8 小金持ちアッシュ
どうも、俺です。アッシュです。
今、俺は運河沿いにあるオシャレなカフェの野外席でモーニングセットを食べた後、食後のコーヒーと上等なタバコを堪能しています。
昨日の夜なんてちょっと高めのレストランでステーキを食べて、ベイルが奢ってくれた物と同じウィスキーをカパカパ飲んだ。帝国にいた頃じゃ考えられないほどの贅沢三昧だ。
「金があるって素晴らしいな……」
帝国から持って来た金と、昨日の騒ぎで得た報酬も合わせると毎日こんな暮らしを続けても三ヵ月は持つだろう。
心なしか世界が輝いて見える。自由で金もある生活ってのはこうも違うのか。
「お兄さん、新聞いりませんか」
俺が運河を眺めながら一服していると、新聞売りの子供に話し掛けられた。
「もらおうか」
「どうも!」
少々お高めの王国新聞を購入して読めるのも金に余裕があるからだ。帝国騎士時代はケチって休憩所に置かれた共同の物を読んでいたっけ。
「王国の新聞にはダンジョンの様子まで書かれるのか」
帝国の新聞と共通しているのは、国の経済状況や政治に関する記事、外国の動向を説明する記事だ。そこに他の地域で起きた事件や出来事を説明する記事が掲載されていて、ここまではあまり向こうと変わらない。
その共通事項に加えて、王国新聞には王国内三ヵ所にあるダンジョン都市の様子やダンジョン経済に関する記事が、他とは独立した特集記事として掲載されていた。
『東の第一ダンジョン都市で新種の魔物が発見された!? 騎士団とハンターが調査を開始!』
『北の第三ダンジョン都市で試験されていた新栽培法が有効と判断される! 今年の冬は野菜の値段が下がるかも!?』
といった、各ダンジョン都市で起きた様子を伝えてくれる。他にも各都市の協会からのハンター勧誘広告が載っていたり。
「昨日の件、もう記事になっているのか」
一番、目を惹かれたのは、やはり第二ダンジョン都市の記事だろう。
『西にある第二ダンジョン都市にて氾濫の兆候が!? しかし、騎士団とハンター達の奮闘で鎮圧された模様!』
みたいな記事が掲載されていた。あと、ベイルの声明みたいな一言が添えられている。
「後ろの方は求人情報……。恋人募集まであるのか」
この辺りも帝国新聞とは違う部分だ。帝国の新聞は格式高くて貴族の読み物という感じだったが、こちらの新聞は随分と親しみやすい作りになっているんだなと思う。
一ヵ月で起きた出来事を纏めて掲載しているのは同じだが、地域特有の記事はすぐに記事にして掲載されるところも帝国とは違う。まぁ、帝国で新聞を読む平民なんて数えるくらいしかいなかったしな。
「そろそろ行くか」
俺は王国新聞を折って小脇に挟みながら席を立つと、そのまま南区へ向かって歩き出す。
今日はさっそく、ハンターライセンスの取得をしようという魂胆だ。
先日の報酬もあって第二ダンジョン都市で暮していける目途も立ったし、あとはハンターになって生計を立てれば良い。
……立てられると思うのだが。大丈夫だよな? ライセンスを取得したら何度か、ダンジョンに潜って試してみないとな。
一ヵ月生活するのに必要になるであろう金額を頭の中で試算しながら協会のスイングドアを押すと――
「おうおうおう!」
「おめえ、ハンター希望者か!?」
「え?」
ずいっと現れたのは厳つい顔をした男二人組。タンクトップの上に革の胸当てを付けて、筋肉モリモリな両腕を組んだ状態で登場だ。
俺の顔を睨みつけるように見る男達だったが、その表情はすぐに笑顔へ変わった。
「なんだ、アッシュさんか」
この二人は俺の名を知っているらしい。他にも奥から「例の人か」などと声が聞こえてきた。どうやら昨日の件で名前が知れ渡ったようだ。
二人に「悪いね」と謝られてながら中へ通される俺だったが、一体何の事なのか皆目見当がつかない。それが二人にも伝わったのか、どうしてこのような事をしているのか説明してくれた。
「実は若い野郎が夢見てハンターになる事が多くてな」
「そういう野郎は身の丈に合わない狩場に挑んですぐ死んじまう。そうならないよう、ここで篩に掛けているのさ」
厳つい顔をした二人組に対してビビるようでは魔物を相手にするハンターなどやっていけない。無駄な死者を出さないためにも協会から頼まれてやっているらしい。
……帝国の騎士団にもそういった新人が毎年多かったっけ。
「アッシュさんもダンジョンでヤバそうなヤツがいたら助けてやってくれよ」
「もちろんさ」
俺は二人と握手を交わした後、職員の待つカウンターへ向かって行った。
「アッシュさん! ようやく来てくれましたね!」
そう興奮気味に対応してくれたのは、昨日話していた女性職員だ。
栗色のショートヘアに銀のイヤリングを付けて、美人系よりも可愛い系といった顔立ち。キチッとした協会の制服がよく似合っている。
「ようやくって、昨日の今日じゃないか」
「昨日のうちにライセンス取得して欲しかったって話ですよ!」
目をキラキラさせる彼女は、俺にどんな期待をしているのだろうか。
「今日はちゃんとライセンス取得するよ」
「はい! では、こちらに記入して下さいね!」
差し出されたのは個人情報を記入する用紙だった。
名前と年齢、性別に住んでいる場所の住所など。あとは配偶者の有無や親しい人への連絡先だ。
「宿暮らしなんだが、住所はどうすればいい?」
「契約している宿名を書いて下さい。もし、今後に宿の変更や家を持ったら変更届を出して下さいね」
「親しい人の連絡先ってのは……? 俺、独り身で両親もいないんだが」
「わぁ! 私も独身ですよ! お揃いですね☆ あ、特に無ければ空欄で構いませんよ」
途中の独身アピールは何なんだ……?
「メイちゃーん、俺が相手になるって言ってんじゃーん」
すると、少し離れた場所に座る男性ハンターの声が聞こえてきた。
「うるせえ! 失せろ! さっさとダンジョン行って魔物ぶっ殺して来い!」
そうか、この女性職員はメイというのか。にしても、態度がヤバイ。剣を持った厳つい男に中指立てる女性なんて初めてみたぜ……。
「書けたよ」
「はーい☆」
きゃるるん、と可愛らしい声を返されながら用紙を回収された。その後、記入した用紙を元に何かを操作して、差し出されたのは名前が彫られた銀のカードだった。
「これがハンターライセンスです。ダンジョンに入る際は、ダンジョン前にいる協会職員に提出して下さいね」
加えて、ハンター活動をする際の注意点を教えてくれる。
まず、ダンジョンに入る際はカードを忘れないこと。無ければダンジョンには入れない。地上に戻って来た時も職員に戻った旨を必ず伝えること。
これは、内部に誰がいるか把握するためらしい。一週間など、あまりにも長い期間戻らないと遭難・もしくは何かあったか調べる為に調査隊が送られる。その際に掛かった費用は全額こちらが負担する事になってしまう。
次に魔物を討伐した際に得た素材は全て協会に提出すること。これは素材を王国研究所へ輸送しているからだ。
どんな素材であっても必ず協会に提出せねばならず、冬物のコートを自前で作りたいからと自分で毛皮を狩りに行く……などはご法度だ。同様に持ち出しが発覚すると処罰(罰金)される。
ハンターは都市内での武器携帯を認められているが、住民に対して武器を振るうと問答無用で逮捕。また、暴力沙汰も罰金となる。酷ければ牢屋行きもあり得るとか。
「次にハンターになった方は王国からの国籍離脱は認められていませんので、アッシュさんは外国へ移住できません」
「旅行もダメなのかい?」
「……出来れば控えて欲しいですね。正直、グレーゾーンです。そういった理由で国外に出て、戻って来ない人もいますので」
ダンジョン内部の情報などを他国に漏らさない為の処置であるが、女性職員――メイさんの言ったような事態が起きるらしい。
そこまで言ったあと、彼女は俺に顔を寄せて小声で話し出した。
「国外に出た人は王国の秘密部隊に捕まっちゃうって話です。噂ですけど」
「……なるほど」
随分とおっかない噂だ。そうならないよう注意しよう。捕まって牢屋暮らしは御免だしな。
「次に税金のお話です。ハンターという職業は非常に不安定なのと……。その、いつ命を落とすか分かりませんから」
少し言い難そうに言う彼女だが、言わんとしている事はよくわかる。
「そこで、一年分の税金を一括回収しています。お金が無い場合は協会が立て替えて、素材提出時の報酬から差し引く制度があります」
「一年分の税金はいくらなんだい?」
「ハンターは諸々総額で十五万ローズです」
帝国の騎士が払う年間税金より安い。これが潤っている国の強みか。立て替え制度もまだ稼ぎが無い新人には嬉しいだろうな。
それにしても、一つに纏めて協会が徴税してくれるのは有難いな。帝国のように色々と出向いた先で難しい計算しなくて済む。
「じゃあ、一括で払うよ。あとで銀行から引き出してくる」
「はい。分かりました。……これで完了ですね。ようこそ、ハンター協会へ! 我々は貴方を滅茶苦茶歓迎しますよ!」
魔物をばっさばっさと倒して倒して倒しまくって下さい! と熱の入った歓迎をされてしまった。
「はは、ありがとう。ところで、武器や道具などの必要な物を揃えたいんだが、オススメの店はあるかい?」
「装備品を扱う鍛冶屋や道具店は南区にも揃っていますが協会でも買えますよ。あちらにある売店で売ってます」
カウンターに身を乗り出したメイさんは、協会奥を手で示した。示された先には小さな商店らしき場所があって、そこで一通りハンターに必要な物が揃うようになっているらしい。
「そっか。ありがとう。寄ってみるよ」
「はい。あ、おすすめは収納袋と魔物除けの煙玉です。買っておいた方が便利ですよ!」
おすすめを教えてもらって、俺はメイさんに礼を言いながらカウンターを後にした。
売店に足を向けかけるが……。
「おっと、先に銀行へ行くか」
税金分と剣や道具を買うお金を下ろしに行かなくちゃな。