第5話
「味がしない……」
えっ、変な意味で言ったんじゃないですよ?
お酒らしきものを注がれたので飲んでみたのだが。
味がしない。
料理にも手を付けてみたのだが。
味がしない。
おいっ! 手抜きじゃないか!?
そう言えば、今日はかなりの運動をして結構な時間がたっているが、お腹が空く様子がない。
いくら食べ飲みしても、満腹になるという感じもしない。
あのクソ不味い回復薬を設定できるなら、ちゃんとこっちも設定しろよ! って話だ。
さらに、眠気も襲ってくる様子がない。
これで性欲までなかったら、3大欲求から解放されるゼ。
嬉しくねえ……
あと、今更な話だが、言葉が通じんのなんとかならんかったんか?
自動翻訳ぐらいは、今の地球文明でも出来るぞ。
手を出していいのか悪いのか、まったく分からんじゃないか!
とまあ、そんな碌でもないことを考えていたのが悪いのか、突如、広場の真ん中にモンスターが落ちてくる。
『あと少しという所で、とんだ邪魔が入ったものだ』
背中に鷹のような翼を生やした、全身毛むくじゃらのクマのようなモンスター。
そいつがオレの方を睨んだかと思うと、頭の中にそのような言葉が響いた。
おっ、やればできるじゃないか宇宙人。
出来れば、こっちの美少女の言葉を翻訳して欲しかったが……
『我が思念派が届いておらぬか?』
思念派? 翻訳してくれたんじゃないのか。
魔法か何かで直接、頭の中に語り掛けてきてるとでもいうのか。
これはゲームのイベントなのだろうか?
「お前こそ何者だ。オレを呼び込んだのはお前なのか?」
『……聞かぬ言葉だな。貴様、鉄の民とは関係ないのであろう、なぜ、そいつらの味方をする』
「会話が通じてねえ……」
向こうの意思は、思念派? とやらで分かるが、こっちの言葉は通じていない模様。
そいつが言うには、ここに居る奴らは、神をも恐れぬ邪悪な侵略者なんだと。
鉄と炎を用いて、各地の民を支配していき、そこにあった言葉や文化、信仰の全てを破壊しつくした。
さらに、徹底した教育と弾圧により、自らの価値観に沿わぬもは全て排除される。
また、鉄の民は、物の道理をつきつめ、神や奇跡などを信じない。
どんな小さな宗教であれ、それを認めはしない。
それに反発した者達はことごとく葬られた。
このクマは、そんな弾圧された民の末裔らしい。
『我らが願いを聞き届けた神は、鉄の民を滅ぼす軍勢を遣わせてくれたのだ』
「えっ、アレって神様が作り出したの? でもあんなゲームみたいなシステム……」
話を纏めると、宗教を弾圧していた鉄の民に対して、怒った神様があのモンスター達を呼び寄せ滅ぼそうとしているとなる。
じゃあオレは何なんだろな?
鉄の民を襲っている神様とは別の神様が、転売ヤーに扮してオレをここに寄越したとでもいうのか。
『ようやく、ようやくだ! 三百年祈り続けた甲斐があったというものだ!』
ん? サン百年?
『鉄の民の王族はそ奴で最後、いよいよ我らが願いが成就される時が来た!』
「いやいやいや、そんな、何百年も前のご先祖様がしでかした事を今更!?」
もうちょっと話を聞いてみない事には判断できないが…………いくらなんでも根に持ちすぎじゃね?
『そこをどけ神の使徒よ! 鉄の民などに肩入れしても、そ奴らは決して神など認めようとせぬぞ!』
「だから何だって言うんだよ? 神様なんて知ったこっちゃねえ」
むしろ、勝手に呼ばれて迷惑している。
民族間の抗争なら根が深いものがあるのだろう。
許せないという気持ちも分からない事はない。
だが、今、罪を侵していない人間を、殺していい事には、ならないはずだ。
震える美少女を背中に庇い、剣を抜き放つ。
『…………なるほど、慈悲深い神もいたものだ。だが、その娘の命だけは、何としてでも貰い受ける!』
そいつが大きく飛び上がり、オレを飛び越え背後に降り立つ。
着地ざまに鋭いかぎ爪を出した手を振り下ろす。
オレは美少女を抱きかかえながらその攻撃をガード。
そして美少女を周りの兵士達の方へ押しやる。
『逃がさん!』
「行かせるかよ!」『ティア・スラッシュ!』
そいつに向かって斬り上げる。
だが、そこで予想外の出来事が発生した。
大きく切り裂いたそいつの胸から血しぶきが噴出したのだ。
それをモロにぶっ被ってしまう。
「うわっ、先ほどのモンスターとは違うのか!? 気持ちワルッ!」
斬った感触も全然違う。
手に嫌な感触が伝わる。
当然と言えば当然の事なんだろうが、ゲーム感覚でいたオレには思ってもみない反撃だった。
その隙を見て、そいつが飛び上がる。
そして少女を追いかけて滑空する。
「まずいっ!」
少女が建物の中に逃げ込むと、そいつも壁を突き破ってそこへ入っていく。
「間に合えっ!」
オレも慌ててそこへ入っていく。
だがっ!
血だまりの中に倒れこむ少女。
その傍で大きく雄叫びを上げているモンスター。
辿り着いた時には、すでに手遅れだった。
モンスターは一度オレを振り返った思うと、そのまま天井を突き破って飛び立っていった。
クソッ、オレが、血しぶきぐらいで臆したばかりに……
いや、まだだ!
オレは急いで倒れこむ少女の元へ向かう。
回復薬が普通の兵士でも使えたって事は、これも使えるはずだろ。
そう、ボスが落とした紙人形。
きっと、これは一度だけ死んでも蘇るアイテムに違いない。
それを少女に向かって掲げる。だが、何も反応しない。どうしてだ!?
死ぬ前に持ってなければならなかったのか?
それとも、オレだけにしか反応しない……
ジッと手に持ったアイテムを見つめる。
どうせ痛みはないんだ。
試してみる価値はある。
ここで死んだとしても、実際に死ぬわけじゃない。ないよね?
決断が鈍らないうちにと、自分の胸に剣を突き立てる。
周りでむせび泣いていた兵士達が慌てて駆け寄ろうとするが、それを手で制止する。
世界が赤く点滅しだす。
それと同時、思っていた通り、手に持っていた紙人形が輝き始めた。
あとは、コレがこの子に効くかどうかだ……
それを少女の胸の上に重ねた手に握らせる。
頼む、効いてくれ!
そう思いながら、オレの視界が急に暗く暗転していくのであった。