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アフター4:【コミカライズ単行本発売記念】引退はまだ遠く


 帝国崩壊から十五年、現在の世界情勢は「安定している」と評価されるだろう。


 共和制へと変わった旧帝国の内情も落ち着いてきたし、同時に旧帝国が行っていた侵略への賠償問題もようやく終焉を迎えた。


 俺も国内の治安維持や後輩達の育成、新たなダンジョンの調査など忙しい毎日を過ごしているが――


「ファーミット王国へ?」


「ああ、新しいダンジョンが発見されたんだ」


 新しい仕事の打ち合わせにベイルの執務室を訪ねると、彼は大陸地図を貼り付けた黒板を前に頷く。


「二年前に返還された土地だったか」


 ファーミット王国は旧帝国の侵略によって消滅した国の一つであり、二年前の賠償問題解決と共に再建を成した国でもある。


 侵略によって王族は根絶やしにされたかと思われたが、実は逃げ隠れていた子が存在していたという。


 帝国崩壊により、ファーミット王家の遺児を再び頂点に――というのが彼らの求めた賠償内容の最重要事項だった。


 もちろん、それだけじゃなくもっと複雑な内容が含まれているし、中には金銭に関する内容もあるのだが。


 とにかく、そういった背景を持つ再建国内で新しいダンジョンが発見されたというのが今回の主題。


「僕達はファーミット王国との契約に基づき、ダンジョンを最初に調査する権限があるからね」


 対し、ローズベル王国側が賠償問題解決の尽力と再建支援の対価として求めたのが『国内で発見されたダンジョンの調査』である。


 ローズベル王国がダンジョンを真っ先に調査すること。ローズベル王国の調査が終わるまでは立ち入り禁止、という内容だ。


 これはローズベル王国がダンジョン調査のスペシャリストであり、経験に乏しいファーミット王国側がヘマして氾濫を起こさないようにという安全策。


 再建したばかりの国に余計な混乱を招かないようにという、アイリス女王陛下とローズベル王国の()()である。


「向こうもやる気満々でね。うちを見習ってダンジョン経済を構築したいらしい。そのため、調査と同時にハンター協会の設立も進めていくつもりだよ」


 ファーミット王国としては早々に国内を安定させたい。同時に侵略されていた期間を取り戻したい。


 そのためには最も発展している国を倣いたい、といったところか。


「アッシュ達は騎士団と研究所から選出された調査隊を率いて現地へ向かってほしい。向こうでハンター協会側の人員と合流した後、ダンジョン内を調査してほしいんだ」


「了解だ」


「よろしく頼むね」


 

 ◇ ◇



 ダンジョン調査の任務を受けてから一週間後、俺達はファーミット王国西部に入った。


 ダンジョンが見つかった土地は王領となっているようだが、これは単に土地を治める領主がまだ決まっていないかららしい。


 その結果、俺はファーミット王国の王様――まだ年齢は十五歳という若さ――と挨拶するというとんでも事態に巻き込まれてしまった。


「……緊張した」


「王国十剣が何言ってるんですか?」


 同席してくれたレンが苦笑いを浮かべるが、苦手なものは苦手なのだ。こればっかりは仕方ない。


「むしろ、どうして俺なんだ。騎士団の総司令を任されたロッソさんとか、学者さんの中にだって貴族はいるじゃないか」


 今回の調査には出世して騎士団の幹部になったロッソさんも参加しているし、派遣された学者の中には貴族家の人間もいる。


 他にもファーミット王国に駐留する外交官だっているのだ。


 俺よりも偉い人はたくさんいるのに……。


「いや、アッシュさんだって貴族じゃないですか」


 ……そうだけど。


「でもさぁ。俺は正真正銘の貴族というよりも、剣を振るう貴族なんだからさぁ」


 最近になって、昔オラーノ侯爵がよく漏らしていた苦悩がより理解できるようになってきたな……。


「……気分を入れ替えよう。ダンジョンに入ってしまえばこっちのものだ」


 苦労はあるものの、ダンジョンに入ってしまえば貴族うんぬんとはおさらばである。


 そういった意味ではダンジョン内か家が一番落ち着ける。


 自分で言いながらもおかしいと思うが。


 レンに愚痴を漏らしながらも、俺達は発展途上な街のメインストリートを北に抜け、待機していた馬車に乗り込む。


 街から馬車で数十分走ったところに今回のダンジョンは見つかったからだ。


「おーい、お待たせ」


 ダンジョン前には調査隊とハンター協会からの援軍が待機しているのだが、真っ先に見つけたのは愛しき友人。


 ハンター協会の幹部であり、戦友でもあるタロンだ。


「よう、王様との挨拶はどうだった?」


「緊張したよ。もう二度と御免だ」


 俺の感想を聞いたタロンは大笑い。


「まぁ、確かに他国の王族と会うより魔物と遭遇した方が気が楽だよな!」


 彼の笑い声を聞いていると昔に戻った気分だ。


 ダンジョンで稼いだ後、何にも考えずに酒場へ乗り込んでいた頃が懐かしいよ。


「こちらは準備できているぞ、王国十剣殿」


 準備万端と教えてくれたのは調査隊を率いるロッソさん。


 俺は彼に頷きを返す。


「よし、始めようか」


 俺の宣言と共にダンジョン調査開始。


 調査隊の先頭を行くのは騎士団。その後ろにハンター達が続き、研究所から派遣された学者達も続く。


 最後尾に位置するのは俺とレン、ハンター達のまとめ役であるタロンだ。


「そういや、ウィルさんは?」


「ウィルは四人目の子が生まれるから王都で待機さ」


 タロンの質問に答えると、彼は「相変わらずラブラブだね」と苦笑い。


「ああ、そうだ。結婚祝い、ありがとな」


 続けて彼は恥ずかしそうに笑う。


 そう、タロンは遂に結婚したのだ。


 お相手は他国の人間であり、ハンター協会の外国支部を設立する出張の際に出会ったんだとか。


 嫁さんとの歳の差は二十も離れており、仲間達からは羨ましいとからかわれているようだが、本人はとても幸せそうなのでなによりである。


「しかし、聞いた時は驚いたよ。ずっと独身を貫くのかと思っていたから」


 タロンは昔から特定の相手を決めないスタイルの人間だったし、結婚するまでもそうだった。


 それが急に嫁さんを連れて帰って来たのだから驚くのも当然だろう。


「……まぁ、俺もそろそろ落ち着こうと思ってね。協会の職員になってからヒヨッコ共を教育してきたが、いつの間にかそれも後輩に任せることになっちまったしよ」


 ハンターとしての人生を終わらせ、第二の人生として教官の道を選んだタロン。


 優秀な彼が出世するのも当然だし、協会内で重宝されるのも当然だ。


 結果、彼は幹部となって新支部の設立を任される立場にまでなった。


「昔は地位や名誉を得て、大金も貰ってよ。なーんも心配しない生活を送りてぇと思ったが……」


 それらを得ると同時に彼の両肩には『責任』という重しが圧し掛かる。


 これは俺も同じだ。


 彼の言いたいこと、内心に充満する気持ちはよく理解できる。


「ただ、守るモンが出来たってのは良いことだったよ」


 一時は思い悩んでもいたようだが、それも結婚したことで好転した様子。


 今、彼が浮かべる笑顔からは明るい気持ちしか感じられない。


「あとは嫁さんと愛を深めながら引退を待つだけさ。後輩共の仕事っぷりを後ろから眺めてゆっくりさせてもらおうと思ってね」


 今は引退に前向きで、家では引退後の生活などを嫁さんと話し合っているらしい。


 第一候補はローズベル王国内の都市を回る観光旅行らしく、タロンは「嫁に色んな景色を見せてやりたい」と楽しそうに笑う。


「アッシュさんは?」


「俺も似たようなもんさ。自分の子供もそうだが、育った新米達がダンジョンで活躍するのを見ると嬉しくなるよ」


 俺は先を歩く若い騎士達の背中を見つめながら言った。


 彼らのほとんどは王都騎士団で鍛えられた者達だ。


 彼らが魔導兵器を纏い、こうしてダンジョン内を歩いている姿を見ると誇らしく思える。


「そうか、なら仕事をさっさと終わらせて一杯やろうや。俺の引退生活についても一緒に考えてくれよ?」


「はは、仕方ないな。ビール一杯で相談に乗ってあげよう」


 揃って笑みを浮かべたところで、調査隊は薄暗い通路を抜けた。


 通路を抜けた先は大きな階段があり、それを下った先――地下二階には第二ダンジョンの三階に似た、神殿らしき建物が残る広場が。


 神殿を支える太い柱にはツタのような植物が巻き付き、地面には雑草の生えた土の地面がある。


 上を見上げればサンサンと輝く太陽があって、経験者である俺達は『安全地帯』と第一印象を受けるだろう。


「地下二階は休憩に使えそうですかね?」


「本番は三階からかぁ?」


 それは先頭の若い騎士達も同じだったようで、彼らからは楽観的な声が聞こえてきた。


「どう思う?」


「油断はできない」


 ただ、何が起きるか全く予想できないのがダンジョンというもの。


 第一印象はアテにできない、という教訓を持っているのも経験者の持つ力の一つと言えよう。


「レン、どうだ? 何か感じるか?」


「……何か違和感が――」


 杖を握るレンがそう言った瞬間、先頭から悲鳴が上がった。


「うわ、うわあああ!?」


 悲鳴を上げた騎士は『何か』に拘束されている。


 透明な何か、縄のようなもので体を縛られているような態勢だ。


 拘束された騎士は道の脇に生えている木に向かって引っ張られて行き、太い枝の下で宙吊りになってしまった。


 これは魔法か? トラップか? それとも別の何かか?


 拘束された騎士を注視すると、彼の上――枝の上に不自然なシルエットが見える。


「あれかッ!」


 俺はナイフホルダーからナイフを抜き、()()()している物体に向かって投擲。


 ナイフがそれに刺さるとようやく姿を見せた。


 騎士を拘束したものの正体は体を透明化――いや、周囲の景色を反射するように姿を隠す銀色のトカゲ。


 魔物だ。


 紫色の血を流す魔物が長い舌で騎士を拘束していたのだ。


 ギョロッとした大きな目が俺を捉え、長い舌を垂らしたまま「グワグワ」と鳴く。


 やつが鳴いた瞬間、俺の視界にいくつかの『揺らぎ』が見えた。


「レン! タロン!」


「おお!」


「はい!」


 俺は一斉に前へ飛び出し、一見すると『何もない』場所へ剣を振るう。


 しかし、手応えはあった。


 俺の剣は魔物の肉を斬り裂き、紫色の血が周囲に飛散する。


 地面には真っ二つになった魔物の体が転がった。


 顔を横に向けると片手で巨大なハンマーを叩き落とすタロンが叫ぶ。


「よく見ろ! 揺らいでいる箇所に潜んでいるぞ!」


 彼の助言により、騎士達もハンター達も魔物の特性を看破し始めた。


 ……騎士が拘束された時は焦ったが、何となりそうだな。


 心の中で安堵していると、魔法を放ったレンが俺とタロンの傍までやって来る。


「二人とも、まだまだ引退はできませんよ? ほらほら、働いて!」


 続けて魔法を放つレンに対し、俺とタロンは互いに顔を見合わせた。


「だとさ。引退後の話はまた今度だな」


 そう言ったタロンの浮かべた笑顔は、どこか嬉しそうなものだった。


読んで下さりありがとうございます。

本日の更新はコミカライズ版の単行本発売を記念したSSとなっております。


コミカライズ単行本1巻の紙版は3/28に発売です。

メロンブックスさんで購入すると特典がつきます。

電子版は翌日の3/29に発売となります。


是非ともよろしくお願いします!


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