083 北大陸西部の港町
港町までの道中、微妙に注目を集めてしまった感は否めないが、無事に辿りつくことが出来た。
騎馬で移動することで、きちんとした野営地で野営する事ができたので、ばーちゃんの護衛の人たちは少しホッとしていた。
街道で野営するよりは野営地で野営する方が倍は安全なので。
シェヘルレーゼ達が久遠の騎士でも気は抜いていないようだ。
久遠の騎士だろうか何だろうか、俺の護衛であってばーちゃんの護衛ではない、という割り切り方をしているのが、外国の人っぽいなと思った。
外国どころか異世界だけども。
あと、トイレの事は何度も感謝された。
とくに女性陣。
旅の間は基本茂みで穴を掘って致す。
そして王族の王城だろうがトイレは壺か桶だ。
だがここにきて洋式トイレの温便座で洗浄機までついている頑丈な作りのトイレボックス。内側からは鍵まで掛けられちゃう。
一番無防備な姿を誰に見られる心配もない。
しかもトイレットペーパーという尻を拭く紙まであることに感動したらしい。
王族や一部の金持ちの貴族は布を使い捨てて拭いているらしいが、それ以外は葉っぱなどで拭いているらしいから……。
後はシャワーの時に使うシャンプーやコンディショナー、トリートメントにボディーソープでキャッキャしてたな……。
その後で化粧水や乳液、美容液とかも提供したらめちゃくちゃ喜んでいた。
ちなみにシロネにはシロネが女性とわかってからはそういった基礎化粧品的なものや女性が使うような物をシェヘルレーゼに頼んで渡してもらっている。
それ以降、シロネはナチュラルメイクをするようになっているし、衣類も全て女性物を身に着けるようになっている。
でも関係性は今までとほぼ変わらない。
程ほどな距離感を保っている。
騎馬で移動が確定した時、ピクシー=ジョーは先行して港町まで行き、偵察や情報収集やらをしてきてくれることを言ってさっさと行ってしまった。
俺達が港町につく手前の野営地で待ち合わせして、情報を教えてくれたので結構助かった。
港町は結構にぎわっていて、貴族に対応できる宿も多い。
しかしその中にめんどさそうな貴族が滞在しているらしく、要注意。
なるべくその貴族のいる宿は避けて宿を選んだほうが良さそうだと言う。
俺にとってはめちゃくちゃ良い情報だ。
それと冒険者ギルドは普通だが、こちらの商業ギルドはあまり信用できないので要注意。
さらにスリなども結構いるらしいのでそれも要注意。
人さらいなども出てきているので要注意。
ガラの悪い輩が横行し、治安が悪いので要注意。
ギャング団もいくつかあるみたいなので要注意。
などなど。
要注意な事が盛りだくさんだった。
「帝都に行く時に1日滞在したけど、そこまで酷いとはおもわなかったわね」
「貴族街に滞在しましたから、そこまで悪い物は見えなかったのでしょう。しかし今回は船を待つのに数日滞在する可能性もあります。運よく当日中か翌日までに西大陸へ向かう船があればよいのですが」
要注意事案を聞いてばーちゃんの護衛の人達はとてつもなく不安な様子。
俺も不安だ。
だからそこに行かない。
来た時と同じように、帰りも貴族街に滞在してやり過ごすしかないのだ。
そうして町にはついたのだが、結構荒くれ者が多いという印象。
そこかしこで小競り合いがあり、それだけではすまなそうな現場もあり、荒んだ町に見えるが、活気はあるようだ。
漁師町なようで、漁師もなかなかの強者らしく、やられたら倍にしてやり返しているみたいだ。
「なんでこんなに荒んでるの?」
呆れてそんなツッコミのような呟きが漏れてしまった。
「領主が急に亡くなり、そこで跡目争いが起きているさなかのようで、そこで長男派と次男派での抗争からはじまり、このような状況になった」
ピクシー=ジョーが答えてくれた。
「こういうところって長男が次の領主になるんじゃ…って、そうか、長男がアホなのか、次男がアホなんだ……」
俺、納得。
「ここの場合は次男がアホなようだ」
そして貴族街の宿屋で面倒な貴族も次男派らしい。
かといって長男派が良いかと言うとそうでもない。
これからまた多くの貴族がこの町を訪れるというのに、こんな荒んだ町にしていいのかよ。
どっちでもいいし、ケンカしてても良いから町の治安くらい安定させてほしい。
ばーちゃん達には結界を張ってあることはお伝えしてある。
俺の魔力量を心配していたが、「チートなんで」という言葉で納得してもらっている。
スリや物盗りに遭っても、未然に防ぐことが出来る事も言ってあるので、堂々と行動してくれと言ってある。
町の中へ入る前に一応馬車を出し、街には馬車で入った。
そのままピクシー=ジョーがおすすめする宿へ入った。
ランクは少し下がるが、貴族街の閑静な場所にあって、落ち着く感じがする宿だった。
店員もきちんとしているようで、貴族相手に慣れた様子なのもいい。
一番いい部屋を取って、安全のために全員で同じ部屋に泊まることにした。
良い部屋は部屋の中にいくつもの部屋があるので、全員で泊まれちゃうのさ。
それに貴族用の宿は必ず主人の泊まる部屋には従者用の小部屋が2つついているタイプの部屋が多いし。
俺達も全員で20人近くいるが、余裕そうだ。
それに俺側でベッドが必要なのは俺とシロネとティムトとシィナだけだし。テンちゃんは俺と一緒に寝るから問題ない。
久遠の騎士は睡眠を必要としないし、寝ずの番は得意中の得意だ。
よってとくに問題なく1部屋に全員で泊まることが出来た。
西大陸へ向かう船は明後日だそうだ。
ばーちゃんの護衛騎士の人が聞きに行ってくれた。
明日丸一日暇になる。
今日はもう夕方で、後は食事して寝るだけだし。
明後日は早朝船が出発する。
治安も悪いことだし、明日は部屋にこもることになる。
ティムトとシィナも、特に異存はないようだ。
子供たちの目から見てもこの町は微妙らしい。
そうして中一日を宿の部屋でジッとしていたおかげでとくに問題なく、出航の日を迎えた。
船は一応大型船。
定期船の商業船なので、荷物重視の船だ。
この町の大店所有の船らしく、料金もかなりふっ掛けられたらしい。
足元を見られたようだ。
それでも長く治安の悪いこの町にばーちゃんと俺を滞在させるわけにはいかないと判断した騎士の人が、がんばってくれたようだ。
「え? 馬車と馬は別?」
「ええ、その分荷物を置けるはずでしたし、重量だってあるでしょう? 時間もありませんし、料金を払って早く乗っていただくか、諦めるか早く決めていただけませんか?」
「いや、先日の話では馬車と馬の事はきちんと言っておいた。なのになぜ今日になってそのような事を言い始めるのだ?」
「そう言われましても、もともと予定になかったことですし、荷物は予定通り届いてしまったので、船に載せないわけは行かないもので、この荷物を諦めるとしたら、荷物の売り上げ予定金をお支払いいただいた上で馬車や馬の運賃もお支払いとなりますが? それに急いでおいでのようですし、これでもこちらは譲歩しているのです。こちらだってせっかくの荷物は諦めたくないですし。それともこちらで馬車と馬を買い上げることも出来ますが?」
淡々と述べる商人。
一応人が乗ることは問題ないようで、話が違うのは馬車と馬。
だったら
「いえ。それには及びません。人だけ乗せていただければ結構です」
「馬車と馬、諦めるんですか。だったらこちらで買いますよ」
しつこく食い下がる商人。
もしかしてこれが狙いで足元みてたのか?
物凄く感じ悪いな。
かといって早くこの町から離れる手段があるのに、この船に乗らないで残る選択肢はない。
次の船まで3週間は間が空くそうだし。
ばーちゃんももともと民間の船を使う予定でここまで来たので、どちらにしろどこかの船には厄介にならなければならない。
それにこの商人、ばーちゃんの国の事を知っているようだ。
王族とは気付かないまでも、貴族だとは思っているようで、話し方は比較的丁寧だが、「どうせお前らの国では船はないんだからこれに乗るしかないだろう?この町は治安も悪いし、早く出たいだろう」みたいな表情がみてとれる。
ばーちゃんの国、内陸にあるって聞くし。
俺の考え過ぎか?
「問題ありません」
そう言ってシェヘルレーゼがスキルの【ワンルーム】を開いてそこに全部入れた。
「なっ!?」
「まだ中に余裕ありますし、割増料金をいただきますが、そちらの入りきらない荷物を入れて差し上げてもよろしいですわよ?」
上品に微笑んでシェヘルレーゼがそう言うと、商人の人は悔しそうな顔で、俺達を船に乗せた。
荷物を頼まれなかったけど、届いた分の荷物はどうするのかな?
まぁ、アレも足元を見るためのウソっぽいけどさ。
「すみませんね、なにぶん商船なもので、他国の貴族様だろうと、大部屋に雑魚寝になります」
大部屋に通された。
そこには既に何名かがいて、部屋には仕切り線みたいなのが引かれている。
その枠を人数分買うシステムのようだった。
1枠で一畳半ぐらいはあるから少しは余裕を持って寝れそうだ。
と思っていたら周囲は違うようだった。
「商船と言ってもピン切りなのね」
「床に寝ろと?」
「いえ、他のお客様は枠内に野営道具を広げて過ごすようですよ。
無い方はそのまま寝ることにはなるようですが」
ぼそりと呟いたばーちゃんの従者の人達の声を拾って、またあの商人が言った。
まだいたんだ……。
「ちなみにわかってはおいでだとは思いますが、船ですので煮炊きはせぬようお願いしますよ。火事は恐ろしいですからね」
そう言ってからようやく離れていった商人。
船の準備か荷物を見に行ったのかはわからないが、どこかへ行った。
大きくぽかりと空いている場所が俺達が借りた場所だった。
とくに壁際というわけでもないので、安心感には欠ける。
他の乗客達も、荷物をガサゴソして、毛布を出して敷いてみたりしているけど、野営のテントみたいな物を張っている様子もない。
「杭も打てないのにどうやって天幕を張るんだ…」
「船なので揺れでズレてしまうでしょうし」
「やはり雑魚寝か……」
うんざりした顔をする面々。
周囲の客も似たような経緯があるのか、同情的だ。
「お? お貴族様御一行でもこんな部屋にブチ込まれたのか? ああ、もしかして西の内陸出身か? 足元見られたもんだなぁ」
貴族とわかっても豪快に声を掛けてくる隣の枠の人。
高身長でガッチリマッチョなモサモサひげ面のおっさんだ。
ぽっちゃりして真っ白な髪とヒゲで赤い服着てたら有名なあの人とそっくりなのに、体系とヒゲの色と、着ている物がちがった。
おっさんは革の軽装備。
年季の入った万年中堅冒険者のような出で立ちだった。
そしておっさんの仲間と思しき他2名。
同じような人達だ。
似た者同士でパーティー組んでる冒険者ッぽい。
「おっさんもあしもとみられたのか?」
「おっさんも西の人?」
ティムトとシィナが面白そうなおっさんを見つけたと言わんばかりに会話に食いついた。
なんか見た目は厳つくてこわそうだが、雰囲気は人慣れしてる世話焼きなおっさんっぽいからな。
それに同じ冒険者として、子供たちはああいう渋い感じのに憧れているようだった。
ピクシー=ジョーにすら憧れを抱いているからな。
彼よりも大きな体躯のおっさんらにはさらに憧れを持つだろう。
おっさんとの会話は子供たちに任せてしまう。
ばーちゃん達はこの場所をどうやって使うか相談していた。
アーシュレシカは黙々と採寸。
シェヘルレーゼはイライラしながら何か考えている風だった。
「採寸終わりました。コットンテントを出しても問題ないスペースと判断いたします」
そう言って早速アーシュレシカはコットンテントのみを【アイテムボックス】から出した。
いつものコットンテントとは違うようだ。
「空間拡張を施してあるテントですので、全員入れます。テントの固定はセージ様にお願いしてもよろしいでしょうか」
とても申し訳なさそうに言われた。
いやいや、こちらこそソコまで準備してくれてありがとうございます!?
テントの中は外観以上に物凄く広くて、中央はリビングとキッチンがあり、それをぐるりと囲むように部屋がある。
そのうえトイレが2つと大浴場まで完備されている。
「うん。結界で固定するくらいわけないよ」
【堅牢なる聖女の聖域】を据え置きタイプにしてテントを囲ってしまえばいい。
テントの出入り口だけいつもの【堅牢なる聖女の聖域】にして、出入り出来るようにすればいいんだから。




