。
(わー、オルー、飛べてる飛べてる!)
嬉しくなってラウルは白竜をぐりんと振り返った。
(お母様見てください! オルー、もうすっかり元通りですよ!)
もう特訓終わりじゃないですか!?
帰りましょう!
白竜は瞳を柔らかく細めた。
これは同意してくれている仕草だ。
(終わりですね!)
――まだだよ
(えっ)
姿はじわりと揺らぎ、変わる。
白竜の姿と同じだが、たおやかさが消え、男性的に。
(えっ)
(ゲ、鉄砂竜さん?)
ゲネロースウルムは掴み取り難い双眸を上げ、もう一度微笑んだ。
どこか、背筋を寒からしめる笑み。
また、変わる。
もっと若々しい、凛々しい姿。
青みがかった白い髪。
空のように澄んだ力強い瞳。
右腕を上げ、一点を指差した。
――北から
(北?)
ラウルはその指差す先へ目を凝らした。
気が付けばいつの間にかラウルは空の上に浮かんでいる。
くらがり森の上空だ。
頭上は真っ黒に近い紺。
北からひやりとした風が吹いてくる。
(北がどうしたの?)
そう尋ねつつ再び目を凝らし、ラウルは遥か先に何かがあると気がついた。
どこまでも続く森のずっと向こう、地平線に霞む辺りだ。
黒いもやが広がっている。
じっと見ていると、靄は少し、動いているようだった。
(何だろう)
蠢いている。
ほんの僅か、広がったような。
それから、空へ伸びる黒い、影のようなもの。
(塔――? いや、帯みたいだ)
あれは何ですか、と聞こうと振り返った先に、白竜の姿は無い。
(あれ――)
どこへ行ったのだろう。
首を傾げ、ラウルはもう一度、北へ視線を向けた。
何だか気になった。