079 とりあえず、逃げる。
ばーちゃんに会えて、父さんにも会えたし、父さんの再婚相手にも会えた。
母さんの事を思うと複雑な心境ではあるが、それは別としても会えて元気なことがわかった。
そして異世界来たけど親戚がいることがわかったし、どうしても困ったらその親戚を頼ろうと思う。
「なー、にーちゃん。さっきの怖い人達、にーちゃんの家族なのか?」
「たぶんね」
「たぶんて、家族だろ?」
「ティムト達から見てそう思うならきっとそうだ」
「うげぇ。スカした事言ってるー」
「にーちゃんめんどくさい系?」
同情的な顔で俺を見る子供達。
「なんだ、今頃気づいたのか?」
「うん。無気力系かと思ってた」
「何にも興味ないのかと思ってた」
子供たちが酷く核心的な事を言ってきた。
流石悟り系キッズ。
外は夜を前にしてもとても賑やかだった。
普段の帝都の夜も、他の町に比べたら賑やかだが、誕生祭ということもあってことさら騒がしい。
昼と夜に出される振舞い串焼き肉に、エールにワイン。
それもあって陽気に騒いでいる人も多い。
ティムトとシィナ、孤児院の子供たちの屋台は大体昼過ぎには準備したものが無くなってしまう、売り切れ御免の商売をしているようなので働き過ぎることはなさそうだった。
保護者としてついている配下久遠の騎士達がいい感じに数を調整しているようだった。
商売が終われば子供達も売上金から少しの小遣いを持って祭を楽しむ。
明日の仕入れや人件費、貯金に回す分などを考えてお金をやり繰りしているようだ。
そして夕食後に翌日の仕込みなどをして、特に夜更かしすることなくきちんと寝るらしい。
祭の期間中の勉強は無しで、自由活動をしているみたいだ。
屋台をしてない子も、屋台で使う肉の解体をして裏方に回っている子や、他の子が忙しくて自分の身の回りの掃除や洗濯を、給金を貰って代行している子、お金は稼げないけど、のんびり本を読んだり、自習をしている子など様々だ。
俺が夕食時に孤児院に顔を出すと、歓迎されてしまった。
で、皆と一緒に夕食を食べた。
朝夕はいつもビュッフェ形式で、好きなものを好きな分だけ取って食べる。
ビュッフェで残った分は【マジックバッグシード】で時間停止機能の付いた収納ボックス化した大きな戸棚に入れ、10日ごとに残り物の日を定め、10日に一度、その戸棚に入った残り物を食べる日を作って無駄なく食べていると前に報告を受けている。
そして今日はたまたま残り物の日だったようで、1品あたりの量は少ないが品数が多い。
なので子供たちの中には残り物の日が楽しみな子もいるようだった。
子供たちは基本好き嫌いはないし、皿に盛った分はしっかり食べる。食べ残しというのはほとんどない。
教師役の配下久遠の騎士や、俺と牢屋で一緒だった職員達にも教えられ、子供達の食べ方も綺麗だったし表情も明るい。
みんな笑顔なのを見ると、適当に作っちゃった孤児院だったけど、作って良かったのかもしれないなと思った。
ということで、本日は孤児院にて寝泊りをした。
明けて朝。
「今日も良い天気だな」
朝から元気の良すぎる子供たちの声で早朝に目覚め、子供たちに混じって朝の支度をし、朝食を食べた。
その後、子供たちは屋台の準備に行ったので、俺は孤児院兼治癒院の庭で食後のお茶を飲みながら外を眺める。
大通りがよく見える。
朝もまだ早いのに、もう忙しそうに大通りを行き交う人々がいる。
そんな中、具合悪そうにふらつきながら治癒院へ入って行く何人かの冒険者。
ほんの少し漂ってきた匂いからして二日酔いを治してもらいにでも来たんだろう。
ルーキーならまだしも、中堅どころの冒険者なら銅貨一枚で二日酔いが治るなら安いものなのかもしれない。
そのまましばらくまったりお茶をしていると、シロネがやってきた。
「大変でしたッスよ…」
とてもげんなりしていた。
“お話し合い”は夜遅くまで続いたらしく、シェヘルレーゼとばーちゃんが主に場を乱しまくったのでそこまで長く話が続いてしまったらしい。
シロネの主観からすると、東大陸の王女様は比較的常識がある人なようなのだが、ばーちゃんは気に入らない感じだったようだ。
そしてその王女様も、ばーちゃんには負い目があるみたいで、言われるがままらしく、父さんは気づいてはいるが、それについては口出ししない感じらしい。
その辺は政治的な物が絡んでいるようなので、他人にはその複雑な心情はわかりかねるだろう。
それで、ばーちゃんは俺まで東大陸に取られるんじゃないかと牽制しているようだ。
父さんがいるから俺も行く、と俺が言うんじゃないかと思っているとか。
そして父さんとしても俺を引き取りたいという話までしていて、王女もそれには同意しているとか。
父さんと王女には子供がいないので、王女としては俺が息子になってくれるならそれはそれでOKみたいだ。
ばーちゃんとしてはそれが物凄く気にくわない話で、それは絶対許さない!みたいに場が荒れたとか。
それに便乗するかのようにシェヘルレーゼが上からのもの言いで断固拒否。父さんには一応気を使っているようだが、王女には全く気を使うことなく高圧的な態度を取っていたようで、シロネとしては同情してしまう空気だった。
シロネとヒューイでなんとか話し合いの内容を戻そうとしたが、ばーちゃんとシェヘルレーゼによって何度となく脱線。
父さんも何気に、「セージとまた離れるなんて嫌だ!」とか言ってるみたいでなかなかの場の乱しようだったとか。
「でもなんとかこれまでの経緯や、あちら側の事情やなんやかやと聞くことが出来たッス」
その後もシロネは俺にもわかりやすいように、話を掻い摘んで教えてくれた。
「なるほど。父さんはガチの政略結婚だから王女とは公式な場でしか顔を合わせない仮面夫婦と。だから俺が父さんの傍にいても問題ないと言い張ってるのか」
「え、突っ込むとこそこっスか?!」
「この場で一番厄介そうなのは父さんだろう?」
「……言われてみればそうッスね…。あの場ではララリエーラ様とシェヘルレーゼが厄介すぎて気付かなかったッス…」
しょんぼりするシロネ。
余程昨日のアレはうんざりしたものだったらしい。
あー、逃げて良かったー。
そしてそのシロネが厄介だと思っていたばーちゃんとシェヘルレーゼは一緒にいるらしい。
ヒューイは宿に待機し、ピクシー=ジョーは父さんたちの所へ偵察に行ったと。
西大陸と東大陸の情報を一番知ってそうなのはマモルの久遠の騎士の配下である彼なので、任せて大丈夫だろう。
ステルスや隠密のスキルあったし。
あの小さな彼に本気で隠れられたら、同じ部屋にいようともまず気付かない。
「とりあえず、ララリエーラ様は息子であるサージェス様…というより、パルフェ様の所へセージ様が行かないようにはしたいみたいッスね。サージェス様を東大陸にとられた事が余程嫌だったみたいッスよ。この上セージ様までとなったら戦争も辞さないとか何とか…」
ばーちゃんが物騒だ。
「そうなることだけは止めたいと思う」
「そうしていただけるなら幸いッス。ところでセージ様の本日のご予定は?」
「とくにないから宿にもう誰もいないなら戻ってダラダラしようかな」
「お伴するッス」
「シロネも祭見てまわったり満喫したらいいと思うよ」
「充分堪能したから大丈夫っス。気に掛けてくださり感謝ッス」
力なく微笑むシロネを見ると、精神的に疲れてるようだ。
そう言うのなら一緒に宿でゆっくりするといいッすよ。
「待ってたぞ!セージ!」
宿の部屋に戻ったら父さんがいた。
「父さん今日パーティーでしょ?準備しなくていいの?」
「ばーちゃんとパーティー行ったのならパパともパーティー行こう!」
「やだよ」
「?!」
まさか断られるだなんて微塵も思っていなかったようで、びっくりする父さん。
ほんとやだよ。
コニーになんて説明するのさ。
よく考えたら説明する義理もないな。
でも面倒だから行かないけど。
「何故?!」
「一回行ったからもういい。料理冷めてておいしくないし、ジュースなかったし」
「それは…」
父さんも思い当たることがおおいにあるのか口ごもる。
「父さん、これあげるよ」
「?!…これは!」
しょんぼりしている父さんに、スマホをあげた。
「魔道具化されているスマホと、魔石式充電器。ゴブリンの魔石1つで5回フル充電出来るから。番号は父さんの知ってる人だけのを入れといたから、自由に掛けてよ」
「え?あ、えぇぇ?!」
「あと、なにか欲しい物ある?日本で食べ慣れてたものがこっちに来て食べることが出来なくなったとか。いろいろ再現できるよ」
「あ、…うん。えぇー?」
さっきから驚いたりぼんやりしたり、ハッとしたり、でもううーん?と唸ったりして、色々質問もされたけど、「稀人チート」ということで誤魔化した。
その表現が良かったのか、父さんは理解し、すぐに食べたかった物や欲しい物を色々言った。
俺はそれら全部を用意した。
用意したものは適当な魔法鞄に全部入れて渡した。
「え?魔法鞄なんてものもチートで?」
「ある意味チートかも?でもそれは一応ダンジョンで手にいれた物だから大丈夫」
「なにが大丈夫かは分からないけど。そっかー」
スマホを渡して、なにか落ち着いたらしい父さん。
小さいころの父さんに戻った感じがする。
シルエットは別人なんだけどね。
雰囲気が戻ってきた感じ?
「うん。あとさ、すぐには父さんの所へは行けないけど、まず最初に約束したばーちゃんの所に観光に行って、それから父さんがいま住んでいるところも観光に行くから」
「…そっか、観光か…!」
「うん。だって俺、母さんの所に帰るから。ここには観光気分でいるだけだからさ!」
「そっか。…そっかー」
自分を納得させるように、そうかそうかと何度も頷く父さん。
俺だって自分に言い聞かせるように、観光という単語を強調して言わなきゃ心がくじけそうになる。
こうして父さんと会えたことで、ますます母さんに会いたくなってきた。




