098 ちょっとおとなりまで
ばーちゃんがずっと笑い転げているなか、俺はずっと「やっちまった」と項垂れる。
謎のテンションでもって戦争に参加してしまったあげく、冷静になってみればとてもひどいことをしたと思う。
戦争って怖い。
「ひー、笑った笑った。あー、楽しかった。こんな楽しい戦争初めて!」
戦争が楽しいて。
うーん。妖精族との感性の違いよ。
ばーちゃんの部下とか側近の毛皮系の獣人達はめっちゃ怯えた目で俺を見ている。
侵略してきた人間相手にちょっと同情的なコメントをしている人もチラホラ。
けどばーちゃんと同じく妖精族系の人は笑いをこらえていたり、堪え切れず「ぷくく」と隠れて散々堪え笑いをした後真面目な顔を取り繕って国の重鎮として並んでいる。
砦の敵国さんたちは既に引き払っている。
結構速やかな引きだった。
砦内に体を隠すモノが一切なかったのが良かったのか、敵側の判断は早く、一時間も経たないうちに砦を放棄し、自国へと戻っていった。
それを天馬バージョンのヒューイの背に乗り上空から見ていたばーちゃんはゲラゲラ笑っていた。
ピクシー=ジョーと同じ大きさの妖精族の斥候の人達も笑いながら敵が自国へ戻っていく様を見届け、砦奪還を完了した。
「ふぅ。それにしても呆気ない幕切れだったわね。予定とは違って両国血を流すことはなかったし、こちらに人的被害がなかったのがいちばんよね?うふふふ、うふふふふ。何度でも思い出して笑えるわ」
そしてまた思い出し笑いに入るばーちゃんならびに妖精族御一行。
そんな妖精族を「あー、また笑ってるよこいつら」とでも言いたげに見ている獣人の重鎮たち。
「あれ、同じ妖精系でもエルフは笑ってないんだ」
「当然よ。いくらエルフ族が妖精族から派生したと言っても感性までは違うわよ」
俺の呟きに反応を返してくれたのはいつの間にか隣にいた、年上エルフ少女のカジュだった。
「いたんだ」
「ええ。おかげさまで安全にここまでこれたわね。まさかあんなひどい作戦でここを奪還できただなんて、お父様は頭を抱えていたわ」
「そ、そうか。それはなんとも」
「人ごとのように言ってるけど、立案、実行はあなたよね」
「そうですね。いやー、血まみれとか怪我とか死人とか嫌だなーって。こっちの方が誰も傷付かないはずだってあの時は思ったんだよ……」
「そうね。戦争のテンションって怖いわよね。ってまさか後悔してるの?」
妖精族のクセに?とでも言いたげな目で見られた。
「うん。死ぬより酷いと思う人もいることにやっちまったあとわかったよ。後悔しかないかな」
「……そう。でも妖精族っぽい戦い方と言えばそうね。昔にあった戦争では敵兵全員逆さにして足だけ残して穴埋めにしたとかいう謎の戦い方をしたり、空高くまで浮かせてそのまま魔法を解除して落として殺したなんて妖精族が居たくらいだから、今回ほど穏便で敵方の心を粉微塵にした戦争はないわね」
それはそれでどうなんだろ。
残酷すぎるだろ。
俺も大概だけどさ。
「あらら?せーちゃん、カジュちゃんといつの間に仲良しに?うふ、若いっていいわね」
絶好調に上機嫌のばーちゃんが、俺達のところにスキップしそうな勢いでやってきた。
会議してたっぽいのにほっぽってこっち来ていいのかな。
「あー、うん。攫われ仲間的な」
「まぁ、そうなの?それは酔狂なお仲間ね。そういう特殊系のお仲間は大事になさいな」
「え、あ、うん」
としか返事できないよね。
カジュに至っては軽い礼の姿勢をとったまま、うんともすんとも言わず。
見ろよこの鋼のスルー力。
あ、そう言えばばーちゃん女王だったな。超目上で偉い人だった。
だから礼の姿勢か。
気軽に接せないのか、あるいは余計な事を言って話を広げられるのを避けているのか。
うん。後者だな。
俺の顔見て妖精族相手にまともに会話するのを諦めたとかなんとか言ってたし。
「それはそうと、せーちゃん。おばーちゃんね、今からちょこっとお隣行ってサクッと報復してこようと思うの。せーちゃんも行く?」
軽い…!
報復が軽いよばーちゃん!
「報復て。撃退したんだからいいんじゃないの?」
「やーねー、どこぞの世界の鳥獣保護管理法じゃあるまいし。侵略されたんだからきっちり報復しとかないとなめられちゃうのよ?国同士ってそういう面倒なことあるのよ?だからね、面倒な事はさっさとサクッとおわらせちゃいましょってことなのよ」
「へー」
そういうものなのか。
「(んなわけないじゃない!こういうのは周辺国への根回しが必要なのよ。それを簡単に「ちょっとそこまで」みたいなお出かけ感覚で…。お父様達の苦労わかってるのかしら)」
カジュが隣にいる俺にしか聞こえないような声でブツブツ言っている。
「ささ、せーちゃん、行きましょ」
ばーちゃんに腕をとられ、グイグイ引っ張られる。
ほんと楽しそうだな、ばーちゃん。
「えっと、ばーちゃん、周辺国への根回し的なものは大丈夫なの?報復とかでも、こっちから他国の地を踏むわけだろ?へたしたらこっちから乗り込んでいったみたいになるし」
一応カジュに気を使ってそうばーちゃんに進言してみる。
チラリとカジュを見ると、ニコリと笑顔を返されたので間違ってなかったようだ。
「んー?たぶん大丈夫よ、きっと。外交を任せているコ達がそこんとこなんとかしてくれているはずだもの」
あ、これだめだ。
信頼という名の無茶振りなやつだ。ブラックなやつ!
…心が痛んでカジュの方を見れないよ。
俺はばーちゃんに連れられるままに歩くしかなかった。
北の砦の北側に出て、橋を渡って数百メートル先には町があるらしい。
今回はそこを避けて北東方向にある村に行く。
道中警備はガラガラだ。
馬車で余裕で移動できてしまっている。
「今頃砦近くのこの国の町では大変なことになってそうね。町内で暴動でも起きてるんじゃないかしら?ふふふ。敗戦して民に恥を晒すだけならまだしも、販売店での服が足りなくて通行人から服まで取り上げていなきゃいいけど。うふふふふふふ。侵略戦争で押し返されてそれだけでも恥なのに、裸に剥かれて全身の毛という毛まで毟り取られて恥ずかしい姿を平民に晒すんだもの。考えただけでさらに楽しいわね!」
ばーちゃんの言葉に楽しそうにするのは妖精族の側近さんだけで、エルフ族と獣人族の側近さん達はうんざり顔だ。何度も似たような話で盛り上がってるばーちゃん達に嫌気がさしている。
俺もその気持ちわかるよ。
馬車は全部で3台。先頭を走る馬車と次に俺達が乗っている箱馬車。中は俺とばーちゃんとばーちゃんの側近3名とシェヘルレーゼ。この馬車の両脇には騎乗した騎士が並走している。もう一台は大きな荷馬車になっていて、そこに10名程が余裕を持って座っている。その中にシロネとティムトとシィナも入っている。
敵国に来ているのにこの人数って大丈夫なのかな?
普通もっと大勢で乗り込むもんだと思っていたよ。
アーシュレシカは念の為砦の守りに残ってもらっている。
俺のスキル【アイテムボックス術】を使えるのは今のところシェヘルレーゼとアーシュレシカしかいない。
また敵が来たら身ぐるみ剥いでもらう予定で残ってもらっている。
素っ裸にされてなおもむかってこられてもアーシュレシカなら無力化できるだろうし。
ばーちゃんが馬車内でキャッキャしながら数時間。
隣国で最寄りの町から次にばーちゃんの国に近い村にやってきた。
馬車からしてこの国のものではないと分かりやすいデザインなので、俺達の馬車を見て警戒感をあらわにする村人たち。
かといってすぐに攻撃を仕掛けるわけではなさそうだ。こちらを見て、声をかけるわけでもない。
獣人の御者の姿で既に分かったのかもな。
自分たちの国が負けたのを。たぶん。
先頭の馬車から文官が出て、村長を呼び出し…
「さぁさぁ、村長もしくはこの村をまとめている者を呼んできなさいな」
文官を押しのけてばーちゃんがでしゃばった。
文官も側近も頭を抱えつつもばーちゃんを護衛する姿勢をとる。
できたお方たちだよね。
かくいう俺もばーちゃんに腕を引かれ、一緒に馬車を降りてばーちゃんの隣にいるわけだけども。
「よ、妖精族…」
「人と同じ大きさの妖精…隣国の王族がなんでこんな村に」
「言う通りにしろ、妖精族は何をするかわからない」
「どんな残酷な手段で戦に勝ったんだ…」
ここでもやはり見た目で妖精族ってわかるのね…。
そして妖精族の評価ってたいてい低いよね。
ばーちゃんの妖精族以外の側近さん達がヤサグれた笑みを浮かべている。
彼らからしてみたら不本意なんだろうなー。
程なくして息を切らせた村長っぽい老人がやってきた。
「この国は負けてしまったのですね…」
息を整えながら、老人はぽつりと漏らす。
「そうね。とても愉快な負けっぷりだったわよ?今頃近くの町では敗戦兵たちが町民を襲っているころじゃないかしら?自国の民を脅かすだなんて嘆かわしいわよね?」
ばーちゃんの言葉に村人たちが敵意をむき出しにする。
「…なぜこの村に?支配でもするのですか?何もありませんよ。カネも、食料も、何も…。あるのは飢え行く明日か、隣国の亜人どもに皆殺しにされる未来でしょうか」
老人は投げやりに、ちょっとだけばーちゃんに言い返せたことに清々したのか、アルカイックな笑みを浮かべている。
「あら、そうなの?」
うん。他人事だよねー。
ばーちゃん素でびっくりしてるよねー。
「…殺しに来たのではないのですか?」
胡乱げな視線をばーちゃんに向ける老人。
死を覚悟したのか、もう怖いものはないとばかりに遠慮ない眼差しだ。
「ええ。まじめに食べるものがないって諜報班からの情報だったから、当面の食料と、田畑を癒す聖水の施しをしてあげようと思ったの。敵国からの施しはいらないかしら?捨て身の戦争に自分たちのプライドのせいで負けたこの国の軍人たちだけれど、あなたたちもプライド的に亜人国家と蔑んできた国からの施しで食いつなぐくらいなら飢え死ぬ方を選んじゃうのかしら?」
そうか。
あの人達、食料よりプライドをとったから自国に逃げ帰ったのか。
マジか。
「ふっ、その日の糧すら奪う自国の掠奪者より、敵国の施しを受け入れる者しかこの村にはおりますまいて。…そうですか、そう、ですか…」
そう言って老人はばーちゃんに頭を下げ、涙を流した。




