悪役令嬢、雑な計画を思いつく
私はいったい、どうしたらいいの?
ああ……憂鬱。
「レイチェルお嬢様、公爵様が『わたしの甘栗ちゃん。一緒にお茶でも飲まないかい? おいしいマカロンも用意したよ』とおっしゃっていますが、いかがなさいますか?」
「パパンが? ええぇ……めんどくさい。どうしようかなぁ……」
そうだ。亡命の話をまだしていなかった。
「よし。パパンに『おめかしするから、待っててパパ熊さん』って言っといて」
「かしこまりました」
いっそ逃げちゃおうかな。私がいなければ、王子もヒロインちゃんとハッピーエンドできるかもしれないし。そもそも、断罪とか死刑とか国外追放とかされなければいいだけなんだし。あれ? だったら、このままでもいいんじゃない?
……あの気持ち悪いクズ王子と結婚……。
あ、鳥肌立った。ぞわわってきた。だって、王子はヒロインとくっつくと思ってたから、結婚したいなんて一度も思ったことないもの。
──……え、むり。
クリスティーナ殿下が男性だったら、結婚したいって思うけど。むしろ、毎日気絶して目覚めないから、眠り姫とか言われちゃうかも。だけど。
あの、ライアン殿下と私が……結婚?
──ひぃっ、……きもちわるいっ。
しょ、初夜とかどうするの?
触られるのよ、あの王子に。今でさえ、謎の嫌悪感で鳥肌たちまくってるのに、全身ねっとり舐めまわされて、穴という穴を犯されちゃうのよ?
──ああああ、あああーりえない! ありえない!
わわ、わわわ私はこの先どうしたらいいの。いやいや、あきらめるな。諦めたらそこで人生終了だって前世で有名な先生が言ってたじゃない!
何としても、ピンク令嬢を生贄に……間違った。王子とヒロインの愛のキューピットとして、ふたりをくっつけないと。がんばれー。悪役令じょぉー、ふぁいっ! おー!
「パパ熊さん~!」
「わたしの可愛い甘栗ちゃん~!」
ぼふっと大きな体にたきつくと、大きな手が私をふんわり抱きしめた。パパ熊さんこと、現世の父、ヴァイオレット公爵は、三代前の国王陛下の弟のひ孫。なのに、この圧倒的な癒し系ボディ。ふかふかのお腹……癒される。
外ではそれなりに、かっこつけてるみたいだけど、私の前ではただの優しいパパ熊さんになる。
「ねぇ、パパ熊さん。お願いがあるの」
「なんだい? 甘栗ちゃん。なんでも言ってごらん。パパ熊さんが何でも叶えてあげるよ」
「わたし、他国に亡命したい」
ピタッとお菓子を片手に熊さんの動きが停止した。
「……それは、なぜかなぁ?」
「わたし、ライアン殿下と結婚したくないの」
また熊さんが固まる。
わかる。気持ちはわかるよ。だって私のパパだから。権力者には尻尾をふっちゃう家系。争わず戦わず、穏便に生きていきたい。それがヴァイオレット家の特徴。
もちろん、私も同じ気持ちよ。でも、なぜ小説のレイチェルはヒロインに酷い仕打ちができたんだろう。そこらへん、原作を思い出せないから、不思議だったのよね。
やっぱり、過去の因縁……? 心当たりないけど。
それとも、意地悪されたと思ってるのはヒロインだけで、本当は大したことしてなかった系?
ああ、もどかしい。なぜ肝心な部分を覚えてないのかしらっ!
「……ライアン殿下は、美青年だしレイチェルをすっごく気に入ってくれてるよ。おかげでパパ熊さんも、発言力があがったんだよ」
「ええ、それは知っているわ。でもね、パパ熊さん。わたし、ライアン殿下が生理的に無理なの」
ポロリとパパ熊さんの手からピンクのマカロンが落ちる。
「せいりてきにむり」
クリクリした小さな目を丸くして、わたしの言葉を繰り返した。
「そう。生理的に、無理。触られただけで、鳥肌が立つし、同じ空間の空気も吸いたくないし、ライアン殿下が触れたものも、気持ち悪いから触りたくないの」
テーブルの上に転がったマカロンを拾い、さりげなく皿に置く。ハッとまばたきをしたパパ熊さんが皿の上にあるピンクのマカロンを口に入れて、もぐもぐごっくんと飲み込んだ。
「……じゃあ、名前だけの王妃にしてもらえるよう、パパ熊さんが頼んでみるよ」
「結婚はしなきゃダメなのね」
「愛する甘栗ちゃん。不甲斐ないパパ熊さんを許してくれるかい?」
「……しかたないわね。わかったわ。でも、もしライアン殿下がほかのご令嬢と結婚したいと言ったら、わたくしたちは応援しましょう? 後ろ盾になるとか。いっそ養子縁組して我が家から王家に嫁ぐ形にしてもいいわね」
ポロンと今度はグリーンのマカロンを落とした。めんどくさいから拾って、ポカンと開いたパパ熊さんの口に放りこんであげた。もぐもぐごっくんする姿が蜂蜜大好きな某熊のぬいぐるみみたい。
「え……っと、ライアン殿下はほかに好きなご令嬢がいるのかい?」
「今はまだ、淡い出会いがあっただけ」
「……わかった」
「やった。ありがとう。パパ熊さん~!」
──ちょろい。パパ熊さん。
次は『ピンク領のカントリー・ハウスで愛が芽生える作戦』と称しましょう。あと半月ほどで社交シーズンは終わり、ピンク伯爵令嬢は自領に戻るはず。そして、領地の借金の額を知って、王都に戻ってくる。はず。たしか。ちょっと自信ないけど。
そこに現れる王子(金持ち)。
救いの手を差し伸べてくれそうな王子(金持ち)。
──好きになるっきゃないでしょ!
原作改変しちゃうのは心苦しいけど、生きてる人間の方が大事だと思うの。私は自分が一番大事。
そもそも、ヒロインなんだから。魅力チートが天元突破で、どんな男もイチコロなはずよ! クズ王子も可愛い女の子に好かれたら、コロッとグラッといくでしょ。いくよね。いくに決まってる!
──天才だわ! そうよ。王子がダメならヒロインよ。
さっそくクズ王子に、ピンク領へ行きませんかと手紙を送った。代筆は三代目王子の手紙要約係の侍女。文面もお任せで書いてもらったけど、大丈夫かしら。やっぱり内容は確認するべきかな……王子のために私の貴重な時間を割くのはもったいないけど。
うーん。お返事はいつ届くの? スマホが恋しい……待つのは苦手。
紫と黒のお部屋で侍女に手をオイルマッサージしてもらいながら、ポーッとしてると、手紙係の侍女が部屋に来た。
「殿下からお返事が届きました。要約しますか? そのまま読み上げますか?」
「あら、意外と早いのね。要約してちょうだい」
「かしこまりました。殿下は『今行く』と返信されました」
「は? どこに?」
「ヴァイオレット公爵邸に、でございます」
「……はぁあん? ちょ、今すぐ返信を! いえ、私は家にいないと執事に伝えて!」
「申し訳ありませんお嬢様。この返信は殿下が、お届けになられました。……応接室で殿下がお待ちです」
アポなし訪問って何様!?
あ、王子様。そうね、そうよね。お偉い様だったわね。……はあ、めんどくさい。
半日ほど待たせたけど、帰る気配がない……何なら宿泊すら視野にいれてそうな王子に根負けして、日付が変わる前に応接間へ出兵した。美容専門の侍女は眉間のシワが気になるのか「お嬢様、顔、かお」と口だけ動かし目を白黒させている。
──仕方ないでしょ。まぶしいのよ。あのクソ王子の目つぶしビームがっ!
もう発光しすぎて宇宙船から降りたばかりのエイリアンみたいになってる王子から視線をそらし、壁に同化する地味服の従者を睨む。
──わかってる。あんたでしょ。いいから光量を、絞りなさい。王子を謎の光る生命体にするのをやめなさい。
私の願いが届いたのか、やっと強発光王子は微発光王子にジョブチェンした。
「ライアン殿下。お待たせしました」
「レイチェル、今日は一段と美しい。まるで夜の女神……いや女神も君の前では恥じらうだろう」
王子がウィンクすると目じりからメタルパープルの星エフェクトがキラキラこちらに飛んできた。それをペシッと扇で地面にたたきつける。壁際に立つ本日のエフェクト係が「あ」と小さく声を出した。新人かしら。私にエフェクト飛ばそうだなんて百万年早いわよっ。
「気持ち悪いことをおっしゃらないでください。どのようなご用件でしょうか?」
同じ屋敷に王子がいるだけで気分悪いんだから、一刻も早く帰ってほしい。せめて夜は安眠させてよね。なんて思いながら王子を嫌々見つめると、やけにモジモジしながらチラチラこっちに視線を送ってくる。
──いらないから。その気持ち悪い仕草、永遠に封印してよ。
「半月後に行く婚前旅行の話だよ。レイチェルと行く場所に不備があってはならないからね。事前に確認して治安部にも報告しなければならない」
うわぁ……婚前旅行とか言い出したわ。キモイ!
なんなの、このエイリアン王子。やめてよ勘違いしないで頭おかしい。
「婚前旅行ではありません。ただの視察ですから観光もありません。馬車も別です。宿泊も別の施設でお願いします。できる限り私の視界に入らないようお願いしますわ」
きっぱり言ってるのに、なんでまだチラチラ見んの? なによ、婚約破棄する? できないけど。
「用事は済んだようですね。早く城にお帰りください」
鳥肌を堪えて言うと、やっと変なモジモジをやめた王子が肩を落とした。
「そ、そうか。残念だ……コンヤハトマレルトオモッタノニ……」
──最後に何か聞こえた気が……いえ、なにも聞こえなかった。あー、あー、聞こえない、聞こえない。あーあー……、おぞましい。早く部屋に帰って全身くまなく洗わなきゃ。同じ部屋の中で息をしてるだけで、汚れた気分だわっ。でも、今は我慢よ。
絶対、ヒロインにエイリアン王子を押し付けてやるんだから。
悪役令嬢の戦いはこれからよっ!
第一部完(次回は半年後とか一年後とか)