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目が覚めて

参考文献 アリエナイ理科の教科書


自分の脳内


化学的に正しくない記述(誇張表現があります。)

「ん……。」

 目を開ける。まぶしさを感じる。目が少しずつ光になれてきた。青い空が見えてきた、やっぱり蝉の声が聞こえる。暑い夏の一日である。自分はトラックにはねられたことを思い返す。それに気づき上半身を飛び起こす。怪我はないかと自分の体のあちこちを触ってみるが、骨折もないようである。さらにはかすり傷もない。とりあえず気絶している間に岩永に人造人間にされた訳ではなさそうである。無事を確かめるようにしてゆっくりと立ち上がるとすぐ横に意識を失った様子の岩永が倒れている。大きな怪我は岩永にもないようである。

「おい、起きろ。」

 肩をたたくと岩永は驚いたように目を開けた。そして飛び上がった。

「アスコルビン酸二百ミリグラムお願いします。」

 といって一瞬固まった。夢の続きをしゃべったのだろうか。しかし夢にアスコルビン酸が登場する高校生は日本に何人いるのか。ただの変態である。

 岩永はゆっくりあたりを見渡し自分がいることに気がついた様子で、

「要一、お前もここにいるってことは……。」

「二人とも奇跡的に無事なようだな。」

 と自分が岩永のセリフを補完してやる。

 ところが岩永は首を横に振る。

「お前も地獄におちたのか。」

 と言いやがった。

 僕は何も悪いことはしてない。一億円で原爆も作れると言い切るお前とは違うんだ岩永!


 岩永は周りを見渡す。そして怪訝そうな顔をして自分をみる。岩永も異変に気がついたようである。そして認めたくなかった言葉を吐いたのである。

「ここは、どこだ。」

 今、僕らは草の上に立っている。トラックにはねられたのはアスファルトの上であった。少なくとも周りは建物に囲まれており草が生い茂っているような場所はなかった。さらには建物が全く見えない。正面方向少し先には川が流れており、右手には広葉樹林の林。左手には、遠方まで続く草原とその先にはやや小高い丘があった。少なくとも360度見渡す方向に人はおろか人工物のたぐいは全く見受けられなかった。

「あー、信じにくいことかもしれないが……。あっこに見える川は三途の川とちゃうか。俺らはやっぱり死んだかも。まあ要一と一緒ならいいか。」

 とか平然と口にする。それにしては暑さで汗は出る。蝉は鳴いている。心臓の鼓動は感じられる。自分は僕らが向こうの世界に行ったなんて信じられない。

「なあ、岩永。とりあえず川のところに行ってみないか。」

 と聞いてみるが、

「いいぜ。でもあんまり三途の川に近づくと、脱衣ばばあってやつに三途の川の渡し賃として服をはぎ取られるって言うからな。気をつけろよ。」

 と博識な笑えないギャグを披露しつつ笑っている。こいつは今の状況をどう思っているのか……。岩永の落ち着きぶりが信じられない。目が覚めたら分けわからん場所に放置されていたんだぞ。

 鞄や持っていた荷物は近くの草の中に散らばっていたのでそれらを持って川の方へ歩いていく。川が近づくにつれ川の大きさがわかってきた。だいたい二百メートルの川幅があるようだ。川は少し他の土地よりも低いところを流れている。そのとき岩永が何かを見つけた。

「おい、人がいるぞ。一、二、三、四、五人だ。。」

 とうれしそうに話す。確かに川のこちらの岸に人がいる。僕らより三メートルほど低い河原に五十メートルほど先にいる。しかし彼らは中世風の鎧をまとっている。三人は馬に乗っており腹部を覆う鈍い銀色の鎧と肩当てそして頭部もまた同じ素材でできた兜で覆われている。馬は簡素な防具しかつけておらずいわゆる軽騎兵の装備であった。残りの二人はあまり装備をつけておらず銀色の剣がひときわ目立っていた。

「コスプレかなんか。それとも映画かドラマの撮影かなんかだろうか。」

 と自分は岩永に聞いてみる。馬に乗っている三人はどうも残りの二人と戦っているようだ。

 と思うが今、一人の騎士が持っていた大剣で一人の兵士の肩をたたき斬った。剣が骨を砕く音が聞こえる。そして兵士は鎧の乾いた金属音を立てて倒れた。

「あれは本物だ…。人が斬られた。本物すか。やっぱ俺はまだ夢見てんのかな。」

 岩永のジャカン混乱した声が聞こえる。

 血しぶきが倒れた兵士の傷口から吹き上がる。馬上の騎士は既に一人残った兵士に対峙している。兵士は少し小柄だったが、剣術の腕は傍目からみていても、馬に乗っていないハンデをものともせず激しい剣と剣の金属音をたてている。しかし三対一では不利である。

「このままではあの兵士が殺されてしまう。助けないと。」

 僕は岩永を向いて叫ぶ。

「これが夢なら楽しまなきゃそんだよな。」

 そういって真剣な顔をして駆け出していく岩永。

「どうするんだ。相手は剣だぞ。いったいどうすれば助けられるというんだ。」

 焦った声がのどから出てくる。岩永はジュラルミンのケースを開け、包みをほどいた。中から出てきたのは、電動ドリルのようなもの。褐色の瓶を脱脂綿にとりそれを尖った円錐形の金属みたいなものにすりつける。そしてそれを電動ドリルに取り付ける。

「これは釘うちようの空気銃だ。黙ってみちゃってろ。俺は全知全能だから。」

 岩永はわくわくしているようである。

「これを実際につかうことができるなんてラッキー。」

 とか言う声が聞こえたが非常事態なので聞こえなかったことにする。岩永は着々と準備を続ける。

「どこを狙うんだ。騎士は鎧を着ているんだぞ。確実にはじかれる。」

 僕の声には返事をせず、やや小高い岩の上に岩永は立ちドリルっぽい銃を構える。五十メートル先に狙いを付ける。指がトリガーにゆっくりとかかる。

 そのとき指がトリガーを強く押した。弾が一直線に飛んでいく。軽い空気の発射音が鳴り止むのと同時に弾は馬の腹部にそれほど深くはないが確かに突き刺さった。剣をかまえ騎士に対峙していた小柄な兵士は驚いたように一歩引き下がる。馬は驚き、一声ないたかと思うと前足をあげ大きくバランスを崩した。 

 その隙を小柄な兵士は見逃さなかった。左から騎士の体に向かって真横に一の字を力強く斬った。鎧と剣の鈍い音と剣の衝撃により騎士は落馬する。遠目からみても明らかに騎士の腕は折れている。鎧の鉄板を貫通することはなかったが、兵士の振った剣の一撃により鎧はねじれ腕ごとたたきつぶされたようである。馬は主人を忘れどこか遠くに逃げ出してしまった。

 落馬した騎士は腕を押さえながらゆっくり立ち上がり、弾が飛んできた方向を確認し、岩永をみる。状況が悪いと判断したのか、小柄な兵士の方を向き、隙を見せないようにしながら残りの騎士の馬に乗り、川の上流方向にかけていった。後に残ったのは、やや小高い岩の上にいる岩永とその少し後ろに立っている自分、そして小柄な兵士一人とその少し前で息絶えている屍だけだった。

 唖然としていた自分には何をいっていいかわからず、

「かっこいいな、岩永。」

 と馬鹿なセリフを吐いたが当の岩永は、

「ちっ、まだうち足りなかったのに。」

 とほざく。この空気銃は銃刀法違反じゃないのか。素朴な疑問が僕の頭を駆け巡る。

 さっきとは打って変わって、白い歯を見せながらニヤッという表情が一番似合う顔で言っていた。この危ない姿を前に、前言は撤回せざるを得ない。

 足下を見れば褐色の瓶が倒れている。ラベルはない。自分は瓶を拾い上げ中に液体が入っているのを確認しつつ岩永にきいた。

「なあ、この矢尻につけた瓶の中身はいったいなんだ。」

「ああ、それか。自分で合成したヒスタミン。蜂に刺されたとき痛みを感じさせるようにする化学物質や。馬が暴れたのはこの薬のせいかどうかはわからんけどな。」

 などと言っていた。こいつの科学オタクが人生で初めて役に立った記念すべき瞬間なのではなかっただろうか。

「とにかく、あの兵士にお礼の言葉を聞きにいかなくちゃな。」

 と岩永は笑って言う。

 転がっている屍から流れ出る血が河原の石を赤く染めているのを僕は見る。僕は未だに現実感を喪失していた。兵士は僕らの方に剣を抱えて歩いてくる。

 兵士は僕らとの距離が五メートルほどになった時、一足飛びで間合いをつめた。どこからともなく短剣を取り出し岩永の首に押し付けた。そのあまりの素早さに僕らは反応することもできなかった。

「私一人でも大丈夫だったけど礼を言うわ。。」

 小柄な兵士は岩永の首に短剣を押し付け押し殺した声を放つ。殺気が短剣の刃から感じられる。兵士はこちらをまっすぐに見つめる。

 僕らは驚いた。

 女だ。

 兵士は女だった。

 それも僕らと同じ年ぐらいにしか見えない。

 はじめてまじまじと兵士の顔を見る。束ねられた色素の薄い髪と色白の肌、しかし目には人を寄せ付けない獰猛さが備わっている。簡素な防具が彼女の凍るような美しさを引き立てる。見ようによっては驚くほどの美人であるが、彼女の目がそれを自分に思わせるのを否定させる。

「あんたたちは誰。ここは戦闘地域よ。民間人は完全退去の命令が出ているわ。軍務命令違反で処罰を行うわ。」

 取り付く間もないという感じで彼女は僕らをにらんでくる。

「おい、そんな顔をするとかわいい顔が台無しになっちゃうぞ。女は笑顔が一番かわいいんだ。」

 全く臆することなく岩永はぶしつけに言葉をかける。ただ空気が読めないだけなのか。岩永の首には銀色の刃。

 こいつの肝の太さには本当に感心する……。

 彼女は全く予想さえもしていなかったであろう言葉に一瞬体全体の動きが硬直した。その隙を岩永は見逃さなかった。岩永は彼女の手首をつかみ刃を押さえる。考えるより早く足が動き僕は手で彼女の腕をつかみとり素早く手をひねる。さらに岩永は足を払い彼女を地面へ押さえつけた。こんなときに長年連れ添った親友は便利である。だてに学校で夫婦とは呼ばれてはいないさ。

「グッドジョブ。」

 岩永は僕を見て片手で親指を立ててくる。

 自分は彼女に説明する。

「僕らはなんでここにいるのかわからないんだ。別に入ってはいけないとこに入ろうとした訳ではない。ここはどこなんだい。そして、なぜ向こうの河原で切り合いをしていたのかい。」

 しかし彼女は全く意に介さないようで、

「そのような言葉で騙そうとしても私は騙されんぞ。このエスタ兵めが。」

 と大声を上げて叫ぶ。そしてうなっている。狂気をはらんだ目そういった方がぴったりくる。その度に後ろから地面に押し倒している岩永が手をつねり上げている。

「反抗したいのならしてもいいけど、後がきついよ。直接痛み物質を腕に打つとかいくらでも方法はあるからね。ねえ、要一やっちゃっていい。」

 岩永はとってもニコニコしている。こいつに拷問させるのは非常に危険だ。僕の本能がそう伝える。

「なあ教えてくれ、本当に僕らは知らないんだ。あと、岩永に手加減を期待しちゃ行けないよ。こいつは女だとか子供だとか関係ないから。」

 僕は彼女に忠告する。

 彼女は僕らに顔を向ける。頭から足の先までゆっくりと見回し、表情を曇らせる。

「確かに見慣れない服装ね。エスタの服装とも違う。」

 彼女はひとしきり考えているようだ。

 僕らの服装はどこにでもあるような学生服。上はカッターシャツ、下は紺色のズボンである。日本の高校生がきている普通の制服である。

「わかった。あなたたちがエスタ兵と違うことは信用するわ。こんな間抜けそうな輩にスパイは勤まらんだろうから。」

 と彼女は言う。結構口が悪い女の子である。

「だから、私から手をはなせ。」

 それと同時に、岩永の手を振り払った。驚くべき身のこなしで素早く飛び起きると短剣を腰のさやにしまい込みながら、こちらの方に素早く身構える。

「ごめんなさいね。私はドール公国空竜騎士団第一大隊軍団長カネア=マリーゴールドよ。よくマリーと呼ばれているわ。」

 と僕らの聞き慣れない言葉を放つ。

 僕らは岩永と顔を見合わせる。僕の気持ちを代弁するかのように、

「あー、全く意味が分からないのだけれども。地球語で話してくれるかい。残念ながら僕らは地球人でね、火星語を理解できないんだ。そこをわかってもう一度プリーズ。」

 と岩永は聞く。こいつはどこまで本気なのか。するとマリーは不思議そうな顔をする。

「まずドール公国ってのは何の冗談だ。あとここはどこだ。」

 岩永はすぐに質問をかぶせるが、マリーは不可解そうな表情を作る。すぐにその表情は哀れみの表情に変わり、さも納得したかのように首を縦に振る。

「記憶喪失なのね。かわいそうに。先日のこの辺りの攻防戦は凄まじかったから無理もないわ。その辺な服装も納得がいく。命を助けてもらった恩は忘れないから、あんたたちは私の騎士団でちゃんと面倒を見てあげるから。」

 と正面にいた自分の肩を軽くたたき、哀れみの目で見てくる。

 岩永がこそっと耳打ちをしてくる。

「どうも人の話を聞かない自己中らしいぜ。」

「お前に似ているよ……。」

 とだけ言っておいた。

「名前を教えてくれないかしら。」

 とのマリーの質問に、

「神に愛された男、岩永隆夫だ。」

「山川要一だ。」

 と答える。マリーと名のる少女はスルーする。岩永のことは完全に気違いと思ったらしい

 マリーは首にかけていたちいさな笛を取り出すとそれを吹いた。胸の所にちらっと見えるペンダントの深紅の宝玉が美しい。高い笛の音が周りの大気に伝わる。するとどこからもなく辺りが暗くなった。と、思うや否や僕は気がついた体長六メートルはあろうかという生物が僕らのすぐ真上に降り立ってきたのである。

「なんだこいつは。」

 岩永と僕は同時に声を上げる。マリーはとても誇らしそうに、

「実際に竜種を見たのは初めてね。まあ今では野生の竜種は滅多にお目にかかれないからしょうがないわ。こいつは私の友の空竜クルーよ。戦闘には向かないが、速度だけなら王国随一だわ。」

 と、びっくりしただろとでも言うようかの顔でせまってくる。クルーと呼ばれたばかでかい空から降ってきた爬虫類は一声、怪獣映画そのものの声で吠えた。目は小降りのスイカぐらいあり、その隣に小振りな角が二本ついている。口には鋭い牙が生えており上あごの上部にはよく動くひげが二本生えている。胴体は銀色の毛並みに覆われており、鞍が背中に取り付けられている。

 ありえねえ。

 羽のない生物が空を飛んできた。いや、それだけではない。目の前には大きな剣を腰に下げた女。そしてつい三十分前には人が一人斬り殺された。

 いや、ありえねえ。

 今更ながら、目が覚めて以来のおかしさが感じられる。

「かっこええな。今からこいつに乗るんか。爬虫類かな。どのような仕組みで空を飛ぶのかな。」

 と岩永は一人ではしゃいでいる。岩永はクルーと呼ばれた巨大生物をバシバシ触って何やら観察をしている。いまいちこいつの思考回路がよくわからない。

 当惑した目をしていると岩永が耳打ちをしてきた。

「今は話を合わせとけ。どうも俺らは不思議な世界に入り込んだようだ。これがドッキリだろうと何だろうといろんなことを知る必要がある。とりあえず情報を集めようぜ。」

 岩永は逆境のときに頼もしいのである。規格外な人物は規格外な現象に強いのである。ただの科学で国家転覆を企むテロリストではないのである。

 気がつくとマリーは川辺に倒れた兵士を抱えている。倒れた兵士の手から剣をとり、兵士を川面にそっとおく。

 兵士の体は水面に浮かぶ。そしてゆっくりと流れていきだんだん小さくなっていく。マリーは兵士の持っていた剣を地面に突き刺し首にかけていたネックレスのようなものを剣の柄にかけた。その後兵士の体が点になり見えなくなるまで胸に手を当て、口を閉じ、背筋を伸ばして見送る。

 その様子に僕は何も言葉を発することはできなかった。岩永も人並みの感性はあるのかじっと黙っている。

「さあ、とりあえず王都に戻るわよ。」

 顔を上げさっきとは打って変わり、きびきびとした顔でクルーに飛び乗った。しかし今はほほにちょっとした笑みがある。

「王国一の飛行速度を見せてあげる。さあ乗りなさい。」

 といって僕の前に手を伸ばしてきた。僕はマリーの手を取る。夏の太陽を背にした彼女の姿は夏の太陽と同じようにまぶしかった。


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