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009 シロネ 2

 



 その後は感情をセーブしつつ改めて自己紹介をしました。

 出来ることや特技を話す過程で何故奴隷になったかも話しました。


 セージ様達はとても痛ましそうな顔できいてくれました。たぶん特技とか聞いてくれてないっぽかったです。


 それはともかくとして、セージ様の回復魔法はこの世界では大聖女や聖王国の枢機卿クラスが使えるとされているとても貴重で稀有なものはず。


 それをこんな道端で軽く奴隷に行使するのは何か理由があるのでしょうか。

 我々を奴隷とした理由を生活補助だとマモル様は言いましたが、どんな過酷な生活を補助するのでしょうか。




 宿に向かうために移動を始めました。


 身に纏ったローブのフードの隙間から見える街並みは、どこもかしこも整い美しいです。


 しかし自由に街を歩けているのは人族ばかり。

 獣人や亜人も多くいますが、誰もが隷属の首輪を付けられている状態です。


 この大陸、とくにこの国の人族は奴隷紋の他、隷属の首輪を好んで自分の奴隷に付けます。

 あれを付けていれば奴隷紋を刻まれた状態でも隷属の呪いがかけられた状態になります。

 どんな扱いをしていようと死にませんから。


 見ているだけで吐き気がしてきます。

 見ていることしか出来ない自分に吐き気がするのかもしれないですけど。


 この国で獣人や亜人は圧倒的弱者です。

 地力は人族より良いはずなのですが、その分人族は強力なスキルを持っていることが多いです。

 それに狡猾さも他の種族と比べ物になりません。


 仲間である時はとても頼りになるのですが、この国のように人族以外を見下す人ばかりだとどうにもなりません。


 この大陸だけでなく、他の大陸でもポツポツと人族至上主義国家はいくつかありますが、大陸全体というのは本当に逃げ場がありません。






 ハルト様とマモル様と当たり障りない会話が続きます。

 その間セージ様は、自分は関係なさげにただついて歩いています。

 とても自然な感じです。

 奴隷に慣れているのでしょうか?

 奴隷をなんとも思わないのでしょうか?


 それにしても奴隷に対する態度が緩すぎるのですが、それもよくわかりません。


 お三方とも質素な服を着てはいますが、上質な布が使われているのは確かです。

 この国の貴族がよく好んで身につけている羊鳥の毛を紡いで作られる布です。


 という事はこの国の貴族なのでしょうか。

 雰囲気からはとても想像も付きません。


 なんだか落ち込んでしまいます。

 もしかしたらワタシの家族同然の旅芸人一座を殺した貴族とも繋がりがあるのでしょうか。


 会話は主に種族について聞かれました。

 ホントに当たり障りなさすぎる内容です。


 ワタシたちの今の服装の事もそうですが、兎人族や狐人族の毛色の違いだとか、鬼人族の肌の色の違いだとか。


 ワタシたち獣人の「けもど」というのをやたら聞いてきたり、どういうものを好んで食べるとかです。

 けもど、という言葉にいまいちピンときてないワタシたちにも詳しく説明してくれました。

 どうやら獣人の外見の違いが気になるようでした。


 ワタシたちの見た目はより人族に近いですが、その辺りを歩く獣人の奴隷の中には、人のように歩く獣に近い獣人がいるのに驚いているようです。


 ワタシたち獣人は、ワタシたちのような人族に近い見た目の獣人をヒューム、より原種に近い強靭な肉体と能力、毛皮を持つ獣人をワイルダと呼び方を分けています。

 どちらがどうというわけではありませんが、誰かを話題にする時に便利なので呼び方を変えている程度です。


 あとはシュラマルの肌は赤いですが、青とか黄色とかもいるのかとかも聞いていました。

 シュラマルは「います」と端的に答えるのみでしたが、そんな愛想のかけらもない返事でもハルト様とマモル様は喜んでいました。


 ワタシの主のセージ様は…街並みをぼんやり眺めながら歩いていますね。

 普段は貴族街に住んでいるので下町が珍しいのでしょうか?

 と言ってもこの下町の作りは他の国では貴族街みたいに小奇麗なのですが。



 途中ハルト様が、ワタシたちが素足で歩いている事に気付き、セージ様が履物をくれました。

 留め紐のない履物だったのでシュラマルの足の色が目立ちます。

 セージ様がさらに布や紐など出してくれたので、衣装作りで裁縫の覚えもスキルもあるワタシが民族衣装風の履物にでっち上げました。

 シュラマルには目立つ肌色を隠すために「ぐんて」や「あーむかばー」と呼ばれる手袋も与えられました。


 ワタシたちはこれで満足していたのですが、ハルト様は「もう少し我慢してな。どっかでちゃんとした靴や手袋買うからさ」と言って下さいました。




 宿に着きました。

 ハルト様は私達を奴隷とは言わずに、知り合いだと言って宿を取ります。

 ここに来る間に宿代として銀貨を数枚ずつ渡されたので、それで泊まります。


 人とのやり取りは、身体的特徴が少ないマーニかワタシがします。

 シュラマルは赤いので今はなにも出来ません。


 奴隷として扱った方が隠す必要は無いと思うのですが、そうすると宿に入れない可能性があるのでダメだとマモル様は言います。

 確かにこの大陸では奴隷禁止の宿屋は多いです。


 部屋を取った後は一度取った部屋に行き、部屋に入る前に渡された服に着替えてからセージ様達の部屋に行くように言われました。

 そこで改めて話し合いだそうです。


 ワタシたちはそれぞれ無言でモソモソと着替えます。

 服も下着も全部新品の男物です。

 セージ様達が着ているような服です。

 庶民でも着ることができない感じの服もそうですが、下着も男ものでしたが高級感があるものです。


 ワタシとマーニは裾を調整したりすれば丁度いい感じでしたが、シュラマルはキツそうです。

 それでもボロボロでほとんど裸に近い布切れを纏うよりはマシでしょう。

 何よりローブでほとんど隠れますし、ハルト様の話を信じるのであれば、後で体にあった服や靴を与えてくれるらしいです。


 この高級な生地を使った服で「間に合わせ」と言うのがまたなんとも不安を誘います。


 着替えたらまた話をするためにセージ様達の部屋へと向かいます。

 するとすぐに話し合いが始まります。


 部屋の中で座っていたセージ様は、何故か歩いている時以上に神々しさが増していましたが、ハルト様が声をかけるとさらに増しました。

 目を合わせては無礼、話しかけるのはもっと無礼になるような、そんな感じがします。今すぐ跪きたくなる衝動が走り、緊張感が高まります。


 そんな中、ふんわりした雰囲気でマモル様がワタシたちを買った経緯を端的に話してくれました。


 とても軽い感じ、軽い値段でワタシたちが取引されたというのはとてもショックでしたが、それはあの貴族のどこまでもひどい仕打ちというもの。

 あんな状態にしたのも、ワタシたちの命をあんな値段にしたのもヤツらです。


 そんな中、たとえ軽い取引で気軽い気持ちであったとしても、ワタシたちを買い、その上あんな大魔法をワタシたちにかけたのは正気を疑います。

 たとえ実験だったとしても偉大すぎる大いなる魔法を捨て値の奴隷にかけたのですから。


 それを聞いてマーニが勇んで礼を述べます。

 ハルト様は苦笑い、マモル様は生温かい笑顔、セージ様は…引いてますね。


 この兎、学習しないのでしょうか?


 ワタシの主であるセージ様に、不快な思いをさせないでほしいです。

 もっと大人しく、丁寧に伝えることだって出来る筈でしょう。


 それにまだ主様達はワタシたちをこれからどう扱うのかも聞いていません。

 すぐに処分され、お別れという可能性だってあるのですから。


 ……


 案の定、やんわりとですがマモル様から御叱りをいただきました。

 兎のせいです。

 奴隷なのですからもっと言動に注意してほしいです。

 あなたのせいで捨てられたらどうするんですか?!


 けどハッキリした事は、セージ様たちが本当に言葉の通り生活の補助をワタシ達に求めているという事です。


 そんな事を推測していたら、すぐにご本人から説明がありました。


 世間知らずの…異世界人だと。


 貴族を疑ったらもっとすごいの出ました…!


 他の人は知りませんが、ワタシは演劇でよく偉人達の劇をします。

 その中で必ずと言っていいほど異世界人が出てきます。


 不思議な知識と知恵、それに力を持って人々を導く存在です。

 この国ではどんな扱いをされているかは分からないですが、他の大陸では、異世界は神の国とされています。


 神々は基本傍若無人です。

 この世界に落ちた事によってほとんどの力を失うとされています。


 自分達を神と称する御方も少なからずいましたが、史実に残る多くの異世界人はそれを否定されました。


 それでもその知識量はすごいものだったと言います。

 それに地域によってはその偉大な力を失わずに顕現させたという逸話も聞きます。


 大半が力を失ってなお傍若無人振りを発揮し、厄介な存在であったようですが、それでもその知識の恩恵は物凄かったようです。

 なのでぞんざいに扱うことも出来なかったと伝え聞きました。


 つまりは異世界人というのは、積極的には関われない存在です。


 人族と変わりない見た目をしているので、人族至上主義国家は、人族は神に近い存在だと言い張って権力を振りかざそうとしてきますし。

 ここ百年、異世界人は現れていませんでしたが、こう3人も目の前にいますと、不安になります。


 異世界の…いえ、神々は恩恵を与えてくれますが、それだけではないのを知っています。

 この世界の人には到底防ぐことが出来ないあらゆる厄災を放ちます。


 こちらの言動一つでどうなるかわかりません。

 だったら関わらない方が安全だとされています。

 そういうのは偉い人が頑張ればいいのです。


 数百年前の悲劇は繰り返してはいけません。

 当たらず触らずが一番だと語り継がれているのですが…。


 その当たらず触らずの元凶の方々の奴隷になった時点でそれは無理ですね。


 マモル様にもワタシたちが知る限りの異世界人の話を隠すことなく話します。

 奴隷なのでウソや隠しごとが出来ないというのが厄介です。

 悪意を持ったウソや隠しごとをするわけではないのですが、これを語る事によってセージ様達を不安にさせたくないです。


 セージ様、この話を聞いても大丈夫でしょうか。


 あ、マーニの話を聞いてどこか遠くを眺めています。

 自分たちの評価があまり気にならないのでしょうか。

 気にしているのはハルト様とマモル様だけでしょうか?


 ワタシとシュラマルの話を聞いても目をそっと閉じるのみです。

 何かを思案しているのか、それとも全く興味がないのか。


 ワタシはさらに知り得た情報、自分の疑問もついでに乗せて話します。マモル様やハルト様からも、更なるお話が聞けました。


 するとなんとも呆れるこの国のやり口を聞かされました。


 この国はいっきに数人の異世界人である聖女様方を召喚しすぎて手と金が回らず、自分たちにとって必要ない異世界人…セージ様達を城から追い出した?


 この国…もしかしてこの大陸の人にとって異世界人はそうでもない立場なのでしょうか?


 大昔の異世界人の言った「自分たちは神ではない」という言葉を真に受けているのでしょうか?

 それで今までうまく行っていたのだとしたら…近々物凄い厄災に見舞われるのではないでしょうか。


 他大陸では異世界人は神ならざる神として知られています。たとえ本人がそれを否定していたとしても。


 神々は只人である我々がコントロールできる存在ではないのですから。


 それにしても聖女召喚ですか。

 この大陸では聖女の話をよく聞きましたね。

 神聖化している様な印象も受けましたし、実際聖女を崇めていた気がします。


 聖女は神聖化するのにそれ以外は不必要として捨てる。

 変な話です。


 それに聖女の力で作物や森の恵みが豊作と聞きました。

 まさか異世界から聖女を召喚してまでそれをしているんじゃ…?


 だとしたら召喚されたと称して聖女を取られた世界の神がこの世界に報復に来る可能性もあるわけですが、それは考えてないのでしょうか?

 傲慢とも言える浅はかさにも程があるような…。


 それに聖女ではないのにそれに勝るとも劣らない大魔法を使うセージ様を見ていると思うのですが、異世界の聖女様方はそれ以上なのでしょうか?

 それともセージ様は聖人様でしょうか?

 いえ、でもそれだったら今も聖女様方とともにあるはずです。


 ハルト様はまだ分かりませんが、マモル様の魔法も凄かったですよ?

【隠蔽魔法】も凄かったです。

 堂々と移動しているのに誰にも見つからないとか普通の【隠蔽魔法】じゃあり得ないですよね?


 それにこの部屋に張り巡らされているのは防音の結界?でも外の音は聞こえます…て事は物凄い技術の防音結界じゃないですか?!

 内側の音は外に漏れないけど、外の音は聞こえるんです。これを先ほどの【隠蔽魔法】と組み合わせたらとんでもない事になりませんか?!


 昔の人はこれでも異世界人は力ない人が多いと言うのでしょうか?


 どう見てもかなり力があるように思えます。


 それともこの国の人達がすごいのでしょうか?

 セージ様やマモル様の魔法を捨て置けるくらい魔法に長けた国なのでしょうか?


 ほとんど実態の見えない大陸の中の大国なので、情報が定かではないのがもどかしいです。


 それにしてもなるほど、異世界人なのでこんなに奴隷に寛容なんですね。

 寛容どころか物凄く意見を求められます。


 物語で聞く異世界人とは本当に全然違うように思えます。

 同じ人として見てくれていると言うか。

 奴隷じゃなかったときでも目上の人にこんな丁寧な扱いはされたことが無いですね。

 話し方もとても丁寧で分かりやすいです。



 これからどこで生活をすべきかという話になり、シュラマルがこの大陸から出るべきだと進言します。

 もともとの主様方のお仲間である聖女様方と離れさせてしまうと思うと忍びないのですが、セージ様方を軽く見るような国でセージ様方が安全に過ごせるとはとても思えません。

 現に何か問題を起こしたら消すと言われたらしいです。


 なるべく冷静を保ちつつ、ワタシはシュラマルの代わりに言葉を繋げます。

 丁寧に実体験を基に話しました。


 ワタシの説明をじっくりと聞いたハルト様とマモル様。

 セージ様は心配気な顔で聞いてくれました。


 マモル様はワタシの話だけでなく、マーニとシュラマルからも話を聞きます。

 旅芸人の話だけではその土地に根付いた話や他の職業目線での話はわかりませんからね。


 マーニは冷静さに気をつけながら話します。

 シュラマルは聞かれた事以外答えません。


 わかってきました。

 マーニは周囲に流されやすいのでしょう。

 ワタシとシュラマルが冷静に話しているのを見て同じように振舞っている感じです。

 人の顔色をみて行動するタイプでしょうか。


 シュラマルは周囲に惑わされることなく必要最低限の言動をするようです。そして自分の主であるマモル様をよく観察している風にも見えます。

 敵意はないように見えますが、積極的に関わろうとは思ってない感じですね。




 マモル様たちはワタシたちの話を参考に、他大陸へ行くことに決めたようです。

 ほぼマモル様の独断です。

 少しの間ハルト様と意見を交わします。

 セージ様は会話には参加していますが特に反対意見は無いようです。

 ハルト様とマモル様に丸投げしてる感も否めなくもないですが。


 あと、お三方の話し方からするとセージ様は男の子っぽいですね。


 分かったからと言って今から話し方や仕草を変えるわけにはいきません。

 それにセージ様に対しては女感を出さず、よく言う事を聞き、察する事の出来る、付かず離れずな関係性の方が良さそうです。



 さらに話を重ね、北の大陸へ行くことが決まりました。

 微妙にこの大陸の富裕層もいるような場所ですが、むしろそのほうが都合がいいとマモル様は言います。


 他の土地へ娯楽で行くなら口も軽くなり、自分たちの大陸の情報を漏らすのでは。

 と言うのですが、そんなにうまく行くでしょうか。


 それからこれは朗報です。

 ワタシはセージ様のおそばにずっと居れるらしいです。

 マーニもシュラマルも、平時はハルト様、マモル様の身の回りのお世話ですが、緊急時はセージ様をお守りする…という形を取るらしいです。

 対外的には護衛兼お世話係という体面を保つというなんともまどろっこしい事をするようです。

 実際はホントに常識を教えることだけでいいそうで、万が一緊急事態になったら逃げても良いとか物凄い事言ってます。


 これがこの世界の普通の人間なら信じられません。

 そういいつつ、いざ緊急事態になれば奴隷紋の設定を厳しくして肉盾にするだろうと予想が付くのですが、この方々は本心で逃げていいと言っているのがわかります。

 なんなら邪魔だから逃げろと言わんばかりです。


 逃げないのならセージ様のおそばにいれば安全だと言いますが、どういうことでしょうか?

 セージ様は攻撃手段がない、と言っていましたが、それで何故安全なのでしょう?


 聞きたいことが多すぎます!

 でも心のままに聞いたらドン引きされるでしょうし、冷静に聞いてみたとしてもワタシで理解が及ぶかどうかです。

 奴隷にあの透明な水や不思議で上質なパンを出すような方々ですから。


 しっかり常識をお教えして少しずつ聞いていくしかなさそうです。




 お話を聞いている途中でここまで既に異常な事をしていたことが判明しました。


 マモル様は召喚されてからここまで、宿をとって奴隷を引き換え券で引き換えただけだと言ってましたが、もう違いますよね?


 ワタシたちを引きかえてから、ほぼ肉塊だったワタシたちを普通の人にまで治してしまいました。

 奴隷商が肉塊を隠すために無理に着せたローブも元はボロボロの汚らしいものだったらしいのですが、たかが【クリーン】の魔法で新品みたいなローブに変えてしまっていました。

 幸い、ワタシたちの体もローブも治した現場は【隠蔽魔法】によって隠されていたらしいですが。


 …しっかり常識をお教えしなくては…。




 北の大陸へ行くことが決まり、そこまでを商隊に同行させてもらう、とまで話し合いが進みました。


 普通であれば冒険者でもない者を商隊の商人が同行させてくれるとは思いませんが、この方々の身形(みなり)を見て断る商人はいないので大丈夫でしょう。

 服の素材さえわかってしまえばどう見てもお忍びの貴族の子弟ですから。言葉遣いもその通りですし。


 本人方はすぐに商隊の商人を捕まえられるか不安がって、なんとか商人に同行させてもらえるよう特技をアピールする予定っぽいですが、そんなに心配なさらなくても、声を掛けられた商人はすぐに了承するはずなので大丈夫ですよ。




 夕食の時間になりました。

 主と一緒にテーブルにつきます。

 マモル様からは従者としてついてほしいと言われましたが、「これは従者とも言えないです」というと、「じゃぁパーティー内の後輩的立ち位置で」と言われました。


 どんどん上下関係が適当になっています。


 初めて奴隷というものになりましたが、奴隷ってこんな感じのものではなかったはずです。従者もそうですけど。



 食堂で出された食事の匂いを嗅ぐ限り、ここでの食事はツライものとなりそうです。

 初めてこの大陸に来た時はそうでもなかったのですが、大陸の中央に行けばいくほどまずくなるこの大陸の料理。


 中央の中でも中央になるこの町の料理は匂いだけでもキツイです。

 肉類はほぼ血抜きはされていません。

 食べ物を無駄にしないという言葉をねじ曲げ、聖女が癒したもうた大地からの聖なる恵みで育った獣だから血を抜いて食べるのは失礼。というわけのわからない理由でこの国の人達は食肉の為に獲った獣の血抜きしないという。

 他の大陸ではまず考えられません。


 でもこの国の貴族は普通に血抜きされた肉を食べているようですが。


 貴族の家に捕らえられ、いたぶられている時に嗅いだ肉の匂いとは違う匂いがするので。

 この国の中枢は、自分達の民をもバカにしているとしか思えません。



 同じテーブルについたからには主人より先に食べるのは失礼かと、手をつけずに待ちます。


 ハルト様がスープを食べて撃沈しました。

 我々と同じ味覚をしているようで少し安心します。


 同時にこれは危険だとも思いました。

 ハルト様方は嗅覚は人族と変わらない上にこの世界の料理の知識もないはず。

 これは奴隷だからという理由で主に遠慮していたらとんでもない恥や苦しみを味わわせてしまう可能性も出てきました。


 毒見と言うか味見役としてワタシたちが率先して食べ、感想を言った方がいいのでは?

 マーニとシュラマルに目配せをし、味見役をする事にしました。


 奴隷だとか従者だとか言ってられない感じがします。

 こちらが遠慮していたら主様方が痛い思いや恥ずかしい思いをする可能性が高いです。

 他人からは奇妙な関係に見えるかもしれませんが、他国の貴族の系譜か豪商の坊っちゃん方の毒見役と言えばなんとかなりそうです。



 ハルト様は一通り一口ずつ食べてそれ以上は無理だと言いました。

 それを見てマモル様とセージ様は一切手を付けません。


 セージ様は早々に見切りをつけて自分の分を透明で四角く、美しい形の変わった素材の容器に入れて【アイテムボックス】に収納してしまいました。

 一応人目を忍んで収納していましたが、結構レアなスキルなのであまり人目に触れないようにお教えしなければなりませんね…。

 その前に我々もセージ様に便乗させてもらいました。

 この国の料理は本気でキツイです。


 その後はセージ様が【アイテムボックス】から出してくれた、セージ様方が「パン」というものに似た菓子のようなパンと、あの透明な水が入っていた不思議なビンに入ったとても甘い果汁やお茶で食事をしました。


 そのあまりのおいしさに夢中で食べた後になってから気付いたのですが、あれも人目に見られたら大変なことになっていたと思います。

 あの食べ物も飲み物も。


 おいしく不思議な食事にお腹いっぱいでふわふわした心地のまま、また部屋に移動しました。


 そして何故かワタシ、マジックバッグを預かることになってしまいました。

 マジックバッグ、とても貴重な物です。

 容量が少ないものでも金貨が飛びます。


 マモル様から話を聞けば、このマジックバッグの容量はなかなかのものでした。

 金貨何十枚、何百枚するのか見当もつきません。


 絶対失くさないようにしなければ…とか思ったんですが、マモル様とハルト様がどこか適当なところで売り払って別のバッグを買うとかいう恐ろしい話をしています。


 しかもお三方とも同じ容量のマジックバッグらしいのですが、中身も全部売り払おうとか言ってるのは怖いです。


 中に入っているものも微妙に値が張るモノが入っています。貴族が持つモノとしてみればショボいですが、平民で駆け出しの冒険者が持つモノだとしたら破格の武器や防具です。


 それとここで改めて【アイテムボックス】の事を教えられました。

 セージ様だけじゃありませんでした。お三方ともお持ちでした。


 こんな逸材をこの国のトップは切り捨てたんですか。


【アイテムボックス】の事もいちおう注意を促し、マジックバッグを奴隷や従者に預けるものではないということもきちんと伝えたのですが、あまり分かってもらえてないようでした。

 マジックバッグを普通の鞄と同列に見ている節があります。毎日少しずつでも説明していかなければです。


 その後も武器防具の分配や食料なども各自渡され使うように言われました。

 ハルト様がそれだけでは心許ないと言い、菓子まで渡された時は、(あぁ、異世界人ってこういうことなのか。)と思わずにはいられませんでした。


 常識が違いすぎてその場では何も言えなくなってしまいました。

 自分の無力さを痛感しました。


 そのあとは寝ていいと言われたので、ワタシたちはセージ様方の隣の部屋に移りました。

 ベッドで寝るのは久々です。


 今晩寝るにあたっての護衛もしなくていい、寝ずの番もしなくていい。本当にこのまま寝てしまっていいらしいです。


 それでもマーニは主達が危険に陥らないかの不安を訴えましたが、「セージが部屋丸ごと結界張るから問題ない」と一蹴され終わりました。

 それって寝ないで結界を張るのでしょうか?

 でも話しぶりからすると寝てても結界くらい維持できるようでした。


 あまりの事がありすぎた一日でした。

 悪い事はほとんどない、たくさんの事です。

 奴隷として始まった一日でしたが、奴隷らしい事は一切していない一日でした。


 ただ話を聞かれて、聞いて、お腹一杯食事をして、これから眠る。


 明日からはどうなるかわかりませんが、ワタシは精一杯セージ様にとって有能な人物になろう…というかなりきろうと思います。


 ワタシは役者でした。

 だからきっと、なりきれます。


 明るく、かといってうるさくなく、気が利き、過保護になりすぎることなくお世話し、セージ様が気にならない距離感を保ちます。そしてその都度セージ様をお世話する上で必要なスキルを身に付けます。


 セージ様に捨てられてしまわないよう、ワタシは新しいシロネになるのです!



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