事実
航空レースはもちろん岩永とシド公が軽く優勝。
空竜は全力で飛ばしても、足の速い空竜で時速百キロメートル程度。それに比べてボロッチイレシプロ機は平均移動速度が時速二百キロメートル程度。次の日の話題はシド公が一人で独占したも同然であった。
新型の航空機に他国の高官も驚いたのか、岩永には他国からの招待状が相次いだ。シド公も国籍不明の人物扱いに無理があると思ったのか、岩永に科学大臣の称号を付与した。ちなみにマリーは一個中隊を与えられリンドブルム騎士団の部隊長になった。おまけで僕はそこの副隊長になった。レミイは修道院に戻った。僕らは時々遊びにいく。
そんななか、平穏は長くは続かなかった。
「山川殿、急いで城まできていただかないか。」
平日の昼下がりザックス大将の一言から事件は始まった。
「何が起こったんだい。」
一人で町をうろついていた所を拉致された。ザックス大将の馬の後ろに乗りながら僕はザックス大将に聞く。
「エスタの国王が電撃訪問をしてきたのです。そして我がシド国王との会談の席に岩永様と山川様を呼ぶようにエスタ国王が要求してきたのです。」
悪い予感しかしない……。
僕らを乗せた馬はまっすぐに城に向かって走り続ける。
僕らは会談の席に加えられた。部屋は城にある特別な会議室。横に長いテーブルのこちら側にはシド公、ザックス大将、岩永、そして僕が座っている。僕らに対峙して向こう側にはエスタ国王。彼は黒いローブを羽織っており。前と同じように不適な微笑を顔にはたたえている。その笑みはどこか物悲しく、やはり不気味なものであった。
「君達が噂の岩永君と山川君か。山川君はこれであうのが二回目だね。」
落ち着いた言葉を一言、一言、紡ぐエスタ国王。僕らはエスタ国王の意図をはかりかねている。
「そんなに構えないでくれ。私は平和的に話し合いをしようとここにきたのだよ。」
エスタ国王は手を伸ばす。
「私の昔の名前はショウイチだった。今の名前はスタインである。君達と同じようにここの世界に流れ着いたものだよ。」
会談のこちら側に座っていたものは一人をのぞく全員が動揺する。岩永だけはさも当然とでも言うかのように平然としている。前に岩永に話を聞いていたが、事実を突きつけられると驚きである。
「で、そのスタイン国王がいったい僕らに何のようなのですか。ただ昔の世界を懐かしみにきている訳でもないでしょう。」
岩永がスタイン国王を牽制する。
「単刀直入に言おう。ツクヨミの薬を渡してもらおう。」
ザックス大将と僕はその聞き慣れない言葉に反応が鈍かった。しかし、岩永とシド国王の反応は鋭敏だった。
「渡せるわけはない。誰も場所は知らないのだ。」
シド国王は即答する。
部屋中の空気の温度が一気に下がったような錯覚を僕に覚えさせる。珍しく岩永が殺気を放っている。
「君はツクヨミのことを知っているのかね。」
スタイン国王は僕にといてくる。
「それは俺が説明しなければならない。説明責任がある。」
岩永が割り込んでくる。その顔には普段のアホな表情とは異なり苦渋の決断を思わせるものがある。
「いいや、君も全ては知らない。私が知っている全てのことをみなにお伝えしよう。」
エスタ国王はやはり微笑をたたえている。
「信じられないかもしれないが君達がこの世界から二十一世紀の日本へ戻って約三十年後、岩永君はノーベル賞を受賞する。」
僕はびっくりする。死刑判決をもらうかノーベル賞をもらうかと僕らが冗談半分に言っていたことは本当のことだったのである。岩永は苦虫をつぶしたような顔をしている。もちろんシド国王とザックス大将はノーベル賞と聞いてもピンとくるものがないようである。
「証拠はどこにある。」
僕は半信半疑ながら、スタイン国王におそるおそる訪ねてみる。
「山川君かね、それは私の話を最後まできけばわかる。生き急ぐと私のようにろくなことにならないぞ。」
不穏な空気が部屋中に充満する。スタイン国王は淡々と感情を交えずに話を続ける。
「元の世界に戻った岩永君は、四十七歳のときノーベル生物学賞を受賞する。受賞の内容は遺伝子におけるテロメアの再構成、そしてそれの実用化である。」
僕の中に疑問マークが浮かび上がる。テロメア?
「それは……。なに……。」
岩永が会話に割り込んでくる。
「それには俺が答える。テロメアとは細胞が分裂する回数を決めるものだ。遺伝子の端についている。これが分裂するに従って短くなると最終的には分裂ができなくなって死に至る。つまりは細胞が分裂できる回数を決める回数券のようなものだ。」
岩永はまっすぐにスタイン国王を見つめている。
「そうだ、岩永君すばらしい。さすが未来のノーベル賞受賞者。そして君の開発した実用化の内容とは、テロメアと遺伝子本体の修復技術だ。アデノウイルスの遺伝子を組み換えて作られたウイルスを使ったのだよ。元の世界では岩永の頭文字をとってIウイルスと呼んでいたようだがね。Iウイルスを用い遺伝子を完全に修復させる。この意味が分かるかね。」
僕はさっぱりである。いまいちアデノウイルスとか言われても全く意味が分からない。
「つまりは人体の不老不死化という訳だな。」
岩永はじろりとスタイン国王をにらむ。眉はにじり寄りこめかみには血管が浮いている。
「物わかりが速くて助かる。人類は死を克服したのだ。永久に年を取ることはなくなった。岩永君、君は四十七歳のとき一躍時の人となる。しかしながらそのような薬が存在を許されると思うのかい。世間は君につめたかった。君を利用しようとした人は数限りなく多かった。そこを見越していた君は公表した論文の中に製造方法を一部記載しなかったのだ。誰にもこの世紀の大発見を利用されないように。世界のことわりを破壊しないように。」
スタイン国王もまっすぐに岩永を見つめる。
「君は命を狙われることになる。そこにどのような思惑が働いたのかは知らない。どこかの国の権力者には敵対する相手がその薬を手に入れてつかうのを恐れた人がいたのかもしれない。自分が使いたかったものもいるだろう。複雑な政治力が働いたことは想像に難くない。しかし君はその薬を完全に捨て去ることはできなかった。そこで君は過去に一度きたことのあるこの世界に山川君の力を借りて全てを持って逃げてきたのだ。」
僕の名前が出てきた。僕は固まる。この世界の混乱に僕が一役買っているというのか。驚きの顔をしている僕。スタイン国王は今にも笑いそうな顔をしている。
「その顔を見るに、きみは自分の使える魔法について知っているようだ。君の力は奇跡の力、次元移動だ。三百年前にこの世界に来た岩永君はいまから五十日後、もとの世界に帰ったのだ。闘技場で見せた瞬間移動はそのリンヘンだ。どうも感情が高ぶると起こるものらしい。」
僕の心にはいくらでも思い浮かぶことがある。僕は証明がなくともその話を信じることができた。理由がなくとも本能的に感じることができるのである。こちらの世界に来たときもトラックにはねられるときだった……。
「ちなみに君達に突っ込んできたトラックそれに私は乗っていた。君達と飛ばされた時代は違ったがね。私は二十年前この世界にたどり着いた。」
次々と明かされる驚くべき真実。スタイン国王は話を続ける。
「当時君の頭文字をとってつけられたウイルスを結晶化させた薬、ツクヨミの薬とその制法を持って君は世界を移動した。しかし、こちらの世界と我々のきた世界をつなげる術は不安定だ。君は今の時代より三百年前にたどり着いた。」
岩永は相手をきっと睨みつける。
「話をやめろ。」
岩永は激抗する。
しかし微笑をたたえたままのスタイン国王は話を止めることはない。
「真実を知ることは大切だとは思わんかね。そこで君は将来的に安定していた国リンドブルムにツクヨミの薬の永久保存をこっそりと行うことにしたのだ。未来は少しずつかわるのであろう。私は三百年前きた君のときには存在していなかったに違いない。」
にやりと大きく笑うスタイン国王。僕はその冷たい微笑みに背筋がぞっとした。
「この世界に不自然な錆びた我々の文明の遺物が出土することをおかしいとは思わなかったかね。」
岩永ののどがごくりと動く。
「わかっていたさ……。リンドブルムの図書館に行けばいくらでもその証拠は手に入るさ。今まで誰にも注目されなかったのは科学レベルが違いすぎて理解されなかっただけだ……。」
「そこで提案だ、私はツクヨミの薬のおおまかな場所を知っている。破棄されるといかんので場所は教えはしないがね。ツクヨミの薬を私にくれないか。ちなみに拒否権はないぞ。私は拒否しようなら全軍をこの国に投入する。」
スタイン国王は不気味な笑顔を振りまいて話をする。
どうするか。緊張が会議室に走る。
しかし一人迷うことのなかった人物がいた。
「拒否する。我々の正義をかけて、薬を渡す訳にはいかない。」
シド国王は机をたたき叫ぶ。
「私は知っていた。この国のどこかに不老不死の薬がどこかにあるということも。この岩永が過去においてその薬を持ってきたことも。しかし我々の友情において渡す訳にはいかない。彼は自分の存在がいつかこの世界に災厄をもたらすことになるかもしれないと三百年前悔いていた。そう文献に書いてあるのだ。リンドブルムの公式記録に残してある。」
シド国王は、いきりったって立ち上がる。
「リンドブルムの国王として自然の摂理を破壊するそのようなものの存在の使用を許さない。」
笑みを絶やさずに巣や印国王は口を開く。
「では交渉は決裂だ。私は今から開戦の準備に入る。」
席を立つスタイン国王。
「ザックス大将、丁重にスタイン国王をお送りしろ。」
声は未だに荒立っているが最低限の礼儀を繰り出すシド国王。
スタイン国王は僕らの座っている横を通り抜け扉から出ていこうとする。
僕の横を通り抜けるときにスタイン国王は一瞬足を止める。
「君のような友人がいたら私の人生も違っていただろう。」
僕は急いで目でスタイン国王を追う。しかし、スタイン国王は目を合わせることもない。
背後で扉のしまる音がする。重い扉の音。僕らはその音を聞きながらも動くことはなかった。