アフター5:【コミカライズ単行本2巻発売記念】 仲良し三人組
第二ダンジョン都市にある、とある酒場。
昼間ということもあって酒場の利用客は少なく、店内は穏やかな雰囲気が漂う。
だが、奥にあるテーブル席だけは違った。
「…………」
テーブル席に座っている人数は四人。
三人はゴロツキのような厳つい顔の男達だ。
彼らは配られたカードを睨みつけ、どれを交換しようか真剣に悩んでいる。
「ふんふんふ~ん♪」
テーブルに座る残りの一人。
機嫌良さそうに鼻歌を歌うのは、とんがり帽子を被った少女。
とんがり帽子から垂れる長い髪は赤く、可愛らしい容姿は誰が見ても十二~三歳の少女にしか見えない。
着ている服もオーバーサイズで、小さな両手は袖の中にすっぽりと隠れてしまっている。
手が袖から出ていないのにも関わらず、器用にカードを持つ姿は『博打慣れしている』と言わざるを得ない。
この少女の名はラン。
レンとミレイの子供だ。
「……一枚交換だ」
男がカードを一枚交換すると、手札に入ったカードを見て「チッ」と舌打ちする。
どうやら目当てのカードじゃなかったようだ。
ただ、それでも退けない。
博打討ちとしてのプライド、それにここまで負けっぱなしの状況を覆すために。
「勝負だ!」
「あい~」
男達は三人掛かりでランに勝負を挑んだ。
「Aのフォーカード」
しかし、結果は負け。
ただの負けどころか、男達の長い博打人生の中でも最大の負けといったところだろう。
「なんでまたAのフォーカードなんだよ!?」
男達とランの勝負はこれで十三回目。
その十三回全て、Aのフォーカードで負けている。
「このクソガキ! イカサマだ!」
男達は遂にキレた。
むしろ、もっと早くにキレろよとツッコミたくなるが。
「むふふ。残念でした。ボクはイカサマなんてしないよ~。イカサマする理由なんてないもん」
何故なら彼女は博打の神に愛されているから。
事実、ランはこれまで一度もイカサマなどしたことがない。
博打好きの母親から「イカサマは負け犬のすること」と教えられて育ったこともあるが、そもそもイカサマなんて行為を思いつく前にカードの方から彼女の元へやって来る。
「あり得るわけねえ! 絶対に何かしてんだろ!」
男の一人はランの隠れた手に秘密があると睨んだ。
袖に隠れた手を晒してやろうと、彼女の手首へ腕を伸ばした瞬間――
「ランちゃん、いるー!?」
酒場のドアが勢いよく開いた。
ランの名を叫びながら店内に入って来たのは、騎士団支給の鎧と剣を身に着けたアルカ。
その後ろにはアルカとペアを組んでいるベルグだった。
「ランちゃん、また博打して相手を怒らせたの?」
アルカはランの状況を見て、苦笑いしながらテーブルに近付いてくる。
一方、男達はアルカ達の恰好を見てマズイと思ったらしい。
特にランの手首を掴もうとしていた男の顔色は悪すぎる。
下手すれば子供をカードに誘った不埒者扱い。それどころか、負けた腹いせに少女へ暴行しようとしていたという暴行未遂の罪まで背負いかねない。
王国法に基づけば、一発で鉱山送りだ。
ただ、アルカの同情はランではなく男達に向けられた。
「おじさん達、ダメだよ。この子と勝負したら負けるに決まってるじゃん」
「え?」
意外な反応に呆ける男達。
「ゾロ目のランって知ってる?」
アルカが問うと、男達は揃って顔を見合わせた。
「ゾロ目のラン……? ゾロ目のランって、あの伝説の博打打ち?」
「王都の全賭場だけじゃなく、地方の賭場まで出禁になったっていう?」
男達の顔は一斉にランへ向けられる。
「ランちゃんもダメでしょ。この前、僕の父上から怒られたばかりじゃないか」
今度はベルグが苦言を漏らすと、ランは口をすぼめながら「ぶー」と不満の声を漏らす。
「だってさ~、ボクはただ遊びたいだけなのにさ~。遊んだ結果、お金が舞い込んでくるだけなのにさ~」
それが博打というもの。
だが、博打において負け無しのランは賭場からすれば脅威となる。
何故なら本当に負けないから。
賭場にいる客を全員すっからかんになるまで追い込み、下手すれば賭場の資金まで喰らい尽くす。
それが伝説の博打打ち。賭場泣かせの少女、ゾロ目のランだ。
「おじさん達も負けたからって怒らない方がいいよ」
「そうですね。災害にでも遭ったと諦めた方がいいかと」
アルカとベルグは苦笑いで言うも、男達は納得しかけたところでハッとなる。
「いや、俺達の金!」
だとしても、すっからかんになるのはお断り。
クタクタになった紙幣を集めるランに文句を言うが……。
「博打で負けて文句を言うのって、犬におしっこをかけられるより恥ずかしいことだって私のママは言ってたよ?」
ランはにひっと笑いながら紙幣を回収し、それを服のポケットに突っ込んでしまう。
「今度は勝負を吹っ掛ける相手をよく選ぼうね~。それも博打に勝つ重要な要素だよ~」
男達の尊厳のために言っておくが、元々三人でカードを楽しんでいた男達に声を掛けたのはランの方である。
男達が「カモが来た」とニヤついていたのも否定できないが。
「楽しかったよ~」
ブカブカな袖をひらひらと振り、ランはスキップ混じりに店を出て行ってしまう。
アルカとベルグも彼女の後に続き、外に出たところで――
「レンおじさんに言っちゃおうかな」
「僕は父上に報告しないといけないかも」
二人はご機嫌なまま道を行こうとするランの背中に向かって言った。
その言葉を聞き、びくっと肩が跳ねるラン。
彼女はぎこちなく振り向くと「でへ」と笑った。
「か、勘弁してよ~。ボクは君達のお姉ちゃんなんだよ~? この歳になってパパから怒られたくないよ~」
見た目は少女。実年齢はアルカ達よりも年上。
むしろ、グレイウォード家長女であるアウリカと同い年。成人済み。
父親から受け継いだ魔法使いとしての素質は、彼女の父親同様に成長にも影響を与えていた。
「お姉ちゃんならしっかりしてよ。これから研修だってのにさ」
アルカはランの帽子をスポッと抜き取ると、綺麗な赤い髪をくしゃくしゃと撫でた。
傍から見れば姉妹のコミュニケーションだと思われるだろうが、事情を知らない者はアルカの方を姉だと認識するだろう。
「さすがの天才魔法使いと言えど、研修前に博打を打つのは騎士団に怒られるよ?」
ゾロ目のランは単なる博打打ちというわけじゃない。
彼女は女王からも騎士団長からも認められる天才魔法使いだ。
今年から彼女は騎士団から特別招聘された魔法使いの一人として働いてもいる。
そういった肩書があるからこそ、王都騎士団団長であるベイルに怒られもしたのだが。
「君達の研修に付き合うのは良いけどさ~。それって単なるお守りでしょ~? ボク、暇なんだも~ん」
スリルがない。ドキドキしない、とランはため息を吐く。
これからアルカ達は第二ダンジョンへ潜り、騎士としての訓練を積む予定だ。
その監督をするのがランの役目なのだが、天才魔法使いからすると魔物相手では物足りないといったところか。
その言葉を聞いたアルカは「あーあ」と残念そうに声を漏らす。
「それ、ミレイおばさんが一番嫌いな言葉だ」
「昔、レンおじさんが同じことを言ってミレイおばさんにぶっ飛ばされたんだっけ」
聞いちゃった、とアルカが言うとランの顔色がみるみる悪くなっていく。
「ちょ、ちょっと! ママに言うのだけは止めて! 絶対にダメっ!」
本気で焦るラン。
「どうしようかな~?」
ニマニマと笑うアルカに対し、ランは先ほどの勝負で得た札束をポケットから取り出す。
「す、好きなご飯食べさせてあげるからね? お、お姉ちゃんがどーんと奢ってあげる! ね、ね?」
メインストリートに「お願いだよ~!」とランの叫び声が響く。
子供の頃から仲良し三人組。
昔も今も変わらない光景がそこにある。
祝! 灰色のアッシュ コミカライズ版単行本第二巻発売!
単行本2巻の発売日は紙・電子共に7/2です!
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