093 前に見たような景色
気付いたら牢屋にいた。
少し前に見たことあるし、体験したからわかる。
ここ、牢屋じゃん。
地下牢じゃん。
でも今回はお仲間がいる。種族も年齢も様々だ。
小さな子どもから同い年くらいの少女まで。
小さな子は男女で5人、10歳以上くらいになると女の子だけになり、それが4人。そして俺。
計10人か。
誰もが怯えと絶望が入り混じる表情を浮かべるか、ぼんやりと牢の床を眺めている。
一通り叫び、恐怖し、泣き喚いた後だろうなと察せる程度には牢内の空気は重いし涙の後もしっかり残っている。
まぁ、牢なのでポップで明るい空気はないよな!
俺は人生2度目の牢屋入りなので気分的には慣れたもんだよ。
牢に入れられた理由はさっぱりだけど。
そして首には金属製の首輪がはめられているけども。
うん。これアレだな。
奴隷というやつだな。
奴隷紋ではなく隷属の首輪ってのがまた違法くさい。
北大陸の帝国で、サロンを開業する際に奴隷を買いに行った時、待ち時間に奴隷商の人が雑談でそんな事話していたのをなんとなく覚えている。
はぁ。
とにかくアレだな。
俺の結界、不意の事故には弱いよな。
おもに俺主導で動いたことによる衝撃とかに。
今回は俺が荷物にあたりに行った感じだし。学習しない俺の結界よ。いや、結界悪くないな。
俺の結界に対する設定が甘いのか。
それとも外部による干渉か。
外部。誰だ?悪意は感じない。
なんだろ。神様のいたずら?ハハハ。まっさかー。
神様なんているわけないじゃんね。
俺の結界設定のミスだよな。うん。
ちなみに俺に付けられた隷属の首輪は結界的には害なすモノと判定されているらしく、結界の上から首輪がされてあるから俺に何の影響もなさそう。
かといって非力な俺では金属製の首輪を破壊する事は出来ないだろう。
あー、首が重い。寝る時邪魔だし酷そう。
俺は結界があるからいいけど、他の人、金属と肌が触れ合う部分、カブレたりしないのかな?というか首洗う時どうすんの?ん?下向く時ちょっと苦しいな。
もっとスリムな首輪開発しろよ。ゴリゴリの首輪とか、金属の無駄じゃない?
でもアレか。獣人族とかドワーフとか怪力っぽいから、そういう人達用の対策もあるのかも。
それでも子供たちにとっては俺以上に重く感じるだろうな。
あー、なんだか頭も痛いな。
たんこぶ出来てる?
いててて。
回復回復…と。
「おい、お前、目覚めて随分余裕だな。もしかして自分の状況わかってないのか?」
おっと。
牢屋仲間の他にも人がいたようで。
見れば牢の外に、見張りのお兄さんが。
「どうせ子供を誘拐して奴隷として売り飛ばすとかだろ?ベタ過ぎ」
「なぁ、おい。ガキが。生意気な口きくじゃねぇか。ま、正解なんだけどよ。それにしてももっと騒がないのか?他のやつらは一通り騒ぎ終わって静かにしてるだけだからな?新入りなんだから遠慮せずほら、騒げよ」
嗜虐的な表情でそんな事をいうお兄さん。
悪者感が板についてるな。
「…ではお言葉に甘えて騒ぎますか」
「あ?」
ンんん…喉の調子を整えて、ちょっと半音高めの声で騒ごうかな。
「この変態!子供攫って奴隷にするとかいう発想マジキモい!女の子攫って奴隷にするとか最低な!このゲスめ!そして俺みたいな普通の男を攫って奴隷にするとかなんなの?ああ、アレか。子供や少女は偽装要員で実は俺みたいな男を誘拐して奴隷にするのが魂胆だったり?だったらもっと堂々と男だけピンポイントでさらえよ。そっちの方が清々しいっての!女子供フェイクに使うとかかえってキモダセーッスわ」
おし。
こんなもんかな。
「いやいや、騒ぐってそれなんかちげーし!そもそも俺は見張りでさらってきたやつ別だし!てかお前普通に道端に転がってたって話だったぞ?!あと主犯も別だし!何よりお前男かよ?!見た目詐欺だろうが!」
「どう見ても男だろう?男物を着ているし。知ってて奴隷にしといて実は男好きとバレて恥ずかしいからそんなこと言ってるのか?逆にゾッとするわ」
「いや、聞けよ!その設定から離れろよ!」
なんだろう、この調子のいいお兄さんは。
普通に頑張ってツッコミいれてくれる。
どうしよう。いい人に見えてきた。
「あ、うん」
「お、おう」
「「………」」
素直に頷いたら、お兄さんがちょっと動揺。
その後、二人して沈黙。
お兄さんだけは気まずそうにしている。
なお、その間、奴隷仲間の少年少女たちはずっと虚ろな顔して黙っていた。
「だったら俺、いらなくない?」
「今更だな。しゃべるとアレだが見た目だけは良いからそういった趣味のやつが買うだろうさ」
お、おう。
外見褒められちゃったよ。
照れるじゃん。
「へー」
照れ隠しにまんざらでもなさそうな返事をしてしまう。
いや、褒められる事って滅多にないからね。
変な趣味のやつに買われるとかは絶対ごめんですけど。マジで。
「…それだけかよ」
「まーね。興味ないし」
「自分がどうなっても良いってか。急に自棄でも起こしたか?」
「まさか。死んだら母さんや妹に会えないじゃんか」
「じゃーなんだってンだよ」
「ここから普通に出るんだよ」
「バカかお前。どうやったら『普通』に出れんだよ」
「そりゃぁ普通に牢をぶっ壊して出たり、普通に転移魔法使ったり、普通にゲート召喚したり、普通に護衛呼びつけたりすれば良いだけだろう?」
「なに、言ってんだ…?」
お兄さんとのやり取りの間に、既にシロネにメッセージを送った。
『頭打って気絶している間に隷属の首輪付けられて地下牢入れられてる。他被害者あり。心配無用』と。
シロネさん、既にスマホマスターなので位置情報アプリで俺の事調べてあると思うし。
スマホの時間見たら十数分しか経ってないっぽいし。
事実としてすぐにここからは出れるだろうし。
「俺の従者は既にここの場所は知ってるし」
「はっ!そんなことか。だったら残念だったな。ここは大使館の地下だ。いくらお強い護衛がお迎えに来たとしても門前払いだろうよ」
「あぁ、そういう」
これもまたデジャブだな。
前はたしか…どこだったか。
どこかの教会だっけか?
「とりあえず、お前達はあと5日はここで過ごすことになる。5日後、船で中央大陸に運ばれ、そこの変態達に売られるんだよ」
「中央大陸って変態しかいないのか?」
「なんでも良いさ、ウチにとってはお得意さんだからな。中央では亜人は高く売れる」
「だったらやっぱり俺、いらないだろ。人間だし」
「この期に及んで焦ったか?どう見てもお前、妖精族だろうが」
メルヘンなこと言われましたが。
俺が妖精族?
…もしかして周囲からばーちゃんに似てるって言われているのと関係してる?
俺の特徴の無い顔って不思議系な妖精顔だというのか…!
「……なにそのショック受けました!みたいなツラ。顔見たら一発で種族分かんだろ。まぁ、よくよく見たら目の色は普通だし、耳も人間に近いか。それにしたって珍しいから売れるけどな!ハーフフェアリーなんてなかなかいねえからな」
お兄さん、話し相手に飢えてるのかなってくらいよくしゃべる。
めっちゃ教えてくれる。
やっぱりいい人なのかなって思える不思議だよね。
なんか話しやすいし。
「あー。だったらそれでいいです。トイレ行きたいんですけど。あとお腹もすきましたね。埃まみれなので着替えも欲しいです。あ、着替える前に風呂も頼みます。風呂は自分で体洗えますので手伝いはいらないです」
「おいおいおい、あまりふざけたこと言ってんじゃねぇぞ?なに調子に乗ってんだ?んなとこにどれもこれもあるわけねーだろ?!そもそも普通に生活しててもそんなのあるわけねーし!てか何故口調変わったし!」
「それが普通でそれが日常にある人間をさらって牢に入れている事を知ってほしかったので。口調は牽制です」
「……マジかよ。貴族か豪商のボンボンかよ。面倒なの連れてきやがって」
「マジですね。国単位で動きますね。少なくとも3カ国は動きますね。義があるならもう1カ国くらいは動くと予想します。今、ここから力ずくで俺を助けに来ないとなると…マジでここを潰しにかかっているんじゃないですかね。証拠集めて、書類作って、まっとうに処罰されるように包囲を張っているんだと思います」
「で、でたらめふかしてんじゃねぇよ!」
よくわかったな。
でたらめというか、ゆさぶりというか。
お兄さんがただの下っ端なのか、それとも幹部なのか知りたかったので。
実際はシロネ達には情報収集をお願いしている。
こちらは無事だし、前みたいにのんびりインドア生活を楽しんでから出るか、飽きたらすぐ出るか、気分次第と連絡してある。
ついでにこのやり取りはスマホでシロネやシェヘルレーゼに生配信中だ。
ちなみにシェヘルレーゼとアーシュレシカは迎えに来ると言っていたが、お断りした。
ばーちゃんの話を聞いていて、なんとなくばーちゃんの国もキナ臭そうだったからふたりにはそのままばーちゃんについてもらうように言ってある。
シロネには西大陸全体の、簡単な情報収集もお願いした。
ティムトとシィナにもシロネのお手伝いをしてもらう。
諜報特化のピクシー=ジョーとシエナには先行してばーちゃんの国へ行ってもらい、情報収集をお願いし、移動手段特化のヒューイにはシロネ達のサポートを頼んだ。
そうすると俺の護衛が心配だと言われたけど、そもそも聖女スキルの結界がぶっ壊れチート過ぎて護衛の必要性を然程感じられない…と言うのは黙っておきつつ、必要だと思ったら北大陸で買った農園で仕事を任せている配下久遠の騎士から適当に護衛頼むからと言っておいた。【聖女の願扉】を使えばすぐだし。
「どっちでもいいです。とりあえずトイレお願いしますよ」
「ンなもんそこの壺にするに決まってんだろ!」
「あー…やっぱりアレ、トイレでしたか。なるほど。そうやって少年や少女の排泄シーンを見る、と。なるほど、変態相手に商売するにはやはり変態じゃないと務まりませんか」
調子に乗って軽口叩いていたら、ガシャン!と牢の檻を思いっきり蹴り、威嚇された。
お兄さんがマジトーンでブチギレた。
こっ…わ。
少年少女たちもビクッと体を揺らし、ガクガク震えている。
やりすぎちゃったかー。
ごめんごめん。
俺のせいで皆不必要に怖がらせてしまった。
「調子こいてんじゃねぇぞ」
苛立ちも露わに凄んでくるお兄さん。
ほう。
余裕が無くなったか。
ゆさぶりが効いたのかな?
しかしごめんよ同室の子供たちよ。
俺のせいで怯えさせてしまって。
うーん。それにしてもどうしようか。
俺だけならすぐにここから出られるけど、子供達も一緒となると、出たところで大変だな。
親元に帰すのは当然として、帰すにも色々聞かれたり警戒されたり、最悪賊の一味として捕らえられたり、騎士や兵士に突き出されたり…。
考えるだけで憂鬱だ。
とりあえず今日は一晩、ここに泊まるかな。
話せそうだったら子供たちと話して、どうするか聞くしかないよなー。
というわけで、まずは少しでも快適な牢泊の為にここの環境を改善する。
まずは看守の目や声が届かないように、不可視と防音の機能が付いた【堅牢なる聖女の聖域】発動。けど空気は通るように…っと。
するとどうでしょう。あっという間に部屋が出来あがった。
牢は雑居牢だけあり広いので、トイレの他に風呂も置けそうだな。
簡易キッチンもイケるか?
その前に【クリーン】で室内を清潔に。少年少女達も清潔に。
そこでようやく彼女たちは牢内の変化に気付く。
「あ…」
年長の少女から出た声はガサガサだった。
「とりあえず、うるさいヤツの声も聞こえないし、見なくても良くはなったけど、どう?」
なるべく気さくに声を掛けてみた。
俺、がんばってる。
「ど、どう、やって」
俺はテーブルを出し、その上にコップを人数分出し、水を注いでいく。
その中のひとつを彼女に差し出すと、少し悩んだあとにゆっくりと受け取り、飲んでくれた。
「こう見えても結界は得意なんだよ」
なるべく柔らかく話すことを心がける。
いつもの無愛想が出ないように、相手を怯えさせないように。
ばーちゃんほど明るく優しくはできないけどさ。
「ぷは…、アイツら、怒ってその結界、壊さない?」
もう一度彼女のコップに水を注ぐ。
それからこちらに意識の向いた子たちにも水を配る。
「どこかのすごーい勇者や賢者なら壊せるかもだけど、奴隷商達くらいならどうやったって壊せないよ」
「でも、そしたらずっとここにいるの?」
「それは考え中。出ようと思えばすぐ出れるけど、皆1人で帰れないだろ?きちんとみんな家に帰れるように計画を立てる。それまではここでのんびりお泊まり会でもしておこう。それとも別の場所だけどすぐにここ出る?」
俺の答えに、彼女はしばらく考え込む。
その間に俺はテーブルの上に子供たちが食べやすそうなものを並べていく。
それにふと彼女が気付いたようで。
「あなた、【アイテムボックス】持ち?」
「うん、まぁ。それにしてもあんたはこの状況でもしっかりしてるな」
「それはそうよ。人族には幼く見えるかも知れないけど、私はエルフよ。さっきの監視の親の倍は年齢が上だと思うわ」
そう言って、彼女は自分の発言に墓穴を掘り心を抉られたらしく、どんよりする。
【堅牢なる聖女の聖域】の効果で精神の安定は得られたんだろうけど、それでも落ち込むときは落ち込むか。
「…なのに、違法奴隷商に捕まってこのざまよ。物凄く怖くて、無力で。めそめそと泣くことしか出来なかった。奴隷狩りに捕まったら最後って聞いて育ったから余計、ね」
「誰だってそうですよ。捕まったら怖いし、牢に入れられたら不安で泣きたくもなります」
彼女が思った以上に年上と判明したのでビビって言葉遣いを改めてみた。
「……あなたにそういった行動は見られなかったと記憶するけど。堂々と牢に入ってる感じにしか見えないわ」
「俺は二回目なのでそこまで怖い思いはしませんでした。経験の違いですね」
なに言ってんの?コイツ。みたいな視線を向けられた。
ですよねー……。
「実は私より年上の妖精族なの?見た目はハーフフェアリーなようだけど」
「そのハーフフェアリーはわかりませんが、俺は普通の人族ですよ」
「普通の人族はこんな檻に入れられる事はないと思うわよ。どう見ても人族の変態が好きそうな種族ばかりを集めたってのがわかる檻よね」
「あー、それは…」
俺は人族アピールするために、ばーちゃんと父さんから聞いた話を掻い摘んで彼女に話した。
こういうところでは種族問題はきちんとしといたほうがいい。
人族と何か因縁があり、あとで裏切り者とかスパイとか言われても困るので。
ばーちゃんは妖精族と言われる種族で、昔、人族の子供を拾った。
森の奥の木のウロのなかに捨てられていたらしい。
それを可哀想に思ったばーちゃんは我が子としてその子供を育てた。毎日その子に自分の魔力を少しずつ流し、魔力的なつながりでもって親子となった。
その後、ばーちゃんの国が邪神に襲われ、ばーちゃん達は我が子達を方々へ逃がした。
そう、ばーちゃんの子供は父さんだけじゃなかったよ。俺には伯父さんや伯母さんがいるらしい。
で、父さんが逃がされた先は異世界の地球の日本だった訳だ。元が人族なので違和感なく日本で育つことが出来た。
その後、こちらの世界に戻ってきたわけだけど、既に状況が変わっていて、父さんの出生がわかり、婚姻という形で国元に引き取られることになったというのがざっくりした話だ。
もっとも、それらのほかにもたくさんの大人の事情というのが多くあるんだろうけどね。
というのを超年上のエルフ少女に話した。
ちなみにこれは俺の予想だけど、父さんが子供の頃、ばーちゃんにもらった魔力の影響で俺がばーちゃんによく似ているとされているような気がする。それ以外で俺がばーちゃんに似る要素が見当たらないし。というのが余談だな。
「わたし、それを建国記として知っているんだけど、あなたまさか<大神より賜りし大いなる恵みをもたらす大森林よ、我ら森林の民は神と大森林に感謝を持ち、健やかなる日々を過ごし、死せる時は魂を大神のもとへ、この身は大森林へと還さん>女王国の女王のお孫さま…?」
「え、なんて?」
「……神森王国の女王様のお孫さまかしら?」
あー。あつ森的な…。
たぶん。
知らないけど。
「あー、どうかな。国名はわからないけど、ばーちゃんは西大陸の大国の女王とかいうのしか聞いてなかったな」
「普通国名聞かない?」
「たしかに。とくにどこの国とも言われなかったから言いたくないのかと。それに連絡手段もあるし、数日この大陸に滞在したら東大陸に行く予定だったから」
「それが国名を知らないままでいるなんて理由なんてちょっと言い訳臭いけど、でもなんかあなたが陛下のお孫さまなのがちょっとわかったわ。その軽くて適当なところ、顔以外も似てる」
「それ褒められてない事だけはわかる」
「それにこの異様な空間を作り出す力も、偉大なる女王陛下のお孫さまなら納得」
「その割には言葉遣いがだんだん雑になってきてない?」
「公的な場なら取り繕うわ。でも神森女王国の王家相手にまともに対応したらこちらの胃が持たないのよ。でも安心して。きちんと敬いの心を持っているから」
「あ、うん。でも本気で俺の言葉を信じるんだ?」
「こんなバカげた能力を持っていて、その顔。疑う余地がないわ」
…そうですか。




