12 平穏な森と厳しい訓練(その2)
日が暮れて行く。
ようやく。
(良く良く考えると俺が運動対象に入ってるんだよね……)
オルビーィスを痩せさせるためなのに何故、と思いつつも後方からのあの圧力に震え、ラウルは一日頑張った。
オルビーィスはラウルがヘロヘロ走るので、それに合わせてゆっくり飛ぶ。
オルビーィスの運動になっているのかは分からなかったが、「さすがは竜だな、体幹ができている」とグイドに褒められたことはラウルも嬉しかった。
今日はお昼に兎を二羽、森を行軍している間に夕食用に鹿を一頭狩った。
リズとヴィリのために途中短いお茶の時間を挟んだが、それ以外はずっと、ラウルは足を動かし続けた。
今、焚き火の前に座り、静かに夕暮れていく空をラウルは見上げている。
ずっと――
ずっとこうしていたい。
「全く、何で竜がこんなに丸くなるんだ」
首を向けるとレイノルドが斜め前に座ったところだ。
ラウルは傍らで翼の下に首を差し込み丸くなっているオルビーィスを見て、「へへへ」とにやけた。
「可愛いよね。眠る時はいつも丸くなるんだ」
「そうじゃなく。まん丸に太るのはどういうことなんだ」
「――」
食べ過ぎかな……と微かに呟く。
レイノルドはまず胡座をかき、それから右膝を立てた。
「グイド殿の言うとおり、食事制限と運動あるのみだが、今日のお前の様子を見ていると先が思いやられるな」
「俺?」
「お前だろう」
と言い切られた。
オルビーィスのための特訓なのに。
「だが、適切な運動と食事制限で体は変えられる」
ラウルは項垂れ膝の上に頭を乗せた。
そのままぷっくりとしたオルビーィスのお腹を見つめる。
うん、ぷっくりだよね。
うん、分かるよ。
「……」
「ラウル?」
ぷっくり張り出したお腹。
この運動の旅で、このお腹が、へこむ……。
俺一人ではできない。
みんなの力を借りて。
ぷっくりまるまるとした立派なこのお腹が、キュッと引き締まって腹筋が見える逞しいお腹に――
「おい、ああ、ええと、まあ、なんだ、――俺――俺達が手伝う。だからそのまあ――、ラウル。お前も少しの間耐えて、がんば」
「――で……」
前 ぷっくりお腹。
「何だ?」
後 キュッとした腹筋。
「でーっでっ。でーっでっ」
「ラウル?」
『ちゃーちゃかちゃかちゃーちゃかちゃかちゃーちゃかちゃかちゃーちゃかちゃか』
前 ぷっくりお腹。
後 キュッとした腹筋。
「でーっでっ。でーっ」
レイノルドの目がぎろりと動き突き刺さった。
「でっ……」
「……何だそれは」
「いや、何となく……痩せる前と後というか……」
脳に刷り込まれているというか条件反射的というか。
『ちゃーちゃかちゃかちゃーちゃかちゃかちゃーちゃかちゃかちゃーちゃかちゃか』
レイノルドは思いっきり胡散臭そうな目をした。
「――黙らせろ」
「でも」
『ちゃーちゃかちゃかちゃーちゃかちゃかちゃーちゃかちゃかちゃーちゃかちゃか』
「黙らせろ」
セレスティがここにいてくれれば。
「そう言えば、ラウル。ちゃんとやったのか」
「?」
またいきなり、今度は何を言い出したのだろう。
レイはいっつも唐突だなぁ。
言葉がちょっと足りないんだよね。まあそこはお兄ちゃんである俺が補ってあげるところなんだけど。
「話を聞いているか?」
ムカつく面をしやがって、と、毛虫を見るような顔で言われた。
悲しい。
「ええと、何の話かな」
「それだ」
とレイノルドが指さしたのは、ラウルが横に置いている剣だ。
「ヴァース?」
『俺様かー? 褒め称えるかー?』
「お前のその剣――達、について、きちんと調べたのかと聞いているんだ」
と聞いているんだと、と言われてもね。
本当に言葉が足りないなぁ。
「きちんとって何を?」
「光っただろう、あの時」
「フルゴル? うん、今も良く光ってるね」
ヴァースの傍らでほんのり。
名前を呼ばれたからか、鞘から溢れる光がやや強くなった。
「フルゴルだけじゃなく、そのヴァースも、きりふり山での戦闘の最中、セレスティ殿が持っていたノウムだったか――それぞれ光っていただろう」
「そう……だっけ……?」
思い出そうと眉根を寄せると、レイノルドはそれ以上に眉を寄せた。
だから、皺が。
「蛇怪の尾を断った時だ。セレスティ殿が扱うノウムでさえ弾かれていたが、ヴァース、フルゴル、ノウム、それぞれが同時に光って、あの硬い尾を断てた」
「そう、だった、気が……する……」
ちょっと思い出した。
きりふり山での厳しい戦いも。
あれは本当に辛かった。もう二度とあんなことはしないと誓ったのに。
ずい、とレイノルドに詰め寄られ、ラウルは座ったままちょっと仰け反った。
圧。圧が強い。
「あの時俺はお前に言ったよな? 原因をちゃんと調べろと。無論覚えているよな?」
「無論と言われても」
そろそろ俺は、レイノルドの眉間を憂うのを諦めようと思う。
「あの光は剣を強化していた。ヴィルリーアの法術のようにだ。或いは、剣そのものの強度が上がったか」
「どう違うの?」
「そういうところを考えろと言ったんだ。どうしてああなったのかも。剣を打ったのはお前だろう」
そうなんだけど、もう俺の常識の範疇を超えているんだし。
「スキアというその剣も光るのか?」
問われ、首を巡らせ、グイドが背負い鞄に差しているスキアを確かめる。
今回持ってきたのはヴァース、フルゴル、グイドに預けているスキアー、それからレイノルドに渡したリトスリトス。
「どうだろう。そもそもあの時以来、光ったのはフルゴル以外見たことないし」
『俺様はいつでも輝いてるぞー』
「今はどうだ」
「うーん」
『俺様はいつでも輝けるぞー』
「黙らせろ。やってみろ」
注文多いな。
ていうかそんな威丈高な口調じゃだめだよ、将来領主になろうという者が。
「うーん」
ラウルは腕を組み首を傾げ、とは言えレイノルドの眉間の皺も深いことだしと、その腕を解いた。
「ヴァース、どうやればいいのかな」
『俺様は知らないぞー。俺様は輝けるけどなー』
「輝いて」
『――』
「フルゴルー」
フルゴルがさあっと光を放ち始める。
夜の中、そこにだけ陽光が顔を出したようだ。
ラウルの横で丸まっていたオルビーィスが首を伸ばす。
ラウルはオルビーィスの滑らかな鱗を撫でつつ、フルゴルと、ヴァースと、レイノルドが持つリトスリトスと、グイドの鞄の横のスキアーを交互に見比べた。
フルゴル以外何も変わっていない。
「――どうかな」
「どうもこうもただ眩しい」
「だよね」
『俺様は常に輝いているからなー』
リズリーアが「どうしたのー?」と歩いてくる。
ラウルはフルゴルを軽く撫で、輝きを落とした。
「何か条件があるんだろうけど、分からないな」
「そんな適当な。だからきちんと調べておけと言ったんだ」
レイノルドはまだ不満そうだったが、ラウルの顔を見て諦めたように溜息を吐き、リズリーアの「ご飯できたってー」という言葉に立ち上がった。