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1 へっぽこ鍛冶師の苦悩

 


 ラウルはこの先の人生に不安を覚えていた。


 今に始まったことではないのだか。

 今、ラウルは小さな小屋の中に一人、手にしている仕上がったばかりの剣を溶かすか地面に埋めるべきかで悩んでいる。


 素材となる鋼を自分で採取し、溶かし、三日間寝食も忘れかかりきりになって打ち上げた剣だった。

 端的に言えば、今日も鍛冶は失敗だ。

 いや、失敗というのかどうなのか。

 打った剣の姿は美しく、覗き込む影を映す刃も切れ味を表して澄んでいる。この見た目だけならば名剣と自画自賛できるのではないか。


「はあ……」


 肩を落とし、ついでに溜め息も零し、背後の、壁を振り返る。そこにはこれまでにラウルが打った剣がずらりと並んでいる。

 八振り。大小揃わず、かつ様々な形は、試行錯誤した結果を如実に表していた。


 岩でも断つつもりと言わんばかりの大剣が立ててあり、その隣に同じ人物が打ったとは思えない細身の剣が横にして掛けられている。

 上段にギラギラと光を放つ剣。

 その横には思わずふらふらと近寄りたくなるほどの美麗な姿の剣。


 節操のない様相を呈している。それぞれ違う鍛冶師が打ち上げた剣を並べても、こうは無軌道にならないだろう。


 ラウルは鍛冶師だ。

 とは言っても本格的に鍛冶を職としたのは二年前からで、まだ見習いの域を出ていない。この工房で二年前から半年間、このくらがり森の鍛冶師に師事したが、高齢だった師匠は一年半前に九十歳を目前にして他界してしまった。

 名工と呼ばれ、遠く都から買い付けに来ることもあったそうだ。


 とても気難しくこれまで弟子は取っていなかったのだが、ラウルの家とは祖父の代からの付き合いがあったこともあり、また幼い頃から折りに触れて顔を出していたラウルの置かれた境遇を慮ってくれたのか、鍛冶師になりたいと申し出たラウルを弟子にしてくれた。

 身寄りのなかった師匠の死後、ラウルがこの鍛冶小屋を引き継いだ。


 以来一年半、打ち上げた剣は九振り。

 手元に残る剣は八振り。

 つまり売れていない。


 人手に渡ったのは一振り、それも果物などを剥く短刀で、ラウルを憐れんだ弟のエーリックがせめてこれなら何とかなるかもと引き取っていった。

 幸い使えているようだ。切れ味がいい時と悪い時のムラがあると文句を言われるが。


「ううん」


 ラウルは今年で二十四歳になった。

 すっきりした面立ちで、明るい緑の瞳は彼の性格そのもの、赤銅色の髪も朗らかな印象を与えている。


 母と弟、妹は、この『くらがり森』のすぐ傍にあるキルセン村という、人口二百人ばかりの小さな村に暮らしていた。飛竜を育てる竜舎があることが自慢の村だ。

 家族から離れて若いラウル独り、世捨て人のようにこの鍛冶小屋に暮らしているには訳があるのだが


『なあなあ』


 まあまあここの暮らしは気に入っていた。

 鍛冶はさほど上手くないが竜舎に(くつわ)などを納めて何とか暮らせるし、小さいながら畑の収穫もある。


『おーい』


 おいおい将来を真剣に考える必要はあるものの、父が早逝するまでの暮らしとは大違いとはいえ悪くはない。


『ちょっとちょっと』


 ちょっとばかり、父が不慮の事故で亡くなった当初は全く先行きが見えずに不安を抱えていたが、人生、どんな所でもやっていけるものだ。


『なあってば、浸ってんなって。たった今最高の名剣が打てたんだぞ。爆誕を喜べよー』


 爆

 ばく――まあいい。


 何ならラウルは以前の暮らし――そうたいした家柄でもないのに体面を保って、規律やしきたりを重んじなければならなかった暮らしより、今の暮らしの方が好きだ。


『おれ様を見ろー! どうだ、これほど美しい、天才の、切れ味抜群の剣はまたとないぞ! 最高! あんたも名剣だと思うよなー! なー!』


 母は家を復興してくれと会うたび口うるさいし、弟はラウルをこんな小屋に押し込んで蓋をするような叔父を腹立たしく思っているのを隠さないが


『おれのお披露目いつにするー? ぱーっとやろうぜぱーっと! 王様とか来ちゃうかもしれないなー』


 妹はラウルが楽しそうにしているのを見て、見守ってくれているし


「はあ……十歳の妹に見守られて喜ぶのもなぁ」


『なぁなぁなぁなぁ』


 それでもこれまで、鍛冶師として身を立てていこうと考え、がんばってきた。

 けれど、今日、その意思はグラグラと揺らぎ始めていた。

 いやまあ、今に始まったことではないのだが。


『なあ! なあってば! なあー!』


 ……本当にうるさい。

 そしてしつこい。

 何とか頑張って無視しているのに諦めずずっと話しかけてくる。

 ラウルはもう一度、深々と溜め息を零した。


『無視すんなよー! なあってば!』


 溶かすか。


「それとも埋めるか」


『ちょっとちょっとー! あんたほんとに鍛冶師か?! ものの価値を知らないのかー!?』


 ラウルの打つ剣は売れない。

 手にしたままの剣に視線を落とした。


 切先は鋭く、剣幅はやや細身。剣身二尺(約60cm)の片手剣だ。澄んだ白銀色の肌地にラウルの姿が映っている。

 用意した柄の握りに丁寧に張った革はラウルの期待そのものだった。


 見た目はとても美しい剣なのに。


『なあ!』


「ちょっと、黙っててくれるかな?」


 ラウルは心の底からお願いした。


 剣に。


 答えたのは今までの、やや剽軽な風味の声だ。

 剣の――どこだろう、たぶん柄に近い辺りから。


『ええー。どうせおれとあんたの二人しか居ないんだしさー、寂しいだろ?』

(はた)から見たら俺一人きりだから」

『誰も見てないって!』

「喋る剣かぁ」


 剣を正面の低い作業台に置き、ラウルは独りごちた。

 これまで打った剣はどれも、形こそ剣だが問題は多かった。

 何故なのか、ラウル自身には理由がさっぱり分からない。


 金槌を手に取り、問いかけるように滑らかな打面に触れる。


「師匠……俺教わったとおりに打ってますよね……?」


 記憶の中の師匠に尋ねる。

 教えてもらった手順は外れていない。はずだ。


 ただ、ラウルは物や植物に触れるとその声が聞こえるという、便利に見えてまるで便利では無い能力を生まれ持ち、そのせいで剣を打つのにちょっと――

 いや、かなり、素材(かれら)の希望を聞き過ぎているというか。


 他の剣より一番大きくなりたいとか、無骨なのは嫌だ美しくなりたいとか、他と同じは嫌だつまらないとか、誰よりも輝きたいだとか。


 つまり鋼達が口々に主張するそこらへんが、つい剣に反映されていた。

 それにしても。


「はあ……」


 さすがにここまで自由闊達に喋り出したのは初めてだ。

 鍛冶師という職業選択が間違っていたのかもしれない。

 自分一人の生活に困らない範囲で好きなように打っていればいいだろうと、甘っちょろい考えだったのがいけなかったのだろうか。


「俺に剣を打つ才能は無いのでしょうか、お師匠さま……」

『何言ってんだ。このおれ様を打ったんだぞ。あんたは名工だ。誰よりも優れている。自信を持てー』


 すっごい褒めてくれる。


「はあ……」


 ラウルは項垂れた。




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