航空パレード
次の日僕らは修道院に別れを告げてリンドブルムに戻ることにした。レミイはよっぽど別れがつらいのか泣いていた、
「お姉ちゃん、お兄ちゃん次はいつくるの。」
「航空祭のとき迎えにくるわ。一緒に見ましょう。」
クルーに乗りながらマリーが答える。
クルーが浮かび上がる。
「お兄ちゃん約束忘れないでね。」
レミイは大きく手を振って大声で叫ぶ。顔には涙の跡。でも精一杯笑って僕らを見送ろうとしてくれている。
ドナさんに僕は軽く会釈する。ドナさんも笑って軽くうなずいてくれる。
少しずつクルーは高くなっていく。ゆっくり前にクルーが進みだす。だんだん小さくなっていくドナさんとレミイの姿。僕も手を振る。
「約束ってなんのことよ。」
マリーは僕に尋ねてくる。答える訳にはいかなかった。なんだかモゴモゴ言っていると、マリーは見逃してくれた。
そして、
「完全にレミイに好かれたわね。」
と言った。
僕らは一路リンドブルムへ向かう。
それからの僕らの生活は規則正しいものだった。午前は毎日剣の練習、そしてマリーが行きたくなったらリンドブルムの図書館、劇場、市場等をのぞいて観光をした。宿屋に戻るとほぼ毎日新たな怪しいものが岩永から届けられていた。
今までに届いたものをリストアップすると
醤油
電話
オレンジジュース
トランシーバー
扇風機
電灯
ドライヤー
牛肉
軟こう
解熱剤
花火
など等である。全て科学の力で作ったというが牛肉とはいったいどうなっているのか。ちなみに牛肉は不健康的な柔らかさで、焼いて食べると恐ろしくおいしかった。他にも使用法不明なものが大量に届けられている。ちなみに自分たちの泊まっている宿屋の部屋と城の岩永科学研究所には電話線が引かれており、いつでも電話ができるようになった。他にも護身用としてけん銃二丁。イオン銃一丁。TNT爆弾ひとつ。信管ひとつが届いた。
あいつの実験室は火事になったら城ごと吹き飛ばしそうである。
ザックス大将の苦労が日に日に増えていっているんだろうな。ご苦労様です。
かわいいレミイのもとにも二回遊びにいった。行けば行くほどなついてくるレミイは本当に愛くるしい。
でれでれしすぎる僕を見てマリーは、
「あんたちょっとヤバいわよ。ロリコン?」
と僕を注意する。
ロリコンではなくかわいいものはかわいいと思うのが普通だと思うのだけれど……。
僕にも娘ができたらあんな風にかわいく思うのだろうか。
時は過ぎ、ついに航空祭当日の朝。初日は航空戦艦によるパレードである。様々な国の
空中戦艦が国の威信をかけてリンドブルム上空をパレードするのである。
町は全体がお祭り騒ぎである。昨日までとは違い人通りも増えている。町のあちらこちらには垂れ幕や旗が立っている。朝というのに町にはありとあらゆる所に即席の酒場ができている。幾人かのへべれけなおじさんが様々な楽器を持って歌を歌っている。とても華やかな一日になりそうである。
空には花火。日本と違いからっとした暑い日である。
今日は朝早くからレミイを迎えにいってつれてきた。もちろんレミイは大喜びである。そして天使の微笑み。
宿をでた僕らは城に向かう。連れてきたレミイも一緒である。ドナさんは、
「私はこの年になってお祭りは刺激が強すぎるわ。若い人たちだけでいってらっしゃい。」
といって航空祭にくることを遠慮した。
昨日の電話で岩永は、
「シド公が明日城に来いっていってるぞ。パレードを最高の席で見せてくれるって。」
と言っていた。お言葉に甘えて最高の席でパレードを見させてもらうことにする。
僕らは城の内部に入る。たまたまであったザックス大将に話しかける。しかし、ザックス大将は会うたびにやつれていってるようである。岩永と関わると人は不幸な目に遭う。これは常識。貧乏神のようだ。まあ、最近は姿をあまり見ないので寂しいと言えば寂しいが……。
「航空祭の準備も忙しいので大変です。」
といって去っていくザックス大将。ザックス大将は本当に明日剣を振り回して戦うことができるのだろうか。
レミイはあまりリンドブルムに出てきたこともないらしい。町を歩いては目を輝かせ、城に入ってもきょろきょろしている。今にもどこかに駆け出し迷子になりそうなのでマリーががっちりと首根っこをつかんでいるのである。
岩永研究室に足を向けると実験室の中は以前よりさらにすごい状況になっていた。ありとあらゆる所に張り巡らされたパイプ、あちらこちらで煙を上げている機械。前回言ったときはピンク色であった煙は今回は紫色。凄まじい音を立てているモーターは今にも爆発しそうである。足の踏み場もないほど散らかった部屋のゆかには様々な薬の瓶とおぼしきもの、パンのかけら、スパナ等がぐちゃぐちゃに積まれている。
その中から出てきたのはひげが伸び油で真っ黒になったゴミ、いや岩永である。
「やあ、よくきてくれたな。シド公が城の最上階のバルコニーを俺らのために開けてくれるってさ。」
岩永の体からは凄まじい金属臭がする。
初対面にして最悪の出会い。一瞬でレミイは岩永を敵と認識したようである。そりゃレミイにとってみれば今の岩永は宇宙生物にしか見えないよ。とって食べられるとでも思ったのだろうかレミイは僕の後ろに完全に隠れて出てこない。
「お前いったい何日風呂に入っていない。」
僕は鼻をつまみながら岩永に聞く。
「こっちに来てから一回も入ってない。」
マリーは顔をしかめる。
「お前はパレードの前に水でも浴びてこい。」
僕とマリーは強制的に岩永を連れ出し水を頭からぶっかける。犬のように体を震わせる岩永。ちょっとはましになったか。さっぱりした格好にさせたあとシド公に挨拶をしにいった。
シド公の王室の扉を岩永は開ける。
「シド公、一緒にパレードを見よう。」
岩永は一国の王様に堂々とフレンドリーに話しかける。城の研究室にこもっていた間にずいぶん岩永はシド公と仲良くなっているようである。
「よくきてくれた。残念ながら私はいろんな国の高官や王や女王とともにパレードを見学しなければならないのだ。君達だけで見てくれ。」
確かに今日のシド公はいつものようなラフ姿ではなく、きちんとした正装をきている。きらびやかな服を着ていると王らしく見える。
なにかシド公は岩永に耳打ちをしてなにか楽しそうに話をしている。
明後日、エンジン、ガソリンとか言う単語が聞こえてくる。車の話か?
そしてシド公は部屋を出て行く。
「楽しんでくれたまえ。」
シド公は喜んで部屋を出て行く。岩永もにやにやしている。こんな顔をしている岩永はろくなことを考えてないな。僕は嫌な予感がする。
僕らは案内されたバルコニーに席を取る。すぐ下の大きなテラスにはシド公が他の国の高官と一緒に座っていた。話し声は聞き取れないがさすがにキリッッとした顔つきをしている。
レミイは岩永から離れるように僕の足に隠れている。
「レミイが怖がるから岩永は離れて座って。」
僕はレミイをとりあえず岩永から切り離す。一列に並んだベンチにレミイ、僕、マリー、 岩永の順番で座る。
「そんな、俺ちっちゃい子めっちゃ好きなのに。」
岩永が言うと危なく聞こえる。僕とマリーの意見は一致する。
しばらくするとパレードの音が聞こえてきた。地上から鼓笛隊の華やかな音が聞こえてくる。
さあ、航空祭の始まりである。
突然大音量が町中に響き渡る。
「レディースエンドジェントルメン。待ちに待った航空祭が始まります。初日の今日は各地から集まった航空部隊の有志によるパレードであります。ちなみに今年から始まったこの放送はイワナガ=タカオさんによる声を大きくする魔法具の提供により行わせていただきます。」
との放送が入る。
「魔法具じゃないけどな。シド公と企んで町中に拡声器を取り付けた。いちいち説明するのがめんどくさかったから魔法ってことにしたんだ。」
と岩永は笑っている。
こいつやりやがったな、と僕は苦笑いをかみつぶす。
「さあ一番隊はリンドブルム航空騎士団による、空竜の航空編隊です。」
空から完全装備をした空竜の集団が整然として一糸乱れず中心部に向かって飛んでくる。
「クルーの友達がイッパイいる。」
レミイは大喜びである。
「竜族が翼をつかわなくてどのように飛んでいるか一度精査してみる必要があるな。」
横で岩永はまた物騒なことを言っている。
空でははなやかな竜が空中で一回転をしていたりする。
これは世界中から人が集まってきたりする理由もわかるな。
キラリと輝く空竜の鎧姿は美しい。
僕はパレードを存分に楽しむことに決めた。
最初の航空隊から二時間が経ちパレードの様々な出し物も最後になってきた。
「さて本日最後の出し物になりました。リンドブルムの航空母艦ヒルデガルダ号です。」
放送している人は幾分か興奮した様子で演説を続ける。
今までの航空母艦とは比べ物にならない大きさの艦隊が遠くの空からゆっくりと姿を現す。
「このパレードには国威発揚とか他国の牽制とかの意味があるからね。国で一番おおきな船を引っ張ってくるのよ。」
マリーが解説を加えてくる。
儀礼用の空砲を空に撃つヒルデガルダ号。轟音が町中に響く。
「うおおおー。」
「わー。」
岩永とマリーは同じように口を開けてキラキラした目をしてヒルデガルダ号を見つめている。しかし、その喜びの意味はプレデターとETぐらい違う。
岩永の目のキラキラは砲撃の爆発によるもの。
レミイの目のキラキラは大きな戦艦を見つけた純粋な感動である。
放送席からの放送が入る。
「シド公からのメッセージです。この国の最高技術を注ぎ込み作られたこの艦は蒸気のエネルギーをつかい魔法単体のときに比べ倍の速度を出すことに成功しました。空竜と同じ程度の速度、時速四十キロメートルが出ます。とのことです。」
「シド公の勝ち誇った顔が目の前に思い浮かぶな。」
岩永もうれしそうである。
そのとき遠くの空にもうひとつ浮かぶものが現れた。巨大戦艦である。船体の大きさはヒルデガルダ号よりだいぶ大きく百メートルは長い。甲板はヒルデガルダ号のように飾り気程度の砲ではなくまがまがしい砲がびっしりと並んでいる。
慌てた声の放送が入る。
「国籍不明の船が乱入してきました。えっ、落ち着いて下さい。情報が入ってきました。あれはエスタの航空母艦カーム号です。エスタスタイン国王からのメッセージが入ってきました。スタイン国王のメッセージです。航空祭にお招きいただき我が国も歓迎の意を表します。ここにおいて我が国の航空隊もこの航空祭を盛り上げるために一役買おうと参加した次第であります。とのことです。」
放送は淡々と解説を続けていく。
「あれがオセロット夫妻の命を奪った航空船か。」
マリーは手をぎゅっと握りしめる。マリーの目は一瞬ともカーム号からはなれない。
重厚な鉄板でおおわれたカーム号は禍々しさをまき散らしながらリンドブルムの中心部に進んでくる。
「まるで、シド公を挑発しているようだな。」
岩永は冷静に答える。
目の前に泳ぐ二隻の巨大戦艦は僕らに何らかの不安を抱かせるには十分だった。
僕らはパレードを見終わって宿屋に帰る。岩永はなんかシド公とやりたいことがあるとまた研究室に帰っていった。
明日はついに剣での大会である。僕はわずかにでも強くなったのだろうか。不安に思いながらレミイと遊んでいると(今日は珍しくマリーがご飯を作ってくれるのである)後ろからマリーが鍋でつついてきた。
「なにしけた顔をしているのよ。明日は頑張るわ。負けたって死ぬ訳ではないんだから思いっきりいきましょう。」
と僕を元気づけようとしてくれる。マリーの顔が僕を見つめている。
マリーを元気づけるために大会に出たのにこれじゃ逆だな。
と僕は思い直す。
「ああ、明日は一ヶ月の成果を出すよ。」
僕はマリーの肩に手をおく。
「ありがと。」
僕の体を拘束していた緊張がゆっくりほぐれていく。
「さあマリーの作ったご飯でも食べて明日に備えようか。」
僕はそういって次の日を迎える。