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猫猫猫

作者: 望月穂琉

 猫はかわいい、これは自明だ。

 マフラーを食われようとも、カーディガンが穴だらけになろうとも、おめかししてよし出かけようと思った瞬間に猫が腕に飛び込んできて毛塗れになったとしても、猫はかわいい。ねこはかわいい。


 猫アレルギーのいつも同じ服を着ている(何着も同じ服を持っているので)腐れ縁は、猫の話をすると、


 「世界が猫にまみれるなんてことになったらお前は狂喜乱舞するだろうね。俺は死ぬけどね鼻水にまみれて」


 と私にはとても喜ばしいシチュエーションの話を呆れ顔でするし、

 わりと長く続いた恋人には、


「俺と猫とどっちがだいじなんや」


 と聞かれて


「猫に決まっとるやろむしろ猫以上に優先させるものがあろうかいやない」


 と即答してフられたこともある。

 これは彼女がワーカーホリックに唱える呪文ではなかったか。この台詞一度体験してみたかったとは死んでも思わないが、猫を優先させるべきと思わない人間と付き合ったことが間違いで、なんなら私よりも猫を一番に考える人間と付き合うべきだったと某腐れ縁に話すと、ため息交じりに、


「お前はもう、猫と結婚すればいいじゃないか」


 と言われた。それとこれとはまた別だと思う。

 そのあとになんかぼそぼそと言っていたような気がしたけれど、猫のことを考えるのに夢中で聞き返すことはしなかった。

 まあ、一つ言うならば、あまりため息をつくと幸せが逃げるぞ青年。



 そんな私に起こった、いや、今でもたまに起きるとても変な事件の話をしよう。誰かが信じてくれることを信じている。



 その日は、仕事でいろいろとミスをして(猫と戯れることだけして生きていたいのだけれど、猫を養うには仕事をせねばならない)、いつもよりも一時間先に会社に着く必要があった日だった。

 世界一かわいいうちの猫に、悲しいながらも束の間の別れを告げ、外の猫とあいさつをしながら駅までの道を歩いていて思ったことが一つ。


「なんか、猫多くねぇか」


 周りに人が居ないのもあって、雑な言葉遣いをした記憶が残っている。

 そう、人がいなかったのだ、素の言葉遣いをしたくなるぐらいには。

 いつもより三〇分早いだけでこんなに違うのか、と首をかしげることしかできなかった。


 もっと変なことも起きていた。


「忘年会の季節でもないのにな」


 いや、忘年会の季節にもこんなことは無いだろう。

 道端に服が脱ぎ捨てられている。十分歩いて、二、三個見た。


 最初のやつはまじまじとみてしまった。濡れているわけでもなく、吐瀉物がついているわけでもない。ただ、私はみたのだ。


 猫の毛がついている。


 ふたつめ、みっつめ、と襟ぐりの所をみると、やはり猫の毛。


「猫になっちまったのか」


 そんな天国か地獄か分からない、いや、問答無用で天国なことが起きてしまっているかもしれないと思いつくぐらいに人がいないし猫がいるのだった。



 駅に着くと、通勤時間で人まみれのはずの駅は、抜け殻のような衣服たちと猫にまみれていて、さっきの馬鹿げた推理が当たりだと思わざるを得ない状態。


 大量の服と猫。

 改札を通ろうとしたら、エラーが出てしまった。何をやらかしたかと駅員室を覗くと、脱ぎ捨てられた制服があり、何となく駅員さんの面影がある猫がいて、思わずため息をついてしまった。


 周りの服にはやはり猫の毛がたくさんついている。その中にはなんとあの腐れ縁の服もあった。そうだと分かるほどには会っている。

 あいつ、この服着たら比喩なしに死んでしまうのではなかろうか、と少し心配をしてみたりする。体質でこんなに素晴らしい猫という存在とふれあえないのは苦しいだろう。鼻水は薬を飲めば何とかなるらしいが、薬は万能ではない。


 電光掲示板にはなぜか三角が大量に流れていて、電車の出発を知らせる気が全くなさそうだし(今考えると、もしかしたら猫の耳でも模したつもりだったんだろうかと思う)、改札は抜けれないし、開きなおって猫と遊ぼうかと思ったその時、猫たちが服に戻り始めたのだった。



 そして、気が付いたら、なぜか私は駅の壁にもたれさせられていて、くしゃみと鼻水で顔を真っ赤にした腐れ縁がこちらをにらみながら何故か優しく介抱してくれているのだった。器用なやつだと感心した。


「お前なんかしたか!」

「いやおまえがどうした」

「猫がここにいるはずないのに、なんか服に猫の毛ついてるし! 俺の服に猫っ毛つけるのお前ぐらいだろ」

「さすがにそんな嫌がらせみたいなことしないし。しかも駅に来て急にってのは変だろ」

「……たしかに」


 お前さっきまで猫だったんだぞとはさすがに言えない。猫は好きだけれど、いや、好きだからこそ幻覚見たてんじゃないのかと言われかねない。


「今日仕事は」

「仕事……」


 腕時計をちらり。ちらり。ちらり?


「いつもと同じ時間じゃないか!!」

「早く行かないと遅刻するんじゃないか?」

「今日早出だったんだよもう遅刻してるさよなら!」


 この後、上司にびっくりするほど叱られて、クビになりかけた。

 上司の首がなんとなく赤くて、そっと覗くと猫の毛がついていた。


 さてどういうことやら。


 早出した日には、正確に言うといつもの三十分前に家を出た日には、毎回こんなことが起きていて、私の家を出る時間が世界を猫にするのかと経験的には思わざるを得ないような状況だ。

 猫はかわいいけれど、猫は素敵だけれど、猫は至上だけれど。


 ちょっと怖いな。


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― 新着の感想 ―
[良い点] 主人公の女の子が猫を想いやっているところが良かったです。 [気になる点] 確認ですが、主人公の女の子は途中から一時的に猫になったという解釈で 大丈夫でしょうか?
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