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悪役令嬢、王子をお茶会に誘う

 夜会で約束したとおり、クズ王子はピンク令嬢に詫びの花束を贈った。なぜ知ってるのかというと、筆まめな王子がいちいち私に報告書を送りつけてくるからだ。


 ときどき変なシミがついてるので、手袋なしでは触ることすら躊躇われる報告書。

 ここ数年は読むのが面倒だから、要約した内容を報告する専用の侍女を雇った。貴族令嬢として正しい人材の運用だわ。面倒は人に押し付けるのが一番よね。


 もっとも、三回に一回は侍女が『お嬢様のお耳にいれるような内容は書かれておりません。殿下はお元気です』と言うから、そんな薄っぺらい内容の手紙を毎日送ってくるな! と言いたい。でも言えない。悪役令嬢だけど、権力者に逆らわない主義なの。


 それにしても、私がピンク令嬢を泣かせたのに、なぜ王子が花束贈って詫びを入れるのか。疑問に思わない王子ってどうかしてる。頭からっぽなのかも。この国の将来が心配だわぁ。私が生きてる間は何もなければいいけど……。今から亡命先も確保しておいた方がいいかしら?


 ──あとでパパンに相談しなきゃ。


 その後、ピンク令嬢が刺繍入りのハンカチを王子に贈ったらしい。花束のお返しに。あらあら、まあまあ、順調にふたりの仲が進展しているんじゃなくて? いいね。いいね。いいねボタンどこ?


 ……って喜んでたのに。

 あれからひと月、王子の報告書にピンク令嬢の名前は一切書かれてない。

 あの筆まめクズ王子が、一文字も、ピンクの文字を、書いてないのよ?

 ふたりのお付き合いがはじまったのなら、婚約者であるこの私に隠すのも当然だけど、『三代目王子の手紙要約係』の侍女曰く、それはないってさ。力説されたわ。

 だから、王子に突撃してみた。


「ライアン殿下。いったい、どういうおつもりですか」

「やあ、レイチェル。君から会いに来てくれるなんて……とても嬉しいよ」


 ま、まぶしい! 今日のスポットライト係は誰よ!?

 王子の執務室をぐるんと見渡したら、侍従のひとりと目が合った。ギリギリ睨んでやると、スポットライトが薄くなる。

 それでも、相変わらず王子は微発光していた。顔から光の粒子が飛び散るエフェクト。うっとうしい。演出過剰なんじゃない?

 スポットライトに目がくらんだ隙に、ズズイと移動した王子が、優雅に私の手をとり甲に口づけを落とした。

 さりげなく握られた手を引き、横で待機していた侍女に腕をあずける。

 侍女は素早くグローブを脱がし、サササッと手の甲を拭く。そして、新しいグローブをはめてくれた。

 切なそうな、哀愁ただよう……紫の煙エフェクトを垂れ流した王子が、もの言いたげな目で私を見る。


 ──なによ。文句ある? 婚約破棄する?


「ライアン殿下。ピンク伯爵令嬢から、ハンカチを受けとりましたよね」


 話しかけると、途端に金色のキラキラエフェクトが復活して、王子は「うーん」と顎に拳を当てながら考えはじめた。誰が見ても考えてる人。みたいなジェスチャー、やめようよ。恥ずかしいから。


「……ピンク伯爵令嬢。ピンク……ああ、あのピンクの髪の」


 だから、パシンと手をたたくジェスチャーもやめて。パントマイム王子。


「私の交友関係にレイチェルが興味をもってくれて嬉しいよ。そうそう、確かに受けとったよ。不思議な模様が刺繍されたハンカチ。手紙には『ウマ』と『シカ』という動物だと書いてあった。レイチェルも見るかい?」


 ──はぁあん?


「なぜハンカチのお礼を贈らないのですか!」


 強くいうと、王子の目が輝きを増す。


「お詫びのお礼を貰って、さらにそのお礼を贈るのはおかしくないか?」


 そもそも、ピンク令嬢を泣かせたのは私だけどね! それは置いといて……やっぱり何も進展なかったの!? なにやってんの、このヘタレ王子は。さっさと王宮に連れこんで、うっふんあっはんしちゃいなさいよ。


「まあ、なんて薄情なのでしょう!」


 王子はどの言動に興奮したのか分からないけど、頬を赤らめハァハァしていた。気持ち悪い。ほんっと、無理。


「薄情……、まあいい。それで私にどうして欲しいのだ?」

「クリスティーナ殿下がひらくお茶会にピンク伯爵を招待いたしました。ライアン殿下もご出席なさってください」

「姉上のお茶会に? あれは未婚のご令嬢方の集まりだろう。なぜ私が参加しなくてはならないのだ」

「ハンカチのお礼をするのです。ですが、最初から殿下がいらっしゃっては、ピンク伯爵令嬢も緊張なさるでしょう。執務が立て込んでいるなど適当な理由で遅れていらしてください」


 一気にまくしたてると、王子の息はハァハァから、スーハーにかわった。興奮がおさまったようだ。


「……わかった。愛するレイチェルがそう言うなら、遅れて参加しよう。君の隣の席を用意しておいてくれ」

「いえ、殿下はピンク伯爵令嬢の隣にお願いいたします」

「私がいるとピンク伯爵令嬢が緊張するのではなかったのか?」

「ハンカチの刺繍を褒めて緊張を和らげてあげてください」

「……善処しよう」

「では、招待状は、のちほど届けさせます」


 ようやく初期装備のキラキラだけになった王子。しかし、徐々に顔が近づいてくるので、手にした扇で顔を隠し、大きく一歩下がる。会話しながら近づくの、怖いからやめてほしい。王子との物理的な距離を保つために、やたら大きいクリノリンを毎回腰からぶら下げてる私の身にもなって。大変なのよ、この服。一刻も早く家に帰り、お風呂に入って楽な服に着替えたい。


「うん。レイチェルはこの後、何か用事はあるのか?」

「ええ、予定が詰まっております」

「そ、そうか」


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