岩永の力
「ハア、じゃああんたたちは別の世界から来た人間とでも言うの。」
マリーはまるでうさんくさいものを見るかのような目で僕らを見てくる。
「だからそういっているじゃないか。」
こちらは岩永の声。
今、僕らはマリーの愛竜クルーの上で永遠と議論をし続けている。今までにマリーとの会話からわかったことは、
ドール公国はちいさな国ということ
ドール公国は隣の大国エスタと今、戦争中であるということ
とりあえず僕らの知っている地名や国名を全くマリーは知らないこと
竜が存在したりその竜は人語を介したり常識は全く通用しないこと
技術レベルは中世程度?だということ
ということぐらいだった。どうもやりにくい。
「別の世界から来たというのなら、証拠を見せてみなさい。信じられるだけの証拠があれば信用してあげるわ。」
すると岩永はしてやったりという顔をする。
ああ、岩永の顔が大きくにやける。
「どこか川か池か海の水のあるところに降ろしてくれ。証拠を見せてやるそしてこの俺を気違い扱いしたことに対して懺悔するがいい。」
と言い放った。とりあえず誰にでも頭が高いやつである。
マリーはクルーに近くの湖の上空を低空飛行するように言った。クルーは方向を変えすぐに近くの湖の湖畔に僕らを降ろした。
半径五十メートルほどの湖は夏の太陽の光を浴びてきらめいていた。
「さあ、私を信じさせる証拠を見せてみなさい。」
マリーは今でも半信半疑のようである。
岩永はジュラルミンのケースをあけると、
「三十グラムぐらいでいいかな。もったいないか。」
と言い、薄いちいさなガラスに封じ込められた親指ほどの大きさの銀色の金属を取り出した。そして僕にニヤッとした顔をして、
「ちゃんと見ておけや。」
と岩永はガラスを握りつぶし湖に投げ込んだ。
岩永の手の中でパリンとガラスが砕ける音がする。岩永の手から放物線を描き銀色の金属とガラスの破片が太陽の光を反射しながら飛んでいく。
あーこりゃまずいと不吉な予感しか思わなかった僕はクルーの巨大な体に隠れるように湖から身を遠ざけた。クルーも何が起こるのか興味深そうに覗き込んでいる。
十五メートル先に金属が着水する。ポチョッと音がして水面に波紋が広がる。
「何も起こらないじゃない。」
とマリーが岩永にあきれた顔をする。さらに何か言いたげに岩永のもとに迫ろうとしたその刹那、轟音と共に水面がふくれあがり巨大な水柱が発生した。水柱は上空二十メートルには達し辺り一面に水しぶきを巻き散らかす。水しぶきは長い間続き、湖畔の近いところにいたマリーは頭の先から足の先までぐっしょり水を浴びる。
「どうだ、おそれいったか。俺が愛する科学に不可能はない。」
勝ち誇った顔で岩永は笑っている。
あの銀色の金属はセシウムであったことを僕は知っている。岩永は風呂場で二グラムのセシウムを水につけて僕の家の風呂場を大破させたことがある。
Cs + 2 H2O → Cs(OH)2 + H2
の化学反応式を黒板に書きながら説明を自慢げにする岩永につきあったのは半年前のことだった。
「やりすぎだ。」
僕は叫ぶが全く気にしている様子はない。
マリーは呆然としている。三十秒ほど固まっていたが思い返したように
「あれは魔法のたぐいなの。」
と聞いてくる。
「どちらかというと科学のたぐいかな。」
と僕が簡単に解説を加えてみる。岩永は爆発を見て興奮して目が危ない人になっている。近寄りたくないのでしばらく放置しておくことにする。マリーもこいつは危ないと思ったのか僕の方に近づいて話を聞こうとしてくる。
「科学とは何のことよ。」
マリーは驚くべきことを聞いてくる。話を聞くと科学という言葉はこの世界に存在しないようである。僕は科学についてマリーに説明を加えてみる。
「科学とは世界の法則を解き明かすことを目的に作られた学問だ。さっきのように水を爆発させることもできる。僕らのいた世界では生き物を全く同じようにコピーすることもできたし、また世界を一瞬で滅ぼすこともできた。」
この説明は大隊正しいよな、と思いながら僕は話す。
「なにっ、それは本当なの。嘘はついていないでしょうね。」
とマリーは僕の首をつかみ激しく前後に揺らしてくる。僕が返事をしないうちに首根っこをつかみマリーは僕と岩永をクルーの上へ放り投げる。
そして楽しそうに、
「全速で王都トラビアへ。」
とクルーをせかす。
マリーは目も開けてられない速度で大気を切り裂きながら僕らを拉致してつれていった。
「怪力女。」
ぼそっと岩永がつぶやいた。
ちなみにセシウムよりももっと爆発力の高いものもある。フランシウムっていう物質は水に入れるとあり得ないぐらいの爆発を起こすことで有名。まあ、放射性物質だから普通の人は入手不可能だけど。ちなみにセシウムは薬局で結構リーズナブルな値段で買えるぞ。
By 岩永