064 厄日だと言いたい日
やらなきゃいけない事は大体終わった。
お茶会もやったし、その後も2件くらいのお茶会に参加して義理は果たした。
それにゾーロさんのお店に行くこともできた。
ナチュピケの街にある店よりも広く、立地も良さそうなところだった。
一応この大陸までの護衛ということで一緒に旅をしたけど、色々気遣いもあったと思う。それとありがとうという感謝を込めて、ゾーロさんが欲しい商品を今までの5割引きの値段で売った。
……それでもぼったくり価格ではあるんだけど…。
でもゾーロさんはとても喜んで、開店資金でカツカツの中で、ギルドに預けてある分や持ってる現金全てを出して俺から色々買った。
カツカツと言っていた割には結構持っていた事に驚いた。
そして帰り際に開店御祝儀としてこの世界で売っている、冒険者用の物凄くしっかりした作りのリュックを使って作った時間停止機能付きの魔法鞄をあげたら、放心しながら声を出さずに大喜びし、感謝するという見たこともない表現力で物凄く喜んでくれた。
これでもう心に引っかかることもなく、あとはのんびり出来る。
ここではもうとくにやることもないし、そろそろ旅に出るか、それとももう少しここに残ってなにかやろうか。
なにも思いつかないので散歩がてら、週に一度の聖水配達でもすることにした。
コンビニ袋に必要な本数の聖水を入れての配達。
3つのコンビニ袋を持ってまずは近場の城へ。
気分転換も兼ねて散歩感覚で配達に向かう。
存在感のある美女なシェヘルレーゼと中性的な美少女に見えるアーシュレシカ、特徴的なフワッフワな綿毛感のあるテンちゃんが一緒なので、城門はフリーパスで通れる。
たぶん俺だけなら止められていたはずだ。
城に入ってすぐに、連絡が既に入っていたのか、応接室に通され、そこで金貨5枚と聖水5本の取引。
取引してくれたのはコニーの久遠の騎士の配下だ。
ここでも久遠の騎士が出張るとなると、いよいよコニーには信頼できる人はいないのか?
それとも俺に気を使っての久遠の騎士なのかは謎だが、あのコニー付きの文官さんへのお土産に回復薬を2本渡して城を出た。
それから次に商業ギルド。
俺の行動範囲で大雑把な並びを言うと城、宿、商業ギルド、薬師ギルド、孤児院兼治癒院、冒険者ギルド、町門となるので、聖水の配達を目的にするならば城の次は自然と商業ギルドになる。
貴族街にほど近い場所にある商業ギルドへいくと、俺の姿を見止めたギルド職員がダダっと受付の奥へ走っていくと、すぐにギルマスのキンバリーさんが出て俺の対応をする。
「ようこそ商業ギルド帝都支部へおいで下さいました。セージ様。先日はとても素晴らしいお茶会にお呼びくださり、ありがとうございました」
そう言って流れるように応接室に通される。
「こちらこそ先日は茶会に参加下さいましてありがとうございました。楽しんでいただけたなら幸いです。あ、これ今週分の聖水です」
椅子に座ることなくささっと用件を済ませ、コンビニ袋に入った聖水をシェヘルレーゼがキンバリーさんに渡す。
キンバリーさんは中を確認し、用意していた金貨5枚をシェヘルレーゼに渡したので今日はもうここでの用事は終わりだ。
次は…ついでなので寄り道して薬師ギルドへ。
海底ダンジョンで手に入ったHP回復薬草とMP回復薬草を、卸す。
薬師ギルドの事はなんとなくわかったけど、テンションがまだ掴めていない。
受付でさえ無愛想な人が多いギルドで、受付もみんないやなので持ちまわり。
いやなら受付を雇えばいいのだが、ヘタな人間に薬草なんかをさわらせたくないという理由で嫌々でも自分たちで持ち回りで受付をしている変なギルド。
受付にいながら下級ポーション作ってるくらいだし。
神経質なのに大雑把。そしてめちゃくちゃ研究熱心で、薬師スキルをあげることや高価な薬草を扱うことに執心している。
いつも金がない金がないとか言っている割に薬草はどんなものでもなるべく買うようにしているし、しっかり相応の金で買い取ってくれる。
なので俺が卸す薬草も自分たちで技術的にも金銭的にも処理できる分だけきっちり買い取る。
俺が卸す海底ダンジョン産HP回復薬草とMP回復薬草は新鮮で高品質。
それを見た瞬間、いつも静かで陰気な薬師ギルドから歓声が起こった事にご近所や通りすがりの人は驚いたとか何とか。
俺にこの薬草を出来る限り毎日卸してほしいけど金銭的には無理、だけどこんなにも高品質な薬草を扱える事にはやりがいしか感じない、でもやっぱり高品質となると金がかかるというジレンマを抱えつつ、時々ふらりと訪れる俺を大金を用意して心待ちにしている薬師ギルドの人達。
「セージ様、今日はこれだけ金を用意出来ました!なのでこの分だけどうかお売りくださいっ!」
……良くない薬を売っている気分になってくるから不思議だ。
アーシュレシカがしっかりお金分の薬草を卸し、俺達は薬師ギルドを出た。
で、最後は冒険者ギルドだな。
てくてく歩いて15分。
冒険者ギルドへ到着。
昼前という時間帯。中へ入ると混んではいないが、それなりに人はいるようだ。
受付へ向かおうとした時、今更になってテンプレは起きた。
「お?どこの貴族のお坊ちゃんだ?美女と美少女侍らせて、可愛らしいペットのお伴まで連れちゃって、こんな時間に依頼か?金払いがいいなら俺達Bランクパーティーが受けてやっても良いぜ?」
昼間っから酒を飲んでいたらしい酔っ払い冒険者に絡まれた。
うーん?
なんで貴族のお坊ちゃんだと思われたんだ?
今日はリネン生地の地味なローブを着ているのに。
俺が不思議がっているのを知ってか、コソっとアーシュレシカが教えてくれた。
「セージ様。ローブの隙間から見える服が高価そうなのと、高級革を使用したブーツもそうですし、我々の格好で貴族の子弟と判断されたようです」
あー…、そう言えばシェヘルレーゼとアーシュレシカも普通にメイド服だった。
俺だけが格好を変えても仕方なかったやつか…。
恥ずかしすぎる。
「おう?なんだ?依頼金額を上げる算段でもしてんのか?ふはははは、いいぜぇ。ついでにそっちの美女もつけてくれたってよぉ」
「耳障りな声と酒臭い息をセージ様に向けるな下郎」
半切れ状態でシェヘルレーゼが絡んできた男に言った。
やめて下さい。
酔っ払いは相手にするだけ損です。
さっさとギルマスに突き出して終わりにしようよ。
という心の声むなしく、瞬く間に場はピリピリした物に変わっていく。
俺に冒険者が絡んでいるのに気付いてギルド職員が急いでギルマスを呼びに行く。
けどその時間にも何故かシェヘルレーゼが酔っ払い冒険者をあおる。
忖度スキルどこいったよ?!
「なんだ?随分気の強い女だな、嫌いじゃないぜ?坊ちゃんも女に守られるたぁ男気のかけらもねぇ、タマ無しか?ヒャハハハハハ」
「わたくしの主を脳もサオもタマもないあなたが愚弄しないでくださいます?」
「っ~~~んだとアマぁー!!」
男がシェヘルレーゼにこぶしを振り上げる。
「ソンザ!やめろ!」
受付の方からギルマスが男を制止するように声を張るが、勢いは止まらず、シェヘルレーゼの顔面に向かった。
よりにもよって女性の顔面狙うのか。
という思考が過る。
シェヘルレーゼは無表情に、自らの顔面をコンビニ袋でガード。
ガシャンっ!
という音がしてすぐに周囲はまばゆい光に包まれた。
光源はコンビニ袋。
コンビニ袋の中には聖水が5本。
5本分の聖水がコンビニ袋の中で割れ、スキルで作られた揮発性の高い聖水が冒険者ギルド内を聖気で満たす。
聖水5本分の輝きは数分続いた。
そもそもシェヘルレーゼにも【聖女の守護】を張っているからわざわざガードする事もないし、シェヘルレーゼ自身も久遠の騎士だけあってその辺の冒険者が顔面パンチしたところで痛くもかゆくもない上に相手の拳が割れるだろうくらいの防御力を誇っている。
シェヘルレーゼが俺が作成した聖水を無駄にしてまでガードに使うことはしないはずなんだけど、何故こんな事をしたのか物凄く疑問が浮かぶ。
周囲が光の奔流に眩しさを訴えたり、あまりの事に呆気に取られているうちに、シェヘルレーゼがぽつりとつぶやく。
「そろそろ見せしめは必要だと思っていました。体よく絡んできた彼に感謝ですね」
という言葉をとても爽やかに微笑みながら言った。
彼女の忖度スキルは限界突破して別の何かになってしまったのかもしれない。
たしかに俺は絡まれるようなことがあったら聖水卸しませんよみたいなこと言ったからなー。
まさか絡まれた瞬間こんなことするとは思わなかった。
そのうち光が止み、動けるようになったギルマスが急いでこちらに向かい、ギルド職員と共に酔っ払い冒険者を拘束した。
「せ、セージ様、シェヘルレーゼ様、お怪我は?!」
「セージ様もわたくしも無事ですよ。でも残念なことに今週分の聖水がダメになってしまいました。最後に回ったのがこちらだったから良かったものの、城や商業ギルドの分全部じゃなくて良かったですね?でもこちらの分は残念でした。なので、もし必要なら城か商業ギルドに融通してもらうしかありませんね?」
「そ、そんな…」
「ついでに言うなら壊されてしまったのですから弁償…この分の代金はいただきますよ?」
おっとりと、心底「困りましたわぁ」の表情でグイグイ抉るシェヘルレーゼさん。
冒険者ギルドとしては身内に俺の事をきちんと教えていなかったこと、酔っていてさらに勘違いだとは言え、貴族だと思った依頼者に手をあげたこと、貴重で絶大な効力を誇る聖水を全て一気に破損させ、他の冒険者から責任を問われかねないこと、城や商業ギルドから融通してもらうにしても叱責や借りを作ってしまうことなどなど、もっとほかにも細かいところまで影響があるだろうことを考え、どんどん顔色を悪くしていく冒険者ギルドマスター含むギルド職員達。
現場を見ていた冒険者も然り。
冒険者からしてもこの大陸での冒険者活動においての聖水の恩恵というのは計り知れないはずだ。
「な、なんとか、倍…いや、10倍の金額で卸してもらうことは出来ませんか?!」
「聖水がそんなに簡単に作られるとお思いなのですか?セージ様がどれだけの労力を掛け、身を削る思いで一滴一滴を込めているか」
ゴメン。
サクッとザッと適当でしたけど…。
まぁ、シェヘルレーゼも知ってると思うけど、あえて言っているのだろう。
「それにはじめにお伝えしたはずです。このような攻撃的な事をされてはこれからまたセージ様の聖水作りに悪い影響が出ますし。困りましたわ。セージ様のお心の安寧を考えますと、来週分のお城と商業ギルドへ卸す聖水、間に合うかしら?冒険者ギルドの方で納品が遅れる旨を説明してくださいます?」
「そんな…っ、こ、コイツはひと月ぶりにこの町に帰ってきて、事情を知らなかったんです!これからしっかり言い聞かせますので、どうか、なにとぞ!」
シェヘルレーゼを見て、それから俺を見て頭を下げるギルマスと職員一同。
「…とにかく今週分はもう無理です。それと来週はまた1本に戻ります。それから様子を見て、卸し続けるのか、また少しずつ増やして卸すのか、卸すのをやめるのか、考えようと思います」
何度もこんな怖い目に遭いたくない。
絡まれたり、暴力はもちろんだが、シェヘルレーゼのヒリヒリ感がいたたまれない。
こんな時シロネ氏だったら穏便に事を解決しつつ、適度に罰則案を出すとか出来るんだろうけど、なにぶんシェヘルレーゼもアーシュレシカも忖度スキルが時として過剰に反応していしまう。
「チっ、何様だってんだテメー」
取り押さえられた冒険者がまだ悪態を吐いている。
おいおい、これ以上シェヘルレーゼを刺激しないでくれ!
「特SSSランク冒険者のセージ様です」
「「「「「えッ?!」」」」」
周囲の冒険者に混じり、俺も驚く。
シェヘルレーゼは【アイテムボックス】から俺の冒険者カードを出し、取り押さえられている冒険者に付きだして見せた。
「プリズムゴールド…トリプルS級…マジかよ」
急激に酒が抜けたのか、唖然とし、そして青い顔でガタガタ震えだす、取り押さえられた冒険者。
プリズムゴールド?
確かに俺の冒険者カードは金ぴかだけども。
それって貴族仕様ってだからじゃないの?
冒険者の義務は一切生じないってやつの。
周囲の様子を見るに、思った以上の効力がありそうだ。
貴族仕様ってだけではない感じだな。
シェヘルレーゼが自慢気に説明している。
冒険者ギルドランクS
商業ギルドランクS
薬師ギルドランクS
の3つのS級ランクを持っているのでSSS。
さらにこのキラキラしたラメッぽい感じの入った金ぴか仕様なのは貴族家当主級の身分を持っているという証明みたいな物らしい。
皇族でもこれ。けど、貴族家出身というだけの冒険者はこのキラキララメ入りではないらしい。
知らなかったよ…。
説明的にも、いつの間に商業ギルドや薬師ギルドでSランク認定されていたとかも。
「命があって良かったですね。セージ様の慈悲ですよ?」
「冒険者ギルドはもう一度ギルド員の管理を徹底すべきです。これでは無法者と変わりません。既に一般の依頼者にも被害があるのではありませんか?依頼あっての冒険者ギルドのはずですよ?たまたまセージ様は依頼者ではなく提供者でしたが、それにしても提供者にこのような振る舞いとは。力こそすべてと勘違いしている者はすぐにでもやめるべきです。品位も身に付けてこその高ランク冒険者です。」
俺も少し言っちゃった手前、二人に注意する事は出来なくなっちゃったけど、ちょっとやり過ぎ感が…。
そして颯爽と冒険者ギルドを出るように促してくるシェヘルレーゼとアーシュレシカ。
促されるままに冒険者ギルドを出る俺。
精神的に疲れたし、じゃぁ後は宿に帰ってゆっくりしようと、宿へ向かうためにギルドから出て大通りを歩き始めた。
すると通りの前から神官服を着た輩どもが横一列になってこちらに来る。
不穏の空気を感じて、シェヘルレーゼが俺の前に出て警戒。
アーシュレシカは俺の背後から警戒にあたる。
神官たちが俺の前まで来て、どこかニヤついた顔で言った。
「セージ・ミソノだな?」
うわ、また変なのに絡まれたっ!
一日で2度も絡まれるなんてツイてない。
しかも今度は名指しだし!
マジで勘弁してよ、俺が何したってんだよ?!
「……」
「おい、答えろ」
おう、必死に原因考えてたら違うおじさんに高圧的に返事を求められた。
怖いので素直に返事をする。
「…そうですが」
そう俺が答えたことで、神官服のおじさんとお兄さんは皆同じようにニヤついた。
それから表情を引き締め、真面目そうな顔を作ってから一番偉そうな男が言った。
「聖王国国家反逆罪、ならびに教会の許可なく聖水を密造、無許可で他国へ販売した罪で拘束する」
と。




