第8話
だんだん戦闘音が近づいてきたので、杖の事は諦めていったんここから遠ざかる事にする。
恨まれている人間の子供と脱走兵じゃ、どちらに見つかっても碌な事になりゃしない。
半獣半人のお姉さんはオレの事を抱えたまま、猛スピードで山の斜面を駆け上がっていく。
途中、何度かモンスターに出くわしたが、鋭い槍さばきで難なく打倒していく。
オレも手伝おうと思ったが、試し打ちもしたことのない魔法だと、どんな風に使っていいか分からない。
その上、辺りは暗闇で、うまく当てる自信もない。
逆にお姉さんの邪魔になりそうなので、おとなしく縮こまっている。
「人間達はこいつらに滅亡寸前まで追い詰められていると聞いたが事実なのか?」
「え、えっと……分からない、です。あっ、でも、こないだは勝利したと、言ってたかも?」
「ほう、勝ったというのか? この無限に沸いてくる怪物どもに」
オレはとある一体を指さす。
そいつは後方に控えて、唸っているだけの奴だ。
「あ、あれ、あの特殊な個体を倒すと、出てこなくなる、なります」
オレがそう言うと、お姉さんはそいつに向かって一直線。
アッという間に串刺しにする。
「なるほど言うとおりだな。怪物共が出てこなくなった」
ふと下の方を見て考え込むそぶりを見せる。
「今更伝えたところで、素直に聞きはしないか……人間からの情報だと言えばなおさらの事」
「お姉さんが見つけたって事にすれば?」
「エフェス様と呼べ。我らは嘘は吐かぬ、それは禁忌だからな」
「ハイ、エフェス様」
おや、足元にボールが落ちてるゾ?
頭を下げた先の地面に、ドロップアイテムが入っているボールが落ちている。
オレが倒した敵からしか落ちないんじゃ? あっ、そうか。
今は、オレとお姉さんは同じパーティに所属している、という状況なのかもしれない。
それなら、お姉さんが倒した敵からもドロップ品が落ちるのも分かる。
とりあえず、こっそりとソレを拾っておく。
まあ、どうせ回復薬なんだろうけど、拾っておいて損はない。
暫くすると夜も明けて来た。
山頂付近にはモンスターも居ないようで、ようやく一息つける。
エフェス様も木にもたれかかって仮眠をとっている。
オレの方はというと……眠くならないんだよなこの体。
そういや、現実の方の体はどうなんだろ?
あっ、とんでもない事を思い出だした!
昨日からオレ、トイレいってないぞ?
あれ、やばいんじゃね? 戻ったらお漏らししてた、何てことになってないよね?
オレはエフェス様が持っている槍の穂先を見やる。
いったん死んで元に戻っておくか?
もう、ここにいる理由はないだろうし。
エフェス様が起きないよう、慎重に穂先を自分の体に向ける。
うう……なんか怖いな。
痛みがないというのは分かっているんだが。
震える手を落ち着けるように深く深呼吸をする。
「よしっ!」
と、勢いをつけて引こうとしたのだがビクともしない。
アレ? と思って顔を上げると、エフェス様が怖い顔でこっちを見ている。
「お前、今なにしようとしてた?」
「えっ、アハハハ……何でしょう?」
「…………泥だらけだが、よく見ると結構よさそうな服装をしているな。こんな暮らしには耐えられなくなったか」
え、いや、暮らしとかどうとかじゃなくてですね……
「いいか、お前はもう私の物だ、勝手に死ぬことは許さん」
そんな事、言われましても……戻らないとやばいんですよ。
色々と垂れ流しになってしまいます。
なんて言っても通じないだろうなあ。
どうしたものかと考えていたら、なにやら下の方からバキバキと木々が倒れていく音がする。
なにやらアチコチにべったりと血痕がついた、巨大なモンスターが山の斜面を駆け上がってきている。
敵のボスまでは辿り着いたのだろうが、倒すまではいかなかった、という事か……
いくらいたか知らないが、あの巨大なクマもどきのようなのが束になっても勝てなかったのか。
それだけ、奴が強いって事だろう。
ただ、今はまだ距離がある、ここからなら魔法も当て放題。
『バーン・フロスト!』
氷の矢を発射し、当たった場所を氷漬けにする魔法だ!
つって、何も出ない!?
『バーン・フロスト!』『バーン・フロスト!』『バーン・フロスト!』
何度も唱えるが、必殺技が発動しない。
もしかして……つえぇ……杖がないからか?
そういや剣士の必殺技だって、剣ありきのモーション。
素手では出せまい。
ええ…………杖さん、ドコォ?