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086 ここより先は

 


 このまま船にいるのも危険だという判断で、どんな島であれ上陸する事になった。


 商人も船乗りたちもこの島がどんな島なのかは知っているようだった。


 しかし、何かあった時の為の護衛。

 船にももちろんそういった職業の人が何人かいた。


 彼らのちょっとした調査のもと、海の魔物を相手にするよりは、この島の北側の森にいる魔物や動物に注意を払った方が数倍マシという判断で、上陸を決めたらしい。


 そして島にはちょっとした小川もあった。

 それが森側にあった。


 みんなでぞろぞろと森に集まり、そこで謎の宣言がなされる。


「ここより先は北大陸出身の者が占有する。西や他の大陸の者はそちらの不毛の地への滞在を許可しよう」


 ここに来て例の面倒な貴族と言われていた男が言った。

 ぽっちゃり系のふてぶてしさを湛えた顔の男だった。


 そして商人がリストの様な木の板を持ちだして名を読みあげる。


「以上が、北大陸出身者です。その他の方は残念ですが、我々でも面倒をみることは出来かねます。助けが早く来ることを祈るしかありません」


 なんと、北大陸出身じゃないのは俺達とおっさん達のみだった。


 ばーちゃん達とおっさん達はゴミを見るような目で船を所有する商人と、その商人と懇意にしているという、面倒と言われている貴族を見ている。


「そうですか。それは本当に残念ですね」


 別段、残念そうにも思ってない口調でばーちゃんが言う。


「船賃はどうなる? 結構な高い金を払ったんだが、ここまでの料金分くらいは差し引いて返してもらえるんだろうな?」


 おっさんも一応聞いてみる。


「不慮の事故ですので、返金は出来かねます」


「しかしなぜあなた達が島の占有権を主張するのでしょう?おかしな話ですね」


 シェヘルレーゼが素朴な疑問を投げかける。


「ふん。決まっておろう。ワシがこの場で一番位が高い侯爵家の者だからだ。大帝国のな。そして人族である。温情でそちらの地にい座ることを許可してやると言っているのだ。なにか文句でもあるのか? 妖精族どもめ。獣人もいるようだが」


 おぉ……リアルで自分の事をワシとか言う人初めて見た……。


 40代くらいに見えるけど、ワシとか言うんだ。

 へー。なんか感動。


 ん? 妖精ども?

 ピクシー=ジョーの事?


 と言っても彼はステルススキルで普段は他人に認識出来ないようになっているんだけど、気付いたのかな?


「人間だとか妖精だとか、いまだいちいちそんな事にこだわる人がいるなんて。帝国も高が知れますわね」


「恩恵を受けるだけ受けて、危機に瀕した状況で互いに協力するどころか、切り捨てるとは、愚かしいな」


 ばーちゃんとおっさんがそれぞれ嘆くように、憐れむように貴族に言う。


「では、これよりあなた方は我々と一切かかわらない。ということでしょうか」


 しかしシェヘルレーゼは、会話でどうこうするとは考えていないようで、事実確認をしている。


「そうですね。端的に言えばそうです。ここは出身大陸ごとに分かれて後は助けが来るまで関わらないようにした方が、お互い問題なく過ごせると思うのです。こんな風に、人族とそうじゃない者とでは相容れないですし」


 なるほど。

 貴族もこの商人も人族至上主義者だったか。


 だったらあの気持ち悪い表情もをしていたことにも納得だ。


 ん? でもやっぱりあの時も別にピクシー=ジョーは姿を現していなかったと思うけど。

 シロネか?


 でもシロネじゃなくてばーちゃん達を見ていたわけだし。


 もしかしてばーちゃんて種族違かったり?

 まさかね。


「相容れないのはそちらの勝手ですのでなんともいえませんが、わかりました。こちらもそちらに干渉いたしません。助けが来るまでは森側とこちらの岩側で互いに生活するということで」


「そうですね。ああ、あなたが人間だと証明できるのならこちらで生活する事も出来ますが?」


「いえ、人間ではないので問題ありません」


「そうですか? 子供たちだけでもこちらで面倒を見てもよろしいですよ。もちろんお金や食料はその分いただきますけど」


「それも結構です。主のお世話はわたくし達の領分ですので」


「ふん。あとで泣きついてもしらんぞ」


 あれ?実はちょっと心配してくれてたり……。

 は、ないか。



 その後はだんだん話がエスカレートし、罵りあいになった。

 主にシェヘルレーゼが。

 ばーちゃんとおっさんは途中からドン引きしてたけど。


 それに森側に行ったからと言っていい事ばかりではなさそうだ。

 船で同じ部屋で過ごしていた平民や冒険者は小間使いみたいな役割をさせられるっぽいし、食料も一度全部取り上げられてから分配とか言ってたけど、それも怪しい。


 貴族と商人とばーちゃん達が話し合っていた時に、でもこちらを助けるわけでもなく、自分たちが森側で過ごせるとわかって心底ほっとした様子で成り行きを見ていた人達なので、心配する必要もないか。


 あと、会話の流れてわかったことだが、ばーちゃんとおっさんが人族でないことが判明した。


 ばーちゃんはシルフ族という妖精で、おっさんはドワーフだった。


 え、妖精とドワーフって思ってたのと全然違うんだけど。


 どちらも普通の人間に見えるし。


 よく見たら耳が少し尖ってなくもない。

 それだって気付かないで終わりそうなくらいだ。


 でもばーちゃんは風の魔法が大得意で、おっさんは土魔法が大得意だと言っていた。

 なるほど。

 風の妖精と土の妖精っぽいな。


 でも種族を知ったからと言ってどうということはない。

 俺のばーちゃんには変わりないし。



 ばーちゃんとおっさんはシェヘルレーゼにドン引きしてるけど、まだ北大陸の貴族との罵り合いには参加している様子。


 俺はあんなのみても仕方ありませんよとアーシュレシカに言われて、ちょっと離れたところでお茶を飲んでいる。


 貴族の人はそれも面白くないらしく、何か言っていたが、シェヘルレーゼに何か言われている。


 お互い武力行使にならないのは一応他国だけど相手が貴族とわかるから。

 低俗な罵り合いにはなっているけども。


 こちらはもとより武力による制圧を考えてはいないようだ。

 あちらはこっちから早く手を出してほしそうにあの手この手でこちらをあおってきている風ではある。


 シェヘルレーゼは俺に気を使って人間に手出しはしない。

 そのかわり口出ししまくる事にシフトチェンジしているようだけど。


「アーシュレシカ、シェヘルレーゼを呼び戻してきて。もう面倒だし、相手しても仕方ないよ。あっちがあーいってるんだからそれでいいよ。とりあえず一切関わりを持たない事を約束させてきて。書面にしてね」


「承知しました」


 俺の傍で給仕していたアーシュレシカがタタっと走ってシェヘルレーゼに耳打ちすると、何故かシェヘルレーゼが勝ち誇ったような表情をした。

 それから腰鞄から羊皮紙とインクを出して、何やら書いている。


 シェヘルレーゼが腰鞄から羊皮紙などを出す様を見て、貴族と商人はニヤニヤしていた。

 そのうち奪ってやろうとでも思っているのだろう。


 シェヘルレーゼが同じ文章の物を2つ書いて、相手に内容を確認してもらい、それぞれがサインする。

 あちら側は貴族と商人が、こちら側は…ばーちゃんとおっさんと、何故か俺が。


「な、なん、ですと!? セージ様……! まさか半妖だったとは。いや、それより本物か!?」


 俺のサインを見て貴族と商人が混乱。

 てか俺を知っていたらしい。

 名前だけっぽいけど。


「それに西の王国の国主が2名……? いったいどうなっている!?」


「あの、知らなかったとはいえ、大変失礼しました。最初から言って下さっていれば……」


「いえ。そちらが思っている事を聞けて良かったですわ。そういう思いを抱いていただなんて。これは皇帝にお話しなければなりませんね。そうそう、今ちょうどその皇帝の久遠の騎士がいますのよ? ついでに録画の魔道具も手持ちにあったので、今までの様子を撮らせていただいてますのよ? お話が捗りそうだわ」


 そんな魔道具あるんだ。

 なんでそんな魔道具があってサスペンションがないんだろう。


「ふんっ、所詮は他国の者が騒いでいるだけにすぎん。陛下は我々のお味方をされるに違いない。さぁ、セージ様、こちらにおいでくださいませ。このような場面となってしまいましたが、出来る限りのおもてなしを致しますぞ」


 すごい手のひら返してきたな。

 というか、俺とばーちゃんの関係を知ったっぽいのに、何故俺だけを招こうとするのかが謎なんですけど。


「結構ですわ。そちらでもてなせることはこちらでそれ以上に出来ますので」


 シェヘルレーゼが張り合ってきた。


「何を言っておる! お相手がセージ様と分かればそれは無効であろう!」


「そちらこそ何を言っているのです? この書面にはきちんと“相手がどんな者であれ”と書かれていますでしょう?」


 ですよね。

 シェヘルレーゼが書いた取り決め事項だもんね。

 抜かりはないはずだ。


「もうお互い書面に納得してサイン済みです。あとから何を言おうとも、こちらはそちらの言い分を全て飲んだ形で納得してサインしてあるのです。これ以上はもう無用な接触はお互いの精神衛生上良くないでしょう。そうですよね、北大陸の大帝国? の貴族様」


 王族であるばーちゃんに貴族様と言われて、怒りの表情を浮かべる貴族様。

 いくら他国でも王族にそう言われれば何も言えない。


 割り印まで施してある文章をそれぞれ片方ずつ持ち、後はお互い不干渉を決める。


 北大陸出身者は島の北にある森側、西大陸出身者は島の南側にある岩側。


 そう、ゴロゴロした岩地だ。


 俺的には大変おいしい。


「この南側にあるダンジョンより、アンデッドが溢れてきているようで、この岩地を徘徊しています。何故か森側には行かないことから彼らは森側を占有する事を宣言し、人族至上主義者である彼らが妖精族と蔑む西大陸の者を岩側に追いやり、しばらくして弱り切ったところに奇襲をかけるか、魔物にやられたところで、我々の持ちものを奪う算段なのでしょう」


 ばーちゃんの護衛さんが説明してくれた。


「これから如何いたしましょう?」


 みんな不安そうにしている。

 ばーちゃんとおっさんは国のトップしてるだけあって不安そうな顔はみじんも窺わせてはいないが。


「とりあえず、ロッジを出せる場所を作りましょう」


 シェヘルレーゼが現場を張り切って仕切りだす。

 言うが早いか邪魔な岩は【アイテムボックス】に収納し、後は土魔法で岩を均して大きな広場を作った。

 それから【アイテムボックス】からロッジを出して終わり。


 ロッジは余裕で50人くらいは収容できる大きさだ。


 俺達は見なれているが、ばーちゃん達は驚いている。


「食料も数年は過ごせるくらいあるから心配ないよ。不安ならみんなそれぞれに日持ちする食料や水、煮炊きできる魔道具も渡すよ」


 とは一応俺も言っておく。


 この状況で万が一もあるので、皆が頷いた。


 それから皆でぞろぞろとロッジの中に入り、ペットボトルの開け方やビニールの開け方、取り扱い方、魔道具の使用方法などの講習を、アーシュレシカが皆にする。


 その間に俺はロッジ周辺、すこし余裕を持った範囲に【堅牢なる聖女の聖域】を掛ける。

 仕様としては、ここにいるメンバー以外は入れないように。


 俺達が死んだあとに魔法鞄を回収云々を聞いた後だと泥棒が怖いしね。


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