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7 森の中の戦い(その1)



『後ろから来るぞ――』


 ラウルが辿って来た道から。

 息を呑み振り返った森の奥に灯りがちらちら揺れている。近付いてくる。灯りを遮り揺れる人影と、話し声。


 左右に首を巡らせ隠れる場所を探す。

 小屋の周囲は雑草が伸び放題で枯れ枝が転がり、急げば絶対に音が立つ。さすがに小屋にも近付いて来る方にも気付かれてしまう。


 這うように一歩、二歩。


『急げ、小屋の後に』


 それでもヴァースが急かすのは、近付いてくる灯りとの距離は、思った以上に無いからだ。


 焦るラウルの三歩目は、草むらの中にあった枯れ枝を踏んだ。

 枯れ枝の折れる乾いた音が立つ。


「誰だ!」と叫びが上がった。数人が小道を駆け寄ってくる。三、いや四人――


 小屋の中でも靴音がする。

 草むらの中で中腰の体勢で竦んだラウルへ、角灯の灯りが差し掛けられた。角灯の向こうにいるのは四人か。


「てめぇ、ここで何してる」

「小屋を見られたんだ、やばいぞ」


 小屋の扉が開いた。出て来たのは四人――もう二人、室内にいたのだ。

 合わせて八人。

 森を歩いてきた四人の真ん中の男が声を荒げた。


「見張りは何やってんだ見張りは。ベン、テメェはよ!」


 そう言って男は肩に担いでいた麻の袋を地面にどさりと下ろした。

 弱々しい鳴き声がくぐもって聞え、麻袋がごそごそと動く。

 麻袋はべとりとした液体で黒く汚れている。


 ラウルは思わず正面の男を睨んだ。


「それも、飛竜なのか」


 正面の男がラウルを見下ろし、顔を歪める。

 角灯の汚れた硝子を通した灯りに男の白目が光る。


「知らねぇよ。おい、こいつを中に連れてって、丁重にもてなしてやれ」


 抵抗する間も無く男達はあっという間にラウルの剣を二本とも奪うと、腕を掴んで引きずり、小屋の中に蹴り込んだ。

 肩から床に転がる。


「いっ、て」


 起きあがろうとした胸の上に塊が落ちた。足だ。ぐう、と上がった呻き声が喉の奥でくぐもる。


「お頭、こいつ剣を二本も持ってんぜ」


 お頭と呼ばれたのはラウルを小屋へ入れるよう指示した男だ。

 踏みつけられたラウルの横にしゃがみ、め下ろした。


「お前、竜舎か? 軍か? 仲間が近くにいんのか」

「俺は」


 軍、と言った方が相手は恐れてくれるかもしれない。


「そうだ、軍――」

「お頭、こいつ、さっきの小屋の奴だ」


 ラウルを遮って、右にいた男がラウルを指差した。


「小屋? ああ、珍品連れてた奴か」


 へぇ、とラウルを踏んでいる男が笑う。


「何だ、お仲間か」


 子飛竜の他にも檻に捕まっている子飛竜がたくさんいる。ざっとみても十頭。

 ラウルの視線に気付いて男――首領のようだ――がますます睨む。


「うちの商品掠めようってか」

「違う!」


 咄嗟に声を上げ、自分で怯む。

 けれど。

 檻にいる、十頭もの飛竜の子ども。


「こ、こんなにたくさん――卵でもなくて……」


 採取するのは卵だけ。

 生まれた後は手を出さないのが竜舎の鉄則ではないのか。


 そう思うと勇敢でもなく武芸もろくに身につけてもいないのに、押し出す声が止まらなかった。


「す、巣に返してやらなくちゃ――今なら、まだ、親竜だって受け入れて」

「今なら――? そうかねぇ」

「そ、そうだよ、まだ……」


 ラウルの横にしゃがんでいた男――首領が立ち上がる。

 首領が右手を振り、踏み付けていた靴底が浮いた。


 抜け出ようとしたラウルの右頬に、石が当たったような痛みが走った。靴先が蹴り付けたのだとわかる。

 呻きも立てられず転がり、硬いものに身体がぶつかる。机の脚だ。痛みに自然と涙が滲んだ。


「巣なんてもうねぇよ」


 首領はラウルの髪を掴んでひっぱり、見下ろしてせせら笑った。


「同業でもねぇんならますます殺すしかねぇ」


 見下ろす複数の視線。ラウルを囲む男達の向こう、今いる左側に粗末な机がある。

 剣は二本ともその上だ。

 素早く立ち上がって手を伸ばせば、なんとか取れる、と思う。


(ヴァースを)


 呼吸を測って身を起こそうとした肩を、再び首領が蹴る。

 ラウルは弾かれ、机の脚に背中をぶつけた。


 歯を食いしばり、ラウルは机の脚を掴むと、身体を懸命に起こした。自分では最大限の速さで、机の上に手を伸ばす。


「ヴァー……」

「おい、そいつの剣をよこせ」


 首領の声に机の横にいた手下の手がさっと伸び、ラウルの指先が掴みかけていた剣を取り上げた。


 (ヴァース)を受け取った首領は鞘もなく剥き出しの刃を、机に縋ったまま振り返ったラウルの首筋に当てた。

 薄暗い蝋燭の灯りの中でも、嘲り含みの笑みがラウルへ向けられているのがわかる。


「ずいぶん切れ味良さそうじゃねぇか。二本も剣を大事に抱えて勇ましいこった。テメェのこの剣で首を掻っ切ってやるよ」

「おい、もう一本剣の布を剥がせ」


 続く指示に、手下の一人が机に残っていたもう一本の剣に手を伸ばした。

 首領が顔を上げその手下を睨み付ける。


「何やってんだ、俺のもんだ、勝手に触んじゃねえ!」

「え、今、あんたが剥がせって――」

「はぁ?」


『――光れ』


 手下の手から剣を覆っていた布が床に落ちる。


『光れ光れフルゴル! 思う存分輝けよー! ご主人目を閉じろー!』


 声と同時に剣――フルゴルは、華々しく強烈な光を発した。

 雷が室内に落ち続けているかのようだ。

 密猟者達が目を覆い、光に灼かれた痛みに呻き口々に罵る。


 机に背を向けていたラウルは咄嗟に目を閉じたこともあり、すぐに動くことができた。

 首領に体当たりしてヴァースを掴み、身を返してフルゴルを掴み、子飛竜の檻に駆け寄って掴んだ。

 その四つを自分でも驚くほど早くやり遂げ、ラウルは無我夢中で小屋を飛び出した。


(ごめん――)


 他の飛竜は後で、警備隊に任せる。

 とにかく森を出て、村に、行かなくては。


 小屋の中で交わされる罵り声、ほんの僅かな時間の後、バタバタとした足音。

 ラウルが雑草を踏み分け小屋から数十歩離れたところで、何人かが扉から転がり出た。

 まだ目が眩んでいるのか、よろめきつつも胴間声で脅しつけながら追いかけてくる。


 目眩しの分だけ有利だったとはいえ、その効果も、それからついさっき電光石火のように動けた身体も限界だったようだ。

 日頃鍛えていない上に蹴られた身体もずきずきと痛み、すぐに距離を縮められた。


 息が苦しい。急な動きと緊張で心臓がものすごい勢いで脈打ち、喉から飛び出しそうだ。

 首のすぐ後ろに追い縋る気配を感じた。


『ご主人、おれが動く、自分を捨てろー!』




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