ドール公国
で、僕らは牢屋に閉じ込められている。連れられたときの経路からして地下に位置しているようだ。ひんやりとした空気が閉塞感をかもし出す。
「あー、なんかいろいろ俺ら死刑になったりしちゃって。」
依然として、あっけからんと岩永は構えている。
なぜこんなことになったかのか。マリーの言うトラビアに連れられた僕らは上空から王都全体を望んだ。王都トラビアは城壁に囲まれた都市で兵の上には戦時中らしく物々しい砲が数おおく太陽の光をあびて黒く光っている。北方には灰色の煙があちらこちらからあがっている。マリーの説明によるとだいたい王都と前線まで十五キロ程度しかないそうだ。町並みは中世に似ている。市街地の中央部にある城の中庭らしき所に着地した。すると周りから多くの兵士が飛び出してきた。
信じられないことにマリーは
「捕まえて、牢に放り込んでおけ。」
と命令した。後は、説明するまでもない。
窓がないので時間はわからないが、今が夜であるのは間違いない。おなかの減り具合的には八時頃ではないだろうか。
命の次に大切な魔法の四次元ジュラルミンケースを取られ、返せーとしばらく暴れていた岩永もおとなしくなり、
「腹減ったー。」
「次にあったら覚悟しておけ。テルルで体中を臭くしてやる。」
とひとしきり愚痴を言い合った後、僕らは疲れて眠りに落ちてしまった。
ちなみにテルルとはあまり毒性はないが人間が食べると体の中であり得ないほど臭いジメチルテルルとなる。半年ほどの間、微量でも食べた人の体臭を他人が半径五メートルに近寄らなくなるほど臭くする最臭汎用対人決戦兵器である。by岩永
「起きなさい。」
目を覚ますとマリーが牢の鍵を開けて僕の肩を揺さぶっている。マリーは昼とかわって体型によくあった、彼女のかわいらしさを存分にひきだす黄色のワンピースのドレスを着ている。昼の簡素な鎧姿とは別人のようである。今は髪がとかれ長い髪が肩の下までたれてつややかに輝いている。大剣を振るっていたとは信じられないほど細い肩であった。
「タカオを起こしてよ。」
とマリーは僕に頼む、僕は岩永をつついて起こす。
岩永は異常に寝起きが悪いのである。
「ついてきてなさい。」
マリーは何も説明もなしに僕らをどこかに誘導しようとする。先頭はマリー、次に僕、最後に眠い目をこすりつつ寝ぼけて何度もこけながらついてくる岩永。三人が列になって暗いアーチ型の通路をわたる。ひんやりとした空気が僕らを包む。うるさいほどの静けさの中で聞こえてくるのは僕ら三人の足跡だけであった。
明らかに真夜中にどこかに連れて行かれる僕ら。質問をかぶせてはいけない雰因気に僕は圧倒されそうになる。
しばらく歩くと荘厳な広間についた。窓にはめられているステンドグラスがひやりとした空気をいっそう冷たく感じさせる。しかし広間には目もくれずマリーはその奥の大きな扉に僕らを誘導する。厚みのありそうな分厚いドアには装飾が緻密に彫り込まれている。
「さあ中に入って。私はここで見張っているわ。」
マリーは扉を押して僕らに道を作ってくれる。
中に僕は足を踏み入れる。さっきまでとは打って変わり品はいいが装飾等が少ない机が扉に向かっておいてあり、燭台、羽ペンとインクのみがその上においてある。
しかし何よりも驚くのは机の前漆黒の正装をきた七十歳位の品のいい女性の存在であった。背はマリーとホボ同じぐらいであろうか。首には大きな光り輝く紅色に輝く宝玉をかけている。優しい顔つきで僕らの方を見て微笑む彼女。誰が見ても慈愛に満ちた美しさを備えた女性である。
その隣には、スーツのようななにかを羽織った白髪頭の眼光鋭い初老の男の人が直立不動で立っている。しかし既に足腰は弱いようで杖をついている。
眠たそうな岩永の顔がようやくしゃっきりとしてくる。
「よくいらしゃいました。突然の失礼をお許しください。マリーの方から事情は聞きました。」
と彼女は軽く会釈をする。
「私の名前はセルフィ=オセロット。このドール公国の王位を保持しているオセロット家の現当主です。そしてこちらの男性はスコール=オセロット。私の夫でありこの国の軍務大臣の一人をつとめております。」
彼女は僕らの前まで歩いて近づき顔を覗き込んできた。オセロット王女には独特の落ちついた雰囲気が漂っている。一国の元首とはかくやという感じだ。
「あなた方を牢に入れる等の失礼を取ったことに謝らせていただきます。今、この国は隣国のエスタに侵攻を受けています。ラグナ川をはさんで両軍はにらみ合っているのですが、既に王立議会や幕僚の中にもエスタのスパイがおり信用がおけないのであります。」
彼女は話を続ける。
「残艶なことに今となってはマリーのみしか確実に信用をおける人物がいないのであります。」
「だから人払いの意味を込めてこんな夜中に俺らとあったということか。」
岩永が話を遮る。天性の才能により相手に信用を培うという技術をもった岩永は交渉に最適の人物だ。
なぜ岩永はこんなに平然としているのであろう。変な世界に飛ばされて牢屋に入れられ、王女が出てきて。岩永には順応力がありすぎる。
「ええ、飲み込みがはやくて助かります。あまり時間がありませんので。マリー、警備はいいからあなたも会話に参加してください。」
と扉にむかってこの女王は呼びかけをする。
扉を開けてマリーが入ってくる。
「俺のジュラルミンケースを返せ。」
と目が完全に覚めた岩永はマリーにさっそく注文を付けている。岩永節はどこでも健在だ。
王女様はこちらをしっかりと向いて言う。
「私たちの世界について少しばかり説明をしなくてはいけません。私はあなた方がここにいる理由、どうして違う世界に迷い込んだのかがおおよそわかります。」
「やっぱり僕らは違う世界に迷い込んだのか。」
思わず口から言葉が出る。僕は覚悟をしていたが改めて聞かされてショックを受ける。
「オセロット王家初代から伝わる伝承に、今年異世界人が訪れる、とあります。彼らは魔法を知らず、この世界で遥か昔に滅んだ化学をもたらすと書かれています。」
「この世界には魔法があるのか。」
僕は驚きのあまり声を出す。冗談も程々にしろと言いたいが彼女の目は真剣である。
「マリー。」
と王女は声をかける。マリーは手の平を上に向けて前に出す。
そのとき手の平の上に握りこぶし大の赤い火が燃え上がる。マリーの指には赤い宝玉の詰まった指輪がはめてある。神秘的な色をしたその火は僕らの目に映り怪しい色を放っている。
「これが魔法です。マリーが使ったのは火の魔法で一番基本的な魔法です。魔法はこのドール公国にとって重要なものになります。この国は魔法をものに固定できる魔法の血の濃い国民が多いため、魔法関連の製品を輸出することによって外貨を稼いでいます。また強力な魔法使いを多く抱える軍を保有することでこの世界において永世中立の立場を保ってきました。」
誰か言葉を僕にわかりやすく説明してくれるとうれしいのだけれども……。奇抜すぎて僕は話についていけないよ。
岩永は魔法の炎に魂を吸い込まれたかのようにじっと見ている。
「魔法は誰にでも使えるものなのですか。」
僕は疑問に思いセルフィ王女に尋ねる。
「残念ながら魔法は誰にでも使えるわけではないのです。魔法の血筋というものがあり特殊な魔法が使えるのはその一族だけ。しかし、魔法を固定させることによって魔法を使用できないかたでも簡単な魔法なら使用できるようになります。」
さっぱりチンプンカンプンである。岩永は新たな研究材料見つけたり。という顔をしている。ちょっとは自重してくれよ。
「あなたは、魔法を使用できないのですか。」
岩永の口調が王女の口調に合わされて優しくなる。これは珍しいことだ。岩永のえらく偏った言葉が掲載されている辞書には礼儀という言葉は抹消されているはずなのに。
横から王女の代わりにマリーが答える。
「この国では代々オセロット王家が王都全体に防御壁を魔力によって展開しています。それにより他国が簡単に侵攻できないようになっているのです。しかし……」
そのとき、爆音が部屋中に響き渡った。城全体が揺れる。足場がぐらつきよろめく。窓ガラスが割れ破片がくだけちる。そんなに遠い所で起こった爆発ではない。
「今の爆発はなんだ。」
僕はあまりの唐突さに驚きを隠せなかった。
「たぶんエスタ軍の空中艦砲撃でしょう。既に我が国の空中艦隊は全滅に近く、空中の制空権はほぼ失われています。一部で日が開ける前にはラグナ川の防衛線も突破され地上部隊がここ王都トラビアに入ってきます。」
そこで王女はゆっくりとたもとから一枚の紙切れを出す。
「そこでお願いがあるのです。この手紙を隣国リンドブルムの国王シド公に届けてくれないでしょうか。この中にはあなた方の身元を保証するようにとのことも書いてあります。」
岩永の表情が一気に曇る。岩永にしては珍しいことだ。
「なぜ見ず知らずの俺たちにそのような大役を任せようとする。まだ俺らはこの世界について半日しか立っておらず全くなにもわからなかったって言うのに。」
そのとき初めてスコール=オセロットが口を開いた。その眼光には年月を重ねてきたものにしか出すことのできない光がある。
「その点について、今は話すことができない。しかし我々を信じてくれないか。どうせ我々の命は短い。エスタは我々を生かしておかないだろう。どうせこれが最後の頼みとなる。命を賭す私たちの願いをくんでくれ。」
岩永に対してセルフィ王女は懇願するような目で訴えかける。
「しばらく考えさせてくれ。」
岩永は顔をしかめ返事も少なく何かを考え込んでいる。いつにもなく真剣な岩永の表情。
「今日はお疲れでしょう、けれどもあなた方にとっては今この国は必ずしも安全とは言い切れません。」
王女の目には悲しみの表情が浮かんでいるように見える。
「あなた方は逃げないのですか。」
僕はたまらなくなって聞いてみた。
「私は国民が非難できるように最後までここに残ります。侵入をおくらせるための防御壁は私の魔力をもってしか展開できませんから。」
王女はかすかに微笑みをその表情に浮かべる。
「私もここに残る。前線で未だに多くのものが戦っている。軍務を司る最高司令官として部下を放っておいて逃げ出すことはできん。」
とスコール大臣は年をからは想像もできない大きな声をだす。
彼らの思いを感じ取る。彼らはここで死ぬ気であった。人生の締めくくりとして誇りある死を取るために。人の上に立つものとしてけじめをつけるために。他のものを助けるために。そして国のために。
彼らの目は穏やかである。目は嘘をつかないと言うが、彼らの目は僕に何かを訴えかけてくるものがある。何かはわからない。わからないからこそ訴えかけてくるのである。
僕は岩永と目を合わせる。言葉に出さなくても岩永の言いたいことはわかる。こういうときに親友は便利である。
「わかりました。手紙は責任を持ってお預かりします。」
僕は岩永の気持ちを加えて返事をする。
王女はあたたかな笑みをほおに浮かべる。
城全体が爆音とともに大きく揺れる。今度の爆発はかなり近いようだ。机の上の燭台が倒れる。スコール=オセロットは振動の大きさで机に手をつく。
「もうあまり時間はないようですね。マリーをあなた方の護衛につけます。」
マリーは信じられないような顔をする。
「私はドール公国に拾われた身です。最後まで……。」
マリーの話を遮るようにセルフィ王女は話かける。
「マリーあなたは若い。無駄にここで死ぬことはないわ。生き残って、ドール王国の栄誉を後世に伝えて。」
「しかし、しかし……。」
爆音が激しくなってくる。さっきから爆音は遠くの方で絶え間なく聞こえるようになってきた。
「ありがとう、あなたのことは娘のように思っていました。最後のお願いだから何も言わずに……。」
女王はマリーに近寄り軽く抱きしめた。このときの女王の顔は母親の顔であった。
威厳を取り戻した顔で僕と岩永の方を向き直ったセルフィ女王は、
「平和なときにこの国をお見せしたかったのですが、このような事態に巻き込んでしまい非常に残念です。このような事態ですからこの城にあるお好きなものは全て持っていって下さい。質素な服に着替えトラビアを流れるラグナ川を上流に向かってリンドブルムとの国境を超えるのがいいでしょう。」
「さあ出発するぞ。」
とマリーは僕らに声をかける。僕らはマリーの後について歩き、扉を開ける。
扉を出る前に岩永がひとつ聞く。
「教えてくれ、俺たちがここの世界にくることはなんでわかったのか。」
かすかに微笑みセルフィ王女は口を開く、
「それはあなた方が見つけることです。若い異国の科学者さん。さあ敵も近いです早く出発しないと包囲されますよ。」
岩永はしゃくぜんとしない顔をしながらもおとなしく扉を出て行く。
扉の向こうから見た部屋には王女と大臣の二人っきりである。広い部屋に残った燭台の明かりが冷たく輝く。
マリーは扉を閉める前に部屋の方を向き右手をおなかの前で折り曲げ深々と礼をする。そして、扉がしまっていく。しまる前にマリーは小さな声でつぶやく、
「ご無事で。」
乾いた音とともに扉が閉まる。
大気を不規則に切り裂く砲弾の音はさきほどよりも強く物悲しく響く。