トライアスロン
彼女は見事なまでに無傷だった。
脳波は正常であるとの事だ。
・・・ふと思い立ち、看護婦長に事故当時着ていたスーツを
見せてもらえないかと訪ねてみた。
警察が回収していったとの事だった。
それはそうだろう。
破れた部分はあったかと訪ねたが、婦長は立ち会っていないので、
わからないという事だった。
探偵でもあるまいし、これ以上立ち入って聞けない気がする。
彼女は黒髪だったであろうが、プールやけで少し茶色みがかっている
相当泳がないとここまで色抜けしない。
その証拠に生え際の根本はは真っ黒だ。
水色の入院着から四肢の手足のみが伺える。
トライアスロン選手なのであろうか、極端に絞られている。
女性なのに、体脂肪が13%くらいしか、なさそうだ。
点滴のある手の甲に見える血管や足の甲がそれを物語っている。
マニキュアもペディキュアもなく、綺麗に整えてある
いい爪切りを使っているな・・・
AAではなく、Aだな・・・
「何と失礼な!」と自分に注意する。
こうなると、ロングどころかアイアンマン選手なのかもしれない。
静かに眠る彼女の顔立ちは、至って端整な日本人といった感じだ。
一重まぶたに、短いまつげ。
通った鼻立ちに、薄いが大きめの唇。
シワが多い唇は、よく食べ・よく喋る人なのかもしれない。
身長は150cm程度か、フレームサイズを思い出しながら、
自分勝手に納得する。
挨拶したときの笑顔からは想像できなかったが、
この顔が笑顔になると、あんなにも可愛く見えるものかと、
思い出しながら、ぼんやり眺めていた。
今の彼女は持ち物一つなく、着るものもなく、この躰一つがここにある
心電図の音だけが部屋に響く。
・・・
ふと、彼女の右手を見ていると、中指が「ピクッ」と動いた。