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ドール脱出

「なんで自慢の愛竜を使わないんだ。」

 岩永は文句をたれてる。

「今は夜といっても、竜は目立つでしょう。それに既に空の防空が守られていない以上、エスタ兵も空竜騎士を多数投入しているだろうからこちらも竜は使えないのよ。国境を超えるまでは我慢して。」

 僕らはいま馬に乗っている。といっても自分は乗馬をしたことがないのでマリーの後ろにしがみついているだけだが。しかしこんな切迫したときでもきれいな女の子の腰に手をまわすことがうれしい自分が嫌になる。

 岩永はここでも天才っぷりを発揮して、五分で乗れるようになってしまった。

 岩永に言わせると、

「馬なんて小さい頃メリーゴーランドに乗ったことあるだろう。あれと一緒だ。」

 ということらしい……。

 岩永は城を出るときにジュラルミンケースを返してもらった。

 僕らはトラビアの市街地を疾走している。既にそびえ立つ城の尖塔は煙を上げており、すぐそばには長さが二百メートルはありそうな空中戦艦が浮かんでいる。まさに空中戦艦は浮かぶ船である。こちらの世界にやってきてもう大概のことには動じなくなった。しかしさすがにこれは物理法則を無視し過ぎだろの思いも禁じ得ない。

 砲撃は凄まじくどこか遠くから大気を切り裂く砲弾の音が聞こえる。すぐそばに砲弾が着弾する。時々、逃げ遅れた市街地の住民が着のみ着のまま逃げていく。

 いったい今晩だけでどのくらいの人が犠牲となるのか。

 ふとそのような考えが頭をよぎるがすぐそばに砲弾が着弾し熱風が顔をなめるとそのような思考の切れ端は生存の本能によってかき消される。

「トラビアが囲まれる前に市街をでたいのだけど……。」

 マリーは手綱をしっかりと握りしめ馬を前へ前へと駆り立てる。

 町外れにきてようやく王都を囲む塀が見えだしたとき、前から昼間マリーと対峙していた兵士と同じ格好をした騎士が五人現れた。

「エスタ兵だ。くそっ。」

 マリーは急に方向転換をして路地裏へと続く細い道へと馬を走らせる。向こうも気がついたようである。速度を上げ僕たちを追ってくる。その距離約百五十メートル。騎士の一人は他の騎士よりも明らかに重厚な鎧で全身を覆っている。加えてその騎士を乗せているのは馬ではなくこれまた全身を鎧で覆われた凶悪そうな顔つきをした巨大トカゲであった。

「陸竜だ!お願い、絶対に追いつかれないで。陸竜のひずめは馬を一撃でスライスにするから。」

 マリーが叫ぶ。

「俺は馬刺が大好きだぜ。」

 岩永はどことなく楽しそうである。

 その重厚そうな体つきにも関わらず全力で走っている馬と同じ速度で陸竜は走ってくる。後ろから聞こえてくるのは怪獣映画に出てくる怪物そのものの声。

「あと、市街地を抜けるまでどのくらいだ。」

 岩永が後ろを振り向きながら訪ねる。馬に乗ったエスタ兵は追跡をあきらめたのか陸竜の騎士のみになっているが、どうも陸竜はこちらよりも足が速いらしく既に距離の差は百メートルをきっていると思われる。

「まだ五キロ程度は離れているわ。戦うしかないわよ。」

 マリーの一言に僕は覚悟を決める。

「袋を取って。」

 マリーは城を出るときにかき集めた魔法具の袋をつかむ。

「これを指にはめて。」

 マリーに手渡されたものは指輪だった。さっき城でマリーがはめていた指輪と同じものだ。その指輪には赤いルビーのような宝玉が鈍い色で輝いている。

「私とタカオは手綱をつかんでいなければいけないからよけいなことはする暇がないわ。それに私は攻撃系の魔法はほとんど使えないの。あなただけがたよりよ。」

 突然そんなことを言われても困る。

「使い方がわからないってば。」

「一発勝負よ。頑張って。」

 マリーは無茶を言う。

 そうこう言い合っているうちに竜に乗った騎士は僕らのすぐ後ろにつけてきた。騎士と陸竜につけられた鎧の金属音が耳に聞こえる。後ろを振り向くと騎士は手に持っていた槍をかざしまっすぐにかまえを取る。確実に串刺しにするつもりである。

「竜族の皮膚はかなり強力な魔法以外ははじいてしまうの。騎士を狙って。」

 マリーの忠告も耳にうつろにしかはいらない。初めて味わう命の危機に心拍数が上昇する。脳からアドレナリンが全身に駆け巡る。手に汗がにじむ。

 騎士の突き出した槍がまっすぐにのびる。どうしようもなく僕はそれを手で払おうと大きく右手を振る。すると急に耳をつんざく突風がふく。金属と金属がぶつかったかのような高い周波数の音がなり槍の先がはじき飛ばされる。

 信じられない。僕は起こったことが把握できず硬直している。

「やるじゃない。もう一度よ。またきたわ。」

 そのマリーの声で体が緩む。

「わかった。」

 僕はなんとかしようともう一度手を振る。

 なにも起きない。

 三回、四回と振るが全く何も起こる気配がない。

 その隙に騎士はさらに距離をつめた。槍を高くかまえ地面に突き刺すようにマリーに槍を向けて穂先を伸ばす。

「だめだ。」

 思わず声が出る。

 これ以上の犠牲はうんざりだ。

 魔法よ僕に力を。

 手を前に伸ばす。右手が燃えているかのように熱く感じる。宝玉が一瞬真っ赤に光る。そのとき宝玉がパリンと切ない音を出してくだけ散る。

 もうだめだ。

 と僕は覚悟をした。

 瞬間、轟音とともに目の前から騎士の姿が消える。

 気がつくと騎士は宙を舞っている。紙が風に飛ばされるかのようである。激しく回転しつつ生命を失った人形のように騎士が飛ばされていく。目に見えるほどの風の槍が騎士にぶつかっていく。風の槍は騎士をれんが造りの壁の家にぶつけた後もとどまる勢いを知らず家をまるまる数軒吹き飛ばす。

 僕はあまりの威力に呆然とした。マリーも岩永も呆然としている。しかし考えるのは後だった。乗り手を失っても陸竜は僕らを追いかけてくる。それどころか牙をむき出している様子から見ると馬ごと僕らを噛み砕こうとしている。

 考えるよりも早く、真法具の袋をつかみ指輪を中身から見ずに指先で確かめとりだす。すぐにさっきと同じように右手を振る。やはり宝玉が割れる。この指輪は紫の宝玉であった。大気が揺れる。直径が三メートルはあるかのような大きな豪炎が陸竜を襲う。レンガで舗装された道を焦土とかし豪炎は後ろに飛んでいく。

「やったか。トカゲの薫製の出来上がりだな。」

 岩永はそう言って豪炎をみつめる。

 岩永はおなかがすいているのだろうか僕はそう考える。

 しかしマリーは後ろも見ずに話す。

「いやまだよ。」

 立ち上がる炎から先ほどと全くかわらない陸竜が襲いかかってくる。マリーと岩永は巧みにそのひづめをよけるが、手綱捌きを間違うと馬が間違いなく馬刺になることは必死である。

「半端な魔法は効かない。竜族は熟練の魔法使いが十人掛かりで捕まえるものなのよ。」

 マリーは後ろを振り向きながら言う。

「後、三分ほどで町を出るのに。そこまでいけば……。」

 しかし、陸竜は僕らを今晩のメインデッシュと決めたようで執拗に攻撃を仕掛けてくる。このままでは三分どころか三十秒持つかどうかも怪しい。

「三分でいいんだな。それなら任せろ。」

 岩永は器用にジュラルミンケースを開け真っ黒なスプレー缶を取り出す。缶の表には岩永が書いたと思われる真っ赤な文字、はいりーでんじゃー。

 そしてマリーに、

「これに攻撃してくれ。」

 と頼む。

 岩永は馬の後ろに陸竜に向かって缶を投げ上げる。マリーは右手を伸ばす。手のひらには野球ボールぐらいの大きさの火球。放物線を描き落ちてくる缶に向かって火球が激しくぶつかった。ぶつかった瞬間カンッという音がする。その後ほんのわずかに時間差があり、缶は火球にはじかれた衝撃で大きな音を立てて爆発する。白い煙が薄く陸竜の前に立ちはだかり、陸竜はその中に突っ込む。

 陸竜は大気をふるわせるような苦しそうな叫び声を上げて急に速度を落とした。そして大きく右に進路をずらし民家の壁の中に突っ込んでいく。民家の壁は大きく崩れ陸竜は落ちてきたレンガにうまる。

「ひゃっほー。」

 岩永の歓喜の声が轟く。

「あれはなに。なんで竜は曲がったの。」

 マリーが岩永に質問をぶつける。

「あれは自分特性のカプサイシンの高濃度水溶液。とうがらしから有機溶媒を使って抽出してクトロマグラフィで濃縮したものだ。苦労したしお金も二万円かかったんだぜ。ちなみに人にかけるとあの液は触れるだけで皮膚が赤くふくれあがりやけどする。また一口飲んだら死ぬからな。」

 と恐ろしいことを言う。唐辛子から殺人兵器を作る男、それが岩永です。

「さすがの竜も目が開けられなかったんではないの。」

 岩永の満足そうな顔が見える。よくこいつは今まで警察にも何にも捕まらなかったものだと思う。

「言っている意味が全くわからないわ。」

 マリーはしごく当然のことを言う。僕は岩永の言葉はわかるが頭の中がわからない。

「見て、町の終わりが見えてきたわ。」

 僕は巨大な門が川の向こうにそびえているのを見た。門からは木造の橋がでており川を渡している。

 後ろからは陸竜がいつの間にかレンガから抜け出しまた差を縮めてきている。

「回復が早すぎる。人ならあれを食らったら一週間は寝込んでしまうというのに。」

 岩永のがっかりした声。

「急ぐわ。」

 マリーと岩永は全力で馬を飛ばす。

 跳ね橋の長さは百メートル程度。すぐ後ろから陸竜が迫ってくる。

 僕らはついに橋にたどり着く。馬のひづめの音が木造の橋によく響く。陸竜との距離があっといううちにつめられていく。

「三分ぶんは時間をかせいだぞ。なにか他に考えはあるのか。」

 岩永は馬を足で締め全速で飛ばしながらマリーに声をかける。

「まかせて。」

 そういうとともに一人馬を前に走らせる。そしてちょうど半分橋を渡りきるとき、マリーは腰につけていた大剣を振りかざし橋の支柱とそれにくくりついている縄を斬りつける。直径一メートルはあろうかという柱であるがマリーは難なくそれを一刀両断する。

 と同時に橋が嫌な音を立てて大きくたわみだす。

「タカオ飛ばして。後五秒で橋が崩れるわ。」

 マリーが叫ぶ。

 後ろを見ると橋の中央部はすでに壊れてむき出しの川が眼下にのぞいている。

 岸がぐんぐん近づいてくる。

 十メートル。

 五メートル。

「とんで!」

 マリーと岩永は手綱を思い切り引き馬を跳躍させる。

 そのとき足場が崩れ、全ての木片が地面に落下する。

 後ろを見ると残り五メートルにまで迫った陸竜が川に落下していく。断末魔の悲鳴を上げながら落ちてゆく巨大爬虫類。それを見ていく僕ら。

「この橋は中央の柱を切り倒すと五秒で崩れるようになっているの。馬で追われているときに切り倒しながら全力で飛ばすとぎりぎり逃げ出せる様に設計されているわ。スコール=オセロット大臣の設計よ。」

 と、トラビアの市街地の向こうにそびえる城を遠い目で見つめるマリー。

 城には未だに多くの砲撃が加えられている。煙が上がり城の右手からは火の粉があがっている。新たに加えられた一撃で尖塔が崩れ落ちる。

 そこはさっき僕らがいた部屋があった場所だった。

 僕らの瞳には燃える市街地と城の炎から発せられた赤い光が映っている。




 所変わり、ドールの城


「ここでもないか。」

 燃え上がる爆炎。

 そこには黒いローブを羽織った一人の男。

 顔には薄気味悪い笑顔をたたえている。

 明かりとなるものは燃えている調度だけである。

「となると、あとはリンドブルムだけか。」

 薄く笑みを浮かべる男。

「私には時間がない……。」

 ガラスの割れた通路を歩きながら一人の男は考える。

 どこで道を間違えたのか。

 血にまみれた道を、しかし男は後ろを振り返らない。

 修羅はその道を進むのみ。

 屍を踏み越え男は進む。

 顔に寂しげな笑いをたたえて男は廃墟となった城を歩き続ける。


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