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悪役令嬢、舞踏会でヒロインを泣かす

「まあ、なんて……個性的なドレス……どこのご令嬢かしら?」

「は、はじめまして。ご招待いただきありがとうございます。ピンク伯爵長女、アリスティナ・ピンクともうします」


 知ってる知ってるぅ! この世界のヒロイン、アリスちゃん。ピンクの髪にライトブルーの瞳なんて、初めて見たわ。撫でまわしたい。なんって、かわいいの! お祖母様のドレスを徹夜で仕立て直して、公爵家の夜会に来てくれたのよね。

 ドレスはとても上品な仕上がりよ。ただ、最近の流行はジョーゼットやレースを重ねた軽やかに見えるドレスだから、シルクタフタでしっかり形を作ったスカートは浮いてしまうわ。


「そう……どうやら招待状が間違って届いたようね。誰かに出口まで送らせるわ」


 出口に行けば、あなたは王子と出会えるのよ。招待状は本物だから悲しい顔しないで。わたしが心を込めてしたためたのよ。って言いたいけど言えない。

 口角を、クッと上げる。それをさりげなく手に持った扇で隠し、目を細めれば「意地悪な令嬢」の顔は完璧。


「そ、そんな……」


 ああ……ヒロイン涙目の破壊力! きゅんきゅんするわ。そのまま王子の胸で泣いて、さくっと誘惑しちゃってね。


「……失礼しました」


 いやいや、わたしの方が失礼だから。

 ポロリと一粒、涙を零してアリスちゃんは出口の方へ、ふらふらと歩いていった。



 ──悪役令嬢って人目を気にしない、図太い神経が必要なのね。



 わたしがこの世界の悪役令嬢に転生したと気付いたのは、10歳の頃。とくに熱が出たとか、頭をぶつけたとか……そんな分かりやすいきっかけはなかった。しいて言えば、目が覚めると侍女が全手動で身支度してくれる状況を「これネット小説のお嬢様っぽい」と思った。


 ネット小説って? ──ああ、スマホで読んでいたやつ──スマホってなに? ──スマートフォン──……と、徐々に思い出して。


 頭おかしい子認定されるから、誰にも話してない。


 自分でも、おかしくなったのではないかと悩んだ。思春期で中二病の時期だもの。

 結局、悩んだところで誰にも相談できなかった。異世界転生したみたいなの──なんて言えるわけがない。脳みそお花畑か。恥ずかしい。


 そして前世の私が大量に読んだネット小説のひとつに、レイチェル・ヴァイオレットって名前の悪役令嬢が出てくる話があった。たぶん。


 小説のタイトルは忘れたけど、ヒロインはアリスなんとか・ピンク。


 貧乏伯爵家の長女アリスなんとかは、お祖母様のお下がりドレスを仕立て直すのが得意。浪費家の継母が作った借金を返済するため、仕立て直したドレスや小物を売って稼いでいる。ヒロインが試行錯誤を繰り返し、ドレスや小物を売りさばく描写が面白かった。


 ある日、ヒロインは運命的な出会いをする。


 ライアン・ブルー・ゴールディ──それって青なの金なの? ──お約束のような金髪碧眼の王子様。この国の名前は、ゴールディ王国。金がザクザクありそうな素敵な国名。


 ライアン殿下の名前を聞いたときに、小説の世界に転生したのだと、あらためて確信した。……残念ながらヒロインが商売してのし上がっていく場面以外は、うろ覚え。王子様が登場してから恋愛ターンで読んだけど結末が思い出せない。ドレスを作っている描写は詳細に思い出せるのに!


 とにかく、夜会でレイチェルにいじめられたヒロインが、泣きながら帰る途中で王子と出会って、ふたりは恋に落ちる……って感じだったような。


 しかし、王子様には婚約者がいる。レイチェル・ヴァイオレット公爵令嬢が。前世の私は、王子様に婚約者がいるって時点で続きを読むのが嫌になったのだよね。


 そして、小説の中の私、レイチェルはヒロインを執拗にいじめる。実はレイチェルとヒロインには深い因縁が──あったような、なかったような。


 前世今世、併せて考えても、なんの因縁も思い当たらない。もしかすると、知らないうちに因縁イベントをスルーしたのかもしれない。


 とにかく。うろ覚えだけど小説のあらすじ通り、私は適度にヒロインをいじめて、王子とくっつけたいのだ。


 仮にわたしが悪役令嬢じゃなかったら、ヒロインと王子が結ばれない可能性があるじゃない? 障害があってこそ恋の病は燃えたぎるでしょ?


 そうかと言って、やりすぎたら断罪とか国外追放とかされちゃうかも。こわい。──肝心な部分を思い出せない。ポンコツの自分がくやしい。


 でも、幾多ある恋愛小説のパターンを参考にした結果。うまく二人をくっつけるスパイスくらいの立ち位置なら円満に婚約破棄からの邪魔者退散、ハッピーエンドになるんじゃないかしら。


 と、に、か、く。ざまぁとか、されたくない! こわい!


 王子様とは何度も会っているけど、当たり障りのない会話しかしない。親しくもない。よく会話する知人のポジション。


 実は、彼がなにを考えているのかさっぱり分からない。


 あまり関わりたくないからイヤミを連発しているのに、スルスルッと笑顔で躱される。イケメンだけど不気味。でもね。こいつ、婚約者がいるのにヒロインに恋する浮気者だよ?

 生理的に無理。滅びろクズ王子。



 シャンデリアが煌めく大ホールで踊る男女の群れ。色とりどりのドレスでデコレーションされた令嬢と、白いタイツの紳士たち。夜会って、臭いのよね。みんな香水ぶっかけすぎなんじゃなくって?

 鼻を扇で隠しながらボケーとしてたら、踊る人々の群れが一斉に同じ方を向いて、ささーっと左右に動き出した。モーゼの十戒!?

 そして、肉壁の道を優雅にすすむ、キラキラした物体。まぶしい! ちょっと、光量絞って……誰よ、魔法でスポットライト当ててるのは!


「こんばんは、レイチェル」


 柔らかいテノールの音。天使の光を具現化したような男がわたしに声をかけた。ぞわわーっと背筋から何かが這い上がる。


「ライアン殿下! なぜここに」

「招待状をくれたのは君だろう」


 やっと光量が落ち着いた……やめてよ。人間発光させるの。その魔法、デフォルト装備なの? いつも逃げ遅れるんですけど!

 っていうか、まってまって。あれ、ピンクヒロインはどうしたの? なんで、こいつはここにいるの?


「出入り口でピンクの髪のかわいい乙女と運命の出会いをされていませんか?」


 自主的に話す私が珍しいのか、見開いたブルーアイズがキラリと光る。そんな演出いいから……。


「んん……ピンクの髪の女性とはすれ違ったよ」


 はぁあん?


「なぜ、声をかけないのです! 泣いている乙女を無視したのですか! 今すぐ追いかけてください」

「なぜだ」

「わたくしが彼女を泣かせたからです」

「なんて羨ま……ではなく。もう追いつける距離ではないだろう。後ほど一筆添えて花でも贈ろう」


 なんでこの人、頬赤らめてハァハァしてるの? 気持ち悪い。


「……では、そうなさってください」


 出会いイベント間違えたのかな……いや、ここしか会う機会ないと思うのだけど。どうましょう。また招待状送ればいいのかしら。来てくれるかな……ヒロインちゃん……。


「レイチェル」

「何ですか?」

「今日も世界一、美しい我が婚約者殿。一曲お相手いただけないだろうか」


 いちいち目とか歯とか光らせないと死ぬ病気でも患ってるのかしら。この王子。相手するのが面倒なんですけど。


「申し訳ありません。足が痛くて踊れません」

「それは大変だ。休憩室で休んだ方がいい。さあ……」

「結構です」


 毎度おなじみのやりとりだけど、今日はいつにも増して、気持ち悪い。私が嫌がってるの、知ってるよね? ……そのハァハァ息を乱すのやめてくれないかな。瞳を潤ませて、こっち見るの怖い。私に何を求めてるの?


「君のつれない所が、とても素敵だ」

「気持ち悪いことをおっしゃるの、やめてくださいませ」

「わたしの婚約者が君で、本当に良かった」

「そうですか」


 これも、毎度おなじみの会話。いつになったら私の気持ちに気づいてくれるんだろう。


「今度、靴を贈ろう。踵が高くて美しい靴を……それを履いた君と一曲踊りたい」

「また足に穴があくほど踏まれたいのですか?」

「君に踏まれるのはご褒……いや、妖精のような君に踏まれても痛みなど感じないものだ」


 なにに興奮したのか、また顔を赤らめてハァハァしてる。顔は文句なしのイケメンなのに……いや、だからこそ、クズ王子なのか。


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