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065 容疑者セージは牢の中

 


 面倒な事になったな。

 外出なきゃよかったな。


 いや、そしたらこの神官たちが宿に来ただろうから宿に迷惑かけることになるか?

 てか、既に宿に迷惑かけたあとかな?


 神官たち、宿の方面から来たし。

 教会って、逆方向だからやっぱり宿に迷惑掛けたかも。


 まさか宿に人に危害を加えてないよな?

 いくらイカレた教会の神官でもそれはないと願いたい。


「アーシュレシカ、コニーにこのこと報告。シロネには心配しないように言っといて」


 一応神官さん達には聞こえないようにしゃべる。

 高レベルである久遠の騎士の耳を以ってすれば聞こえるはずだ。


「承知しました」


 俺の言葉に返事をすると、レベル2000の脚力と瞬発力でこの状況から脱し、宿の方へ駆けていくアーシュレシカ。


 神官たちは気付いてない。

 居なくなった瞬間すら見えなかったはずだし、何より彼は小柄なのでもしかしたら存在すら認識されていなかったのかも。


「セージ様、如何いたしましょう?」


「国家反逆って、何を以て反逆なんだろ?」


「何をコソコソと下女風情と語っている。不心得者どもめ」


 とてもひどい言い方をするニヤニヤおじさん達。

 めっちゃ見下してくるじゃんか。


「真昼間の目撃者が多いところで神官が集団で他国の要人にイヤラシイ顔で難癖を付けるとは。そういうことは花街でどうぞ」


「貴様…っ、職務を全うしている我らに向かってバカにしたような口を利くとは!」


「ではそのご立派な神官様方、あまり大声上げたら通行人にご迷惑ですわよ?中央大陸から来られた方って皆声が大きいのかしら?」


「確か下女と言う言い方は中央大陸のなかでも野蛮とされる中央国家の方言だったような?」


 シェヘルレーゼとともに適当に煽って時間を稼ぐ。

 少しでもこのやり取りを周囲に見せれば多少なりとも噂は広がる。

 目撃者を多くして、こちらが難癖を付けられている風に見せておきたい。


 事実難癖をつけられているんだけども。


「貴様等…我々を愚弄する気か?」


 声量を抑えて、憎々しげに血管ブチギレそうな勢いで言う神官。

 めっちゃあおられてる。チョロくない?


「そう感じるということは、ご自覚がおありで?」


「カーゼル、乗せられるな。……ふ、犯罪者どもが。お前が何と言おうともお前は犯罪者には変わりない。正義は我らにある」


「その正義を以ってわたくしたちにどんなイヤラシイ事をさせるおつもりかしら?教会の噂はかねてより存じておりますよ?」


 え?どんな噂?

 怖いんですけど。


 とりあえず俺とシェヘルレーゼに電話ボックスサイズの【堅牢なる聖女の聖域】張っとこ。

 これでむやみに近づかれたりはしないはずだ。


「ぐっ、この、アバズレがぁぁ!」


「まぁ、ご立派な神官様はどこでそんな言葉を覚えたのかしらね?イヤラシイですわ」


 いやいや、シェヘルレーゼんさんや、もういいですから。

 あおり過ぎですからっ!


 またもやあおった相手に手をあげられそうになるシェヘルレーゼ。

 しかし彼女に手をあげた神官は、彼女の手前にある見えない壁によって妨げられた。


「な、なんなんだ?!この見えない…壁は?!」


「暴力行為や害意ある接触に反応する結界ですよ?」


 それだけではなくあらゆる害から身を守る結界なんですけどね。

 害意なんてなくても人は殺されてしまうみたいですから。

 怖い世界ですよね。


「ただ正当に拘束したり尋問したりするだけなら触れられるはずなのですけど……おかしいですわね?」


「ふん。もうそのようなあおりに心を乱すことなどないわ。無実だと言うならこちらの言う通りに大人しく付いてこい」


 人目もあるし、散々あおられて恥ずかしくなったのか、開き直って正当性を振りかざして教会までしょっ引くつもりらしい。


 まあ、いいか。

 シェヘルレーゼの顔を見れば、この状態は狙ってやったことみたいだし。

 彼女が何を考えているのか、それとも考えてないのか分からないが、流れに身を任せてみるか。


 することもなかったし。



 たくさんの人目がある中で、教会神官たちに囲まれて連れていかれる俺達。


 そして連れていかれた先は尋問も何もないまま、臭くて汚い、不潔満載の牢だった。


 俺にもシェヘルレーゼにも触れることが出来ない彼らは、教会内に入ってからは言葉でマウントとってきた。

 それをシェヘルレーゼは嘲笑いながらはいはいと言われるままに牢へ入った。


 …俺と一緒の牢へ。


「おい、お前はこっちだ!」


「だったら捕まえるなりなんなりして連れていけばよろしいじゃありませんか?出来ない癖に威張るなんて可哀想な頭ね」


 まだあおってる。

 彼女の中で流行ってるのかな?


 俺はそう思うことにした。


 俺が大人しく牢に入り、それに続いてシェヘルレーゼも一緒に入る。文句もたくさん言いながらもどうする事も出来ない彼らはとりあえず牢に鍵を掛けて地下牢から出て行った。


「うふふふふ。セージ様の平穏を奪った教会はまずは社会的に消えていただきませんとね」


 え、なんか怖いこと言ってる久遠の騎士がいるー。


 シェヘルレーゼは無視して、入れられた牢の中を見る。


 意外にも結構広く、6畳くらいのスペース。

 そこへトイレとして使用する壺が置かれているだけだ。


 置かれているだけだけども、その汚さと言ったらない。

 悪臭もする。

 蛆も湧いている。

 ハエも飛び交っている。


 隣の牢とは狭い通路一本分離れているので接触は出来ないようになっている。

 3面を鉄格子に囲まれ、1面は壁になっている。

 窓などはなく、本当に匂いも空気もこもっている状態だ。


 最悪だな、と思っていると、シェヘルレーゼがまず、汚物は消毒だと言わんばかりにトイレ壺を高火力で焼いて消し炭にし、這う蛆や飛び交う蠅、その他虫や蜘蛛の巣なんかも器用に全て焼き払った。


 それを見て俺は自分の入れられている範囲の牢の中に【クリーン】を掛け、綺麗になったところに【堅牢なる聖女の聖域】を掛けて清潔と無臭をキープした。


「さて、セージ様がここでも過ごしやすいようにインテリアを配置しませんとね」


 そう言って【アイテムボックス】から色々出し始めるシェヘルレーゼ。


 むき出しの石床の三分の2には毛足の長い絨毯を敷き、むき出しのままの石床に、ユニットトイレと、地下なので少し肌寒いので暖房器具を置いた。


 反対側の絨毯を敷き詰めた方の端にシングルサイズでありながら天蓋付きの高級なベッドを置いて、牢の真ん中にはラウンド型のテーブルセットを置いた。


 そして意外にもちょっと高めの天井にはカジュアルなシャンデリア風の照明の魔道具を取り付け、壁面には白い壁紙を張ってから、壁面照明と作業台代わりにも使える高さにキャビネットを置き、その中の収納スペースにはお茶に必要な道具などを仕舞いこんでいた。


 ところどころアクセントに小さな観葉植物を起き、テーブルの真ん中には一輪ざしの花瓶に花を生けているし、牢の鉄格子もうまく使ってオシャレな空間を演出している。


 こちらを窺い見ることが出来る周囲の牢に入られている人達が唖然と見ていた。


「狭いのでこれが限界ですわね。もう少し広ければソファーなんかも置けましたのに…残念です。お風呂なんかは仕方ないので【ワンルーム】のほうに設置致しましょう」


 これでも納得いってなかったらしい。


「いや、充分だよ?」


「セージ様のお優しさに救われます」


 そう言ってシェヘルレーゼは腰を折り、スカートを軽くつまんで礼をした。



 牢内のコーディネートも終わったことで、お茶を用意してくれた。


 せっかく用意してもらったので飲んだが、こんなところでまったりとお茶している自分も大概だなと思った。




 お茶を飲んで落ち着くと、することもないので漫画を読む。


 意外にも牢に入れられてる人達は大人しくしている。

 そして清潔な地下という閉鎖された空間が落ち着く感じで結構集中して漫画を読み進めることが出来た。


 熱中して読んでいると、なんだか騒がしいのが気になって、ふと顔をあげると、ランタンを持った教会の兵士が驚いた声をあげながら「これはどういうことか!」みたいなことを言っている。


 それにシェヘルレーゼが対応していた。


「セージ様の読書の時間を妨げるとは何事ですか」


「読書?読書だと?!それも問題だがこの牢のあり様はなんだ?!それにその言いざまはなんだ!せっかく飯を運んできてやったというのに!」


 そう言う兵士が持ってきたとされる食事は、向こうが透けるほど薄くスライスされた黒パンだけだった。

 ある意味器用だと思えてしまったのは黙っておく。


 それを鉄格子の隙間から牢の中へ「餌やり」と称して投げ込んでいたらしい。


 それでも牢の中へ入れられた人たちは夢中になって食べ、一瞬で食べ終えてしまう。


 よく見れば牢に入れられている人は皆やせ細っていた。

 あの程度のパンを食べたところで腹は満たされないだろう。

 むしろ消化するエネルギーの方が高く、帰って腹が減りそうだ。


 こんなんだから騒がず大人しくしていたのかもしれない。

 いい感じの静けさに呑気に漫画読んでたよ、俺…。


 そんな中、


「そのようなどんな状態で何が入れられているか分からない食事はいりません」


 とシェヘルレーゼは断りを入れ、俺の前にやってきて、【アイテムボックス】からテーブルの上に見た目もバランスも良い食事を出した。


「きっ…さーまぁぁぁ!何を勝手な事をやっている!」


 ガチャガチャと鍵を開けて、牢の中へ入ろうとするが入ることが出来ない教会兵の人。


「なんだこの見えない壁は?!開けろ!」


「穢れの無い心の持ち主なら簡単に入れますのよ?そもそも尋問も無しにこのような場所に入れる常識の無い方々が、素直にここまで足を運んで下さったセージ様を含め、わたくしにだってなにか言えるお立場でして?」


 相変わらず相手を怒らせるような事を得意げに言うシェヘルレーゼ。


「待っていろ!いま神官様方を呼んでくる!貴様らに罰を与えてもらうためにな!」


「さぁ、セージ様。冷めてしまう前にどうぞ」


 シェヘルレーゼはあおりに飽きたのか、教会兵を無視して俺の給仕に戻る。

 それを見て教会兵はブチギレながら地下牢の階段を駆け上がっていった。


 急に静かになった空間で、俺は食事を始める。

 周囲から物凄く見られているけど。


「大丈夫ですわ。後ほど鑑定をし、問題の無い者には飲み物と食事を与えますから」


 それを聞いて安心しつつもやっぱりめちゃくちゃ見られながらの食事はいたたまれないものだった。




 食後のお茶を飲み終わっても教会兵士は戻ってこなかった。

 なので、早速シェヘルレーゼが囚人全員を鑑定して問題の無い人…つまり冤罪でこの牢に入れられている人に、たまご粥と、木製ジョッキに入れたスポーツ飲料を渡す。


 シェヘルレーゼは俺が出した【聖女の願扉】で牢の外へ出て、まずは地下牢全体に【クリーン】を掛けてから行動した。


 彼女の鑑定の結果、この地下牢に入れられている人達全員が冤罪っぽかった。

 獣人や亜人と呼ばれている人が多く、「人族でもないのに回復魔法を操るのは神への冒涜だ」とかいうわけのわからない理由で入れられたり、人族であっても「教会への献金もなく、獣や人モドキへの回復術の行使、ならびに回復薬での治療など、神への冒涜、そして我々への侮辱に他ならない」というこれもまたわけのわからない理由で捕まったとか。


 なるほど。

 教会の献金とかわけのわからないものがあり、教会からの妨害もあって仕方なく、自分達の身を守るために人族以外に回復を掛けない回復術師もいるのかもしれないのか。

 だったら、孤児院兼治癒院を作った事に人族至上主義者以外の多くの回復術師からの反発がなかったことに頷けた。


 向かいの牢の大きな人族の人は、教会の馬車に轢かれそうになった獣人の子を助けただけで、無理矢理魔法で拘束されて牢に入れられた。


 教会の人、めちゃくちゃ好き勝手放題だな。

 なんでコニーはこんな奴らを野放しにしているんだろう。


 帝国のあり方とか前に聞いたことがあるけど、それにしても酷過ぎだろ。


 人族至上主義の貴族と教会が手を組んで、帝国を牛耳ろうとしている動きがある、というのはこの間の茶会で得た情報だ。

 その情報もコニーに教えたんだけどな。


 なにか動けない事情でもあるんだろうか?


 もしかして俺、それに巻き込まれてこんな事になってる?

 それに気付いたシェヘルレーゼが先手を打ってわざと騒動を大きくした感じか?


 ……ま、やることもないし、読みたかった漫画読み終わるまでくらいならここにいても良いか。





 そんな事を考えていたらあっという間に10日が過ぎた。


 上っ面だけ綺麗にして、その地下の部分は物凄く不潔で汚かった教会地下だが、今では朝晩、1日2回、地下全体にシェヘルレーゼが【クリーン】を掛けているおかげてとても清潔。


 食事も最初こそお粥とスポーツドリンクだったけど、それ以降は朝昼晩、栄養バランスを考えた食事を囚人の皆さんに差し入れしている。

 その甲斐あって、皆さん血色もよく、肉付きも取り戻しつつあり、人によっては狭い牢の中で筋トレや、エア素振りしている人もいる。


 それからシェヘルレーゼは俺が漫画を読んでいる間、よほど暇だったのか、囚人の皆さんの牢の中も、家具付きワンルームのごとく改造していた。


 壁紙や絨毯こそないが、トイレに洗面台、暖房器具、照明器具、シングルベッドと寝具、タオル数枚、小さなチェスト、魔石式卓上コンロ、ヤカン、マグカップ、茶器に茶葉、それから小さな冷蔵庫。

 冷蔵庫の中にはペットボトル飲料数本、チーズ、果物などのおやつとしてすぐ食べられそうなものが入っている。


 それに服なんかも配っていた。

 幸いと言っていいのかわからないけど、手枷や足枷がつけられていなかったので、着替えることが出来たようだ。


 希望者には本なども差し入れしてたし。


 はじめの方こそ激怒していた教会関係者だが、今では何も言わなくなったし、地下に来なくなっていた。

 そのかわり、地下に続く扉には鍵が掛けられっぱなしとなり、出られないようにだけしたようだ。


「どうやって他の囚人にまで飯や物を与えているか分からないが、お前の【アイテムボックス】の中身だってそういつまでも持つまい。死に掛けた頃にまた来てやる」


 とか言ってたけど。


 シロネ達とはスマホで連絡出来ているので問題ない。

 シロネとアーシュレシカは店の手伝いをしているし、子供らはいつも通り冒険者ギルドで遊んでいる。


 テンちゃんはいつだって俺の傍でモフモフふさふさしている。

 テンちゃんぐらいなら鉄格子を通り抜けられるので、運動不足解消に一日何回かは地下を走りまわったりして他の囚人にアニマル的な癒しを与えている。

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